君去りし後 2


「もう、見ていられませんよ」
朝食の席で、新八はため息と同時に呟く。
彼が訴えているのは神楽が大事にしていたペット、定春のことだ。
もともと神楽にしかなついていなかった犬、新八が餌の入った皿を目の前に置いても、全く食べようとしない。
ただ玄関の前で座り込み、毎日主人の帰りを待っている。
あの巨体が今では半分ほどの大きさになってしまった気がした。

「このまま死んじゃったら、どうしよう。神楽ちゃんが帰ってきたら、悲しみますよ」
「帰ってきたらの話だろ」
黙々と食事をしていた銀時の一言に、新八は眉を寄せる。
「帰ってきますよ」
自分で言いながら、新八は「帰ってくる」という表現も妙だと思った。
神楽には両親のいる故郷がちゃんとあり、一つの家で暮らしている彼らは家族でも何でもない。
いつまでも一緒にいられる保証はなにもなかった。

「出かけてくる」
二人きりの食事はどうも気詰まりだ。
立ち上がった銀時に、新八は山と積まれた箱を見つめながら忠告する。
「パチンコの景品は素昆布以外のものを貰ってきてくださいね。食べる人、いないんですから」
「・・・うるせーな。習慣なんだよ」
神楽が出ていって以来、刺々しい口調で話す新八を一睨みすると銀時は扉を乱暴に閉めて出ていった。

 

 

「どこに行ったんだか・・・・」
足元に転がっていた石を蹴りながらぼやく。
毎日ぶらぶらと外を歩く銀時だが、ただ散歩をしていたというわけではない。
こう見えても顔が広く、方々に聞いて回っていたのだ。
チャイナ服を着たゴリラ並みの怪力を持つ娘を見かけたかどうか。
だが、返ってくる答えは決まって
NOだった。

これほど必死になって人捜しをしたのは、仕事でもなかったことだ。
気付くと、神楽が立ち寄りそうな場所に足が向かっている。
パチンコの景品には無意識に素昆布を選ぶ。
思い付くことは全て彼女に繋がり、いつの間にか家族になっていたのだと、いなくなって初めて気が付いた。

確かに何かと面倒を起こす、やっかいな存在だ。
だが、彼女のために費やしていた無駄だと思った時間も、また、自分にとって必要なものだったのだ。

 

「新八―」
一度家に戻った銀時は、バイクのキーを持って再び外に飛び出して行く。
「ちょっと迎えに行ってくる」
「え、どこに行くんですか?」
「あいつの故郷」
銀時を追いかけて階下に来た新八は、出発しようとする銀時を慌てて制する。
「銀さん、落ち着いて!!神楽ちゃんの故郷、どこにあるか知っているんですか!」
「知らん」
「それじゃー、バイクに乗ってもたどり着けませんって!故郷に帰ったかも分からないのに」

ぎゃーぎゃーと騒ぐ銀時達のすぐ脇を、真選組の山崎が通り過ぎる。
彼は食材を詰め込んだカートを押し、その重みと悪戦苦闘しているようだった。
それらは全て屯所に滞在中の神楽が食べるためのものだったのだが、二人が知るはずもない。
また彼にしても、神楽に自分の所在を万事屋の誰かに伝えるよう言付かっていたのだが、すっかり忘れきっていた。

 

 

 

「一体、いつまで続くネーー!もう4日目アルヨー」
毎日毎日書類を書き、判子を押し、同じ作業の繰り返し。
神楽でなくとも飽きるというものだ。
新選組の屯所の一室を書類まみれにした神楽は、その場で寝転がって反発している。
ちなみに、部屋の持ち主である土方は神楽以上にいらついていた。
「しょーがねーだろ、お前が不法入国をしたんだから。さっさと続けろ」
「ぶーー」
新たな書類を机に置かれた神楽は、頬を膨らませて土方を睨む。
先程から手よりも口が動いている彼女だが、付き合わされている者の方が不満を言いたかった。

真選組はテロリストの捕縛以外に、不法入国者も取り締まっている。
今まであまりに自然と万事屋になじんでいたせいで忘れていたが、彼女はれっきとした犯罪者なのだ。
あの夜、家を飛び出した神楽はその足で屯所に駆け込み、手続の申請を申し出たのだった。
ビザさえ発行されれば自分だけでバイトをすることも出来、食い扶持の面で銀時に迷惑をかけることも少なくなるはずだ。

「こんなに大変だなんて、知らなかったアル・・・・」
「お前の場合、パスポートもなかったからよけいに書く物多いんだよ。おら」
神楽の服の首根っこを掴んだ土方は彼女を無理矢理机に向かわせる。
元々、真選組の仕事は彼らを捕まえることのみで、こうして滞在のために尽力するなどあり得ない。
女子供には甘い近藤の「トシ、何とかしてやれ」という実にはた迷惑な命令さえなければ、すぐにも部屋から叩き出しているところだ。

 

 

「差し入れでーす」
一声かけたあとに襖が開かれ、神楽は瞳を輝かせながら山崎と、彼が持っているたこ焼きに目を向ける。
「有難うアルー、パン屋ーー!」
食事を運んでくる山崎にすっかり懐いたようで、神楽は山崎に引っ付いていた。
ちなみに、パン屋という呼び名は彼が「山崎」というパンメーカーと同じ名字だかららしい。

「女の子がいると、やっぱり場が華やぎますねぇ」
「女にもよるだろーが」
口の周りを青のりだらけにしてたこ焼きを食べる神楽を見ながら言うと、彼女は土方に蹴りを入れてきた。
「あ、何しやがる!」
「ふふふっ、すっかり仲良しさんですねぇ〜〜、羨ましい」
「・・・・」
微笑む山崎を殴ろうと思った土方だが、続く彼の言葉にそれどころではなくなる。

「お二人が仲良しさんなんで、沖田さんすっかり妬いているんですよ。この部屋に近寄ろうともしないで、すねています」
「え・・・・」
動揺したのは神楽も同じで、たこ焼きを食べるのをやめて山崎を見据えた。
「「どっちに?」」
これ以上ないほど顔をしかめた二人は、息のあった様子で疑問を口にしたのだった。


あとがき??
うる星みたいに神楽がいなくなって泣く銀ちゃんというのが想像できなかったので、えらく中途半端な話になってしまいました。
申し訳ない。
気が向いたら続きます。


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