一つ屋根の下


実家から通う新八が万事屋にたどり着いたとき、銀時の姿はなかった。
ふらりと出て行った彼が2、3日帰らないことはざらで、それはあまり気にならない。
ただ、神楽が珍しく洗濯機の前に立っていたことを新八は不審に思った。
「どうしたの?神楽ちゃんが朝から洗濯してるなんて、初めてじゃないの」
「うん」
怪訝な表情で近寄ると、神楽は元気のない様子で俯いている。
洗っているのは布団のシーツやパジャマ、下着類のようだ。
「・・・まさか、おねしょしたんじゃないよね」
恐る恐る訊ねてみたが、パンチはとんでこない。
ただ、振り向いた神楽は何故か悲しげな笑みを浮かべている。
「違うヨ」

何が理由か分からないが、殊勝な気持ちになった神楽が自分で洗い物をしているだけだ。
それなのに、妙に胸騒ぎがした。
「神楽ちゃん、大丈夫?」
頭に手を置いて、新八は不安げに訊ねる。
ゆっくりと頷いたものの、肯定の返事は彼女の口から聞くことは出来なかった。

 

 

 

「珍しいな、二晩続けて来てるなんてよ」
「・・・・」
安い酒と少しばかりのつまみを出す屋台に、長谷川と銀時が肩を並べて座っている。
懐が寂しい者達が集う場所だが、今夜は彼らしか客はいなかった。
あとから屋台にやってきた長谷川はちらりと銀時の様子を窺ったが、あまり酒は飲んでいないようだ。
昨夜、二人で飲み比べをしてへべれけになったことを反省しているのかもしれない。

「家でお子様が帰りを待ってるんだろ。いいのか」
「・・・・帰れねーんだよ」
「何で?」
ふてくされたように言う銀時に、長谷川は首を傾げる。
「神楽とヤッちまった」
口に含んだ酒を長谷川は盛大に吹き出した。
彼の記憶が確かならば、神楽というのは彼の家に下宿している13、4の娘だ。
若い男と10代の少女が一緒に暮らしているのはいろいろ問題があると思うが、彼が神楽を邪な目で見ていないのは知っている。
むやみに手を出すことはないと思っていた。

「昨日の記憶がほとんどなくてよ。泣いている神楽の顔しか思い出せなくて、朝起きたら隣りにあいつが寝てた」
「・・・・で?」
「逃げてきた」
自分が何をしたか理解すると同時に、着の身着のままでその場から駆け出していた。
無性に怖かった。
神楽が目を覚まして、自分をどのよな目で見るか、何と言われるか。
適当に話をはぐらかすのが得意でも、頭が混乱して、言い訳の言葉も思いつかない。

「謝るなら謝るで、早めの方がいいんじゃねーのか」
「・・・・うるせーよ」
分かってはいるのだが、どうにも帰りづらく、丸一日が過ぎてしまった。
時が経てばよけいに帰りにくくなってしまうのだから、もうどうしようもない。
「あんたが代わりに謝ってくれねーかな」
「絶対に嫌だ」

 

 

 

万事屋には明かりがついていた。
神楽がまだ起きている証拠だ。
のろのろと階段を上がった銀時は、一度深呼吸をしてからドアノブに手をかける。
「ただい・・・」
「銀ちゃん!」
扉を開くなり、悩みの種である神楽が勢いよく飛びついてきた。
口汚くののしられると思っていただけに、面食らった銀時はどうしたらいいか分からなくなる。
銀時の体にしがみつく神楽は、顔を上げるといつもと変わらぬ笑みを浮かべて見せた。

「おかえりネ」
「・・・ただいま」
「おなかはすいてないアルか?新八の作ったご飯が冷蔵庫に入ってるアルヨ」
「食べてきた」
ちょこまかと部屋の中を動き回る神楽を見て、今日一日悩んでいただけに、銀時は拍子抜けしてしまう。
しかし、昨夜あったことは紛れもなく事実なのだ。
銀時の腕には神楽の爪で出来たと思われる引っかき傷がいくつも残っている。

「神楽、その・・・・悪かった」
神楽の肩を掴んで自分の方へと向かせると、銀時は珍しく真面目な表情で言った。
兄のように、または父のように慕っていた相手が突然豹変すれば、信頼が崩れて当然だ。
昨夜は正常な思考が出来ないほど酔っ払っていた。
だが、それは言い訳にしかならない。

 

「何で、謝るネ」
「・・・えっ」
「私は嬉しかったアルヨ。怖かったけど、銀ちゃんなら嫌じゃないネ。本気で抵抗すれば銀ちゃんなんかボコボコヨ」
神楽は拳を突き出す動作をして見せた。
確かに、腕力だけなら神楽は銀時より強い。
呆気にとられる銀時を見上げると、神楽は切なげに眉を寄せて問いかける。
「銀ちゃんは、誰でも良かったアルか?そこにいたのが、新八でも、姉御でも、定春でも、同じことしたアルか?」
「いや、さすがに定春は無理だろ」
突っ込みを入れつつ、銀時は彼女の眼差しをかわすように横を向いた。
「・・・すまねぇ。よく、分からねーんだ」

神楽のことは大事だと思う。
そして、新八や定春、登勢や妙も大切な家族だ。
そこにはまだ特別な要素は存在していない。
今後どうなるかは分からないが、まだはっきりと彼女に愛を告げられる段階ではなかった。
困ったように俯いた銀時は、自分の背中に回された細い腕に驚きの声をあげる。
「神楽?」
「銀ちゃん、だから女にもてないアルヨ。嘘でも好きって言ってくれれば、女は喜ぶネ」
「そうかよ」
「でも、私は不器用な銀ちゃんが好きアルヨ」
顔を上げた神楽は、屈託なく笑う。
「銀ちゃんが戻ってきてくれて、嬉しかったアル。このまま帰ってこなかったら、どうしようかと思ったネ」

 

 

自分の体に擦り寄ってくる神楽の頭に銀時は軽く手を置く。
銀時にとって神楽は家族で、子供で、女の子だ。
笑顔がどんなに愛らしくとも、手のかかる子供のお守りをしている感覚でしかない。
ただ、これから先もこの場所で神楽が待っていてくれれば、それはそれで幸せのような気がした。


あとがき??
暑くて頭が沸いていたのでこんなの書いてしまったよ。
銀ちゃんは情に流されやすいけど、一人の女に固執する姿も想像できない。
それでこんな感じに。でも、銀ちゃんはロリコンでもポリゴンでもないんですねぇ。おしい。


戻る