幽霊


「お前の部屋はあっち」
TVを消して和室に戻った銀時は、自分の布団の上でごろごろと寝転がる神楽の首根っこを掴んで放り投げた。
毒舌で人を寄せ付けない雰囲気のある彼女だが、一人になるととたんに寂しくなるようで、新八が実家に帰ると定春や銀時にくっついている。
夏の暑い日などはかなり困る習性だ。
「銀ちゃんと一緒に寝たいアルー」
「俺は一人がいーんだよ。がたがた言ってると定春ごと追い出すぞ、こら」
取り付く島もなく閉め出そうとする銀時に対して、神楽は襖の間に体を挟み込んで抵抗している。

 

「銀ちゃん、あれを見るネ!」
「んだよ」
指をさした神楽に釣られて振り向くと、窓の近くの壁に黒い染みの広がりが出来ていた。
おそらく、先週から降り続いた長雨の影響でカビが生えたのだろう。
「あー、この建物も老朽化が激しいからなぁ・・・・」
「違うアル。あの染み、よく見ると人の顔になってるアルヨ。私達を監視しているネ」
「・・・・・・」
言われてみると、目や鼻や口らしきものがあり、人の顔に見えないこともない。
急に背筋を冷たいものが走り、銀時はそれを否定するように首を横に振った。

「き、気のせいだろ」
「銀ちゃん、知らないアルか。前のここにいた住人の話。自殺したって下の階のババアが言ってたヨ」
「・・・変な冗談はやめろよ」
神楽から目をそらした銀時は、彼女の体を強引に押しのけて襖を閉める。
「きっと怨念が壁にしみ出してきたアルーー」
神楽がしつこく話を続けていたが、彼女が侵入できないよう襖に支え棒をした銀時は、耳栓をして布団の中に入った。
しかし、暗くした室内で頭を過ぎるのは、今まで聞いたことのある怪談話ばかりだ。
忘れて眠ろうと思うほど目がさえ始め、壁の染みを意識してしまうのだからどうしようもなかった。

 

 

 

「ああ、本当だよ。確か田子作って名前だったか」
眠れないまま一夜を明かし、さっそく準備中のお登勢の店へと向かった銀時は、真相を聞くなり目眩を覚える。
「生活苦からガスの元栓をひねってね。発見したときは息があったから救急車で運ばれていったけど、どうなったかは知らないねぇ」
「・・・・マジでか」
頭を抱えた銀時は、思わずその場に座り込んだ。
あの壁の染みは神楽の言うとおり、霊の仕業に違いなかった。
今は染み程度で住んでいるが、そのうちラップ音が聞こえだし、ポルターガイストが次々と起こるかもしれない。
「やべーよ。そういうことは、最初に言っておけよババア」
「なんなら出ていくかい?このあたりでうちより安い家賃のところは他にないと思うけど」
「・・・・」
煙草の煙を吐きながら呟くお登勢に、銀時は無言の返事をすることしか出来なかった。

 

 

 

「・・・・あれ?」
その日の夜、風呂からあがって自分の部屋の襖を開いた神楽は、敷いてあった布団が見当たらず首を傾げる。
雨が続いているため布団を干していないはずだが、泥棒が入ったとしても布団を盗むのは変だ。
「銀ちゃん、私の布団、無くなったアルー」
髪を拭きながら歩く神楽が和室を覗くと、そこには布団が二つ並べて敷かれていた。
一つは銀時のもので、もう一つは部屋から無くなった神楽の布団だ。
「銀ちゃん?」
「おう。遅かったな」
布団を頭からかぶって横になっていた銀時は、神楽の声を聞くと小さく手招きをする。
「お前、幽霊が怖いんだろ。しょうがないから一緒に寝てやる。俺じゃないからな、俺が怖いんじゃないからな」
「・・・・・・うん」
布団にくるまって何度も繰り返す銀時を見た神楽は、何となく状況を理解出来てしまった。
幽霊に対しては人一倍臆病なのだが、彼は絶対にその事実を認めようとしないのだ。

「いいか、絶対離すなよ。トイレに起きたら一緒に付いて行くからな」
「分かったアル」
手を握られた神楽は、にっこりと笑って相槌を打つ。
入ることを禁じられている和室で落書きをしていた時に、うっかり絵の具を壁にぶちまけたのだが、それがどうやっても落ちなかったのだ。
以前、お登勢に聞いたことを思い出して適当に話を作ったのだが、銀時はあの染みを本当に幽霊の怨念だと信じているらしい。
昨夜一睡も出来なかった銀時はたちまち眠りに落ちたようで、神楽は満面の笑みを浮かべる。
誰かと手を繋いで横になるなど随分と久しぶりだ。
「幽霊様々ネ。田子作、成仏するアルヨ」
もそもそと動いて銀時の布団に潜り込んだ神楽は、彼の胸元に顔を埋めて呟く。
「絶対離さないアル」

 

 

「こんばんはー」
「あれ」
深夜に営業中のスナックに現れた男を見るなり、お登勢は大きく目を見開いた。
「田子作、あんた生きてたのかい」
「その節は、どうもご心配おかけして」
頭を下げて入ってきた男は髪の毛が七三わけで、どこか幸の薄そうな顔をしている。
見るからに金を持っていない風体にキャサリンは眉をひそめたが、お登勢は心なし嬉しそうだ。
「今、何やってるんだい」
「田舎に帰って、細々と働きながら借金を返していますよ。今日はちょっと仕事の関係で江戸に出てきたんで、ご挨拶に」
「まあ、良かったよ。頑張りな」


あとがき??
二人が一緒に寝てくれたら、嬉しいなぁという話。
銀ちゃんが駄目って言うのはいろいろ間違いがあったらまずいからなんですが(子供でも女だし)神楽ちゃんは分かっていないようです。


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