やさしい銀ちゃん


「銀ちゃんは本当に甘いものが好きアルねー」
特大パフェを黙々と食べる銀時を見つめ、神楽は呆れとも感嘆ともとれる呟きをもらす。
三度の食事でも、おかずが梅干ししかない時は、米の上に砂糖をふりかけのようにかけていた。
彼の体は砂糖で出来ているのではないかと錯覚するほどだ。

「銀ちゃん、糖分と私とどっちが好きアルか?」
「糖分」
神楽を見ようともせず答える銀時に、彼女は頬を膨らませる。
「私、次に生まれ変わったら砂糖になることに決めたネ。そうしたら、銀ちゃんの一番になれるヨ!」
「馬鹿言ってるんじゃないよ、お前は」
スプーンを握る銀時は眉を寄せて神楽を睨む。
「砂糖は食べたらなくなっちゃうだろ」

「銀さーん」
ガタガタと建て付けの悪い扉を開けて入ってきたのは、買い物から帰った新八だ。
後ろに立つ二人の女性を招き入れると、「依頼があるそうです」と告げる。
似通った顔立ちから、彼女達が親子なのだとすぐに分かった。

 

 

「は、デート?デートって、あのデートですか」
「他に何があるんです」
しつこく繰り返す銀時に、新八が突っ込みを入れる。
母親とおぼしき女性が口にしたのは、娘と半日行動を共にして欲しいという銀時への依頼だった。
娘の方は恥じらいのためか、先程から俯いたままだ

「あのー、うち、そうした出会い系の斡旋会社じゃないんですけど・・・」
「分かっています。でも、娘はあなたとお付き合いするまでは、成仏できないと言っているのです。相応のお礼はしますが、これも人助けと思って・・・」
「え″・・・・」
目頭をおさえる母親の意外な一言に、銀時は目を見開く。
「銀ちゃん、この人、透けてるアルー」
娘の座るソファーの後ろに立つと、神楽は不思議そうに首を傾げた。
「娘は死んだんです。半年ほど前に・・・・」
「ぎ、銀さん!!!」
母親の声を聞きつつ、意識が遠のいた銀時はそのまま前方へと倒れこんだ。
銀時がこの世で唯一苦手なもの。
青白い肌の幽霊が、震えている彼の顔を怖いほど凝視していた。

 

 

 

「物心がついてすぐの入院生活。そのまま病院を出ることもなく死んでしまって、不憫な子なんです」
「・・・そうですか」
「坂田さんは病室の窓から見えるそば屋に通っていたようで、娘はいつも嬉しそうに眺めていました」
寂しげな口調で語る母親に、新八は相槌を打つ。
彼らの視線の先では、ぎこちない動きの銀時と幽霊の娘が肩を並べて歩いている。
たった半日のことと無理やり納得させたが、銀時がいつ逃げ出すか心配で、彼らはひそかに二人を尾行していた。
銀時と他の女性とのデートを見張らなければならないとは、神楽にしても複雑な心境だ。

 

 

「すみません。ご迷惑をお掛けして・・・・」
「え、迷惑だなんて、そんな」
ハハハッと笑って見せた銀時だが、鳥肌はずっと消えないままだ。
彼女は顔が小さくほっそりとした体型で、なかなか銀時の好みのタイプだった。
だが、幽霊と分かってしまっては、どうにも会話がぎくしゃくしてしまう。
一通りのデートコースを回ったみたが、彼女の体に変化がないということは、まだ成仏するほど満足していないのだろう。
これ以上どうすればいいのかと思うが、まさか本人を前にして舌打ちはできない。

「あー、危ないから気を付け・・・」
道端の段差に気付いた銀時は、思わず注意しようとして口をつぐむ。
彼女は幽霊だ。
実体はなく、すでに死んでいるのだから、怪我をするはずもなかった。
罰が悪く頭をかいた銀時を、娘はくすくすと笑って見つめている。

「・・・何だ、笑えたんだな」
「え?」
「ずっと暗い表情だったからさ。そうやって笑ってた方が何倍も可愛いよ」
何気なく告げたとたん、娘はぽかんとした顔で立ちつくした。
「ん、どうした」
「あ、いえ・・・可愛いなんて、男の人に言われたことないので」
「そう?」
思ったことをそのまま口にしただけだが、病院で眠ってばかりいた彼女には経験のないことだったのかもしれない。
綺麗な顔立ちなだけに、残念なことだ。

「俺も、おしいことしたよ」
戸惑う彼女に、銀時は明るい笑顔を浮かべて言う。
「あんたが死んじゃったから、可愛い嫁さんをもらいそこねた」
銀時につられたのか、彼女も同じように微笑んで見せた。
だが、それも一瞬のこと。
銀時の目の前で、空気にとけ込むようにして彼女の姿は消え去った。

 

「有難うございました」
背後から聞こえた声に、銀時はハッとして振り返る。
新八と神楽の傍らで、幽霊の娘の母親が涙を流して頭を下げていた。
そのときになってようやく、銀時は彼女が逝ってしまったのだということを、理解した。

 

 

 

 

翌朝、万事屋の三人は娘の墓参りのため墓地を訪れていた。
母親から大体の位置は聞いてきたが、同じような墓石が並ぶ中でなかなか見つからない。
「新八―、早くしろよ新八―」
「まだアルかー」
「ちょっとはあんた達も協力してくださいよ!」
他力本願な銀時と神楽を叱り飛ばし、新八は必死に娘の墓を探し回っている。

「銀ちゃんは、優しいアルネ」
銀時を見上げた神楽は、しみじみとした声音で言った。
あれほど幽霊の存在を毛嫌いしていたというのに、今日の墓参りは銀時の提案だ。
「・・・・幽霊を失望させたら、可哀相だろ」
そう思ってしまうほど、彼女の最後の微笑みはひどく印象に残った。
今さらだが、もっといろいろ話してあげれば良かったと考えてしまう。
心の動揺が大きかったせいか、どんな会話をしたか銀時はよく思い出せないのだ。
柄にもなくしんみりとしてしまった銀時の横顔を、神楽はじっと見据えている。

 

「私も、幽霊になってみようかなぁ・・・」
「馬鹿言ってるんじゃないよ、お前は」
ぽつりと呟いた直後、いつか聞いた言葉と共に、神楽は頭を乱暴に小突かれた。
理由はおそらく、「砂糖になる」と言ったときと同じものだろう。
笑顔になった神楽は銀時に抱きついたが、不機嫌そうに口を尖らせる彼は黙り込んだままだ。

「銀さん、神楽ちゃん、こっちですよー」
桶を持ってうろついていた新八は一つの墓石の前で立ち止まり、のんびりと歩く二人に声をかける。
2月の風はまだ冷たかったが寒さはまるで感じられない。
掌の温かさが心地よく感じる季節、こうして手を繋ぐ相手が側にいれば、もう暫くは冬のままでも良いような気がした。


あとがき??
元ネタは再び『うる星やつら』。このお話、大好きだったんです。
幽霊の女の子が主人公のあたるに恋をしていて、成仏させるために一日デートする。
夏の暑いさかりだというのに、彼女の手編みのマフラーや手袋やセーターを着て、汗みずくで必死に笑うあたるが好きでした。
彼女が死んだのは、冬だったんですね。
神楽ちゃんは何故か突然標準語になることがあるので、ラストの台詞はそのまま使わせて頂きました。


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