嘘と沈黙


「休暇を取れだー?」

緊急の呼び出しに汽車を乗り継いで駆けつけてみれば、奇妙な命令だった。
思わず素っ頓狂な声をあげたエドワードに、傍らにいるアルフォンスも同意を示す。
「あの、ご用件はそれだけなんですか・・・」
「そうだ」
珍しく、執務室に閉じこもり気味だというロイは書類に目を通したまま返事をする。
エドワードとアルフォンスが顔を見合わせる中、彼は思い出したかのようにサイドテーブルの上の箱を指差した。
「それを持って、久しぶりに故郷に帰ったらどうだ」
「何ですか?」
「巷で人気の焼き菓子だ。もらい物だが美味いらしい」
「・・・・はぁ、有難うございます」

取り敢えず礼を言ったものの、アルフォンスは首を傾げている。
ロイの考えは理解不能だったが、困難な仕事を任されたわけではなく、逆らう理由はない。
机の側に落ちていた一枚の書き付けを拾うと、エドワードは一瞥した紙を彼に向かって放り投げる。
「休みが必要なのは、あんたの方じゃないのか?」
皮肉を込めて言ったつもりだった。
間近にあるエドワードの顔を見つめると、暫しの沈黙のあとに、彼は微かに口元を綻ばせる。

 

深淵を思わせる深い色の瞳に、ふと芽生えた不安。
それをどう表現すればいいのかエドワードには分からない。
訝しげに眉を寄せたとき、彼の視線はすでに書面へと向かっていた。

 

 

 

 

「真面目に机に向かって仕事なんかしているから、頭の螺子が一本飛んじまったんだよ。絶対」
「兄さんー」
口の悪い兄をアルフォンスは困ったように窘める。
彼とてロイの行動は不可思議だが、時期的には丁度良かったのだ。
そろそろ帰らなければならないと、思っていたのだから。

のどかなリゼンブールの風景を眺めながら歩いていた二人は、道の先に知った顔を見付けて立ち止まる。
アルフォンスが事前に連絡をいれていたからだろう。
愛犬を連れて待ち伏せをしていた幼なじみが、笑顔で手を振っていた。

 

 

「おかえりなさいー」
「ただいま」
駆け寄って来たウィンリィに、アルフォンスはすぐに応える。
それに対して、少々遅れて聞こえた「ただいま・・・」の声に、ウィンリィはにっこりと微笑んだ。
「怪我はない?機械鎧は無事なの?」
「・・・大丈夫だよ」
どちらかというと機械鎧の心配をしている様子のウィンリィに、エドワードは思わず苦笑する。

「じゃあ、早く帰りましょう。連絡くれたから、ちゃんと食事も準備して・・・」
「ウィンリィ」
踵を返したウィンリィをアルフォンスが呼び止める。
そして、振り返った彼女に用意してあった物を差し出した。
「誕生日おめでとう、ウィンリィ!」
「・・・・え!?」
プレゼントを思われる箱に目を丸くしたウィンリィだったが、仰天したのはエドワードも一緒だ。

 

「覚えていてくれたの?」
「もちろんだよ。大事なウィンリィの誕生日だもの。兄さんも気づいていたでしょ」
「・・・お、おお。当たり前だろ」
すっかり忘れていたとは言えず、エドワードはとっさに右手に持っていた焼き菓子の箱をウィンリィに渡す。
ロイから譲られたものだが、受け取っておいて本当に良かったと思った。
元々泣き虫な彼らの幼なじみは、瞳に涙を滲ませながら飛び付いてくる。

「気を遣わなくてもいいのに。二人が無事な姿を見せてくれただけでも、十分に嬉しいプレゼントなんだから」
すぐ耳元で聞こえる優しい声がくすぐったい。
恥ずかしさはあるが、三人それぞれが暖かな気持ちで一杯になっていた。

 

 

 

「二人とも、帰ってきたよー」
扉を開けたウィンリィは祖母に向かって呼び掛ける。
そして、家の中へと招き入れられたエドワードとアルフォンスは、テーブルに置かれた花瓶に目が釘付けになった。
年頃の少女が喜びそうな、ピンクの色合いのものを集めた花は、一つの花瓶では入りきらないほどの量だ。
花の種類からも、一目で値が張る物だと分かる。

「こ、これ、誰から?」
「ああ、それ」
振り向いたウィンリィは、驚く二人に笑顔で説明を始める
「両親の古い友人らしいんだけれど、名前は分からないの。毎年、私の誕生日にこうして花やプレゼントが届くのよ」
「へぇ・・・」
「お礼がしたいのに、住所も書いていないし。これが、メッセージカードよ」

手渡されたカードを、エドワードをしげしげと眺める。
カードには、『あなたの幸せを祈って・・・』という一文があるだけだ。
エドワードの後ろからカードを覗き込んだアルフォンスは、死んだ友人の娘の誕生日を忘れずにいる、良い人がいるのだと素直に感心した。
だが、エドワードは、カードを見つめたまま凍り付いたように動かなくなる。

神経質な角張った文字。
エドワードは同じ筆跡をつい最近見た覚えがあった。
記憶はめまぐるしく過去へと遡っていく。
思い出される彼の静かな微笑、そして、あのとき感じた漠然とした不安。

 

 

「・・・・大佐?」

知らずに、声を出していた。
分からない。
どうして、ロイがウィンリィに花束を贈ったりするのか。
ウィンリィは両親の友人だと言っていたが、ロイと田舎町に住む彼らの間に接点などなさそうに思える。
だが、偶然にしては出来すぎだ。
理由のない突然の休暇に、渡された土産用の焼き菓子。
幼なじみ二人の来訪がウィンリィにとって何よりの誕生日プレゼントだと、ロイが知っていたとしたら。

 

「エド、大丈夫?」
訝しげな呼び掛けに、彼はゆっくりと顔をあげる。
似た、字を書く人間がいるだけかもしれない。
ロイの口からウィンリィの名前が出たことなど、一度もないのだから。

「・・・腹が減った」
「何よ、突然黙り込んだと思ったら。お腹でも痛いのかと思ったわよ」
カードを突き返しながら言うエドに、ウィンリィは安堵の笑みを浮かべた。
彼女が食事の支度のためにキッチンへと向かったあと、アルフォンスはそっとエドワードに近づく。
「兄さん」
「んー?」
「具合悪いの?顔が青いけど・・・・」
ウィンリィは誤魔化せても、より長く一緒にいるアルフォンスは兄の微妙な変化を感じ取っている。
彼の後ろに見える花瓶から目をそらすと、エドワードは取り繕うように笑った。
「気のせいだよ、気のせい」

自分自身に言い聞かせるように、エドワードは繰り返す。
もし本当にロイがウィンリィの両親の友人でも、名前を伏せていることは疑問だが、悪いことではない。
ロイに事情を訊ねたところで、簡単に口を割るはずがないのだ。
頭を振って思考を停止させたエドワードは、胸の奥に蟠った嫌な感覚について考えることをやめた。


あとがき??
いろんな意味でもえ尽きました。
友人どころか、両親を殺した償いとしていろいろ物を送っているのですが、何も知らないウィンリィがあわれのような。
エドが嫌だなぁと思っているのは、自分が知らないところで大佐とリィに関わり合いがあるかもしれないということです。
・・・・ロイウィンではなく、エドウィン!!?
話を考えるのは楽しかったけれど、書くのは辛い。
私に鋼は向いていないですね。
いつのまにか仲良くなっている大佐とウィンリィにやきもきするエドの話があったはずなんですが。
普通に、アル→ウィン→エドとか、随分前から書きかけで止まっていたり。

大嘘ついているから、苦しいのかもしれませんね。
これはいつの話なんだとか、大佐の字ってどんなんだとか、諸々見逃してくださると嬉しいです。
また書くかどうかは未定ということで。そのときはちゃんと原作読みますよ。


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