恭弥さんの誕生日


「時間があったらおいで」

 

それは短い呼び出しの電話だったが、彼女を動かすには十分すぎるほどの力を持っていた。
5月5日の誕生日、分刻みのスケジュールで世界を移動している雲雀は、久しぶりに日本に戻ってきたらしい。
指定されたのは彼が根城としている場所とは別の、プレイベートに借りているマンションの一室だ。
緊急の要件があるとき以外は誰も寄せ付けず、雲雀は休日の多くをそこで過ごしている。
「急がなくちゃ!」
一分、一秒でも、彼と過ごせる時間を大切にしたい。
大慌てで走るイーピンは手元の紙袋をちらりと見たあと、少しだけ口元を緩めて前方へと視線を戻した。

大学に入学するための資金をバイトで貯めているイーピンは、日々の生活費をぎりぎりまで切り詰めているため、自由になる金は少ない。
雲雀や綱吉に言えばいくらでも援助してもらえることは分かっているが、そうでなくても日本に身寄りのないイーピンは、彼らに散々迷惑をかけている。
自分で何とか出来る範囲のことは一人で解決しようと、沢田の家を出たときに決めたのだ。
そんなイーピンが雲雀の部屋に向かうまでの間に用意したプレゼントは、友人の家のオーブンを借りて作った苺のショートケーキだった。
当日の呼び出しに何を買うか悩む時間も無く、資金も乏しい。
急ごしらえなため多少形がいびつだったが、そこは目を瞑ってもらうしかない。

「もう沢田さん達来てるかな・・・」
エレベーターを待つのももどかしく、自慢の脚力で5階まで駆け上がったイーピンはその扉の前で深呼吸をした。
チャイムを鳴らして乱れた前髪を整えていると、扉はゆっくりと開かれる。
「やあ、いらっしゃい」
心なし喜びを含んでいるような雲雀の低音の声を耳にして、イーピンの心拍数は階段を上った直後以上に上昇し始めた。
子供の頃ならばそのまま爆発確実の状況だが、幸いイーピン必殺の筒子時限超爆は師匠によって封印されている。
彼に会うたびにこうして心臓を高鳴らせていては身が持たないと思いつつ、一度限界点まで上り詰めた感情はなかなか静まってくれそうになかった。

 

「・・・あれ?」
何とか気持ちを落ち着けて部屋へと足を踏み入れたイーピンは、きょろきょろと周囲を見回し始める。
普段生活していないのだから当然だが、綺麗に整えられた部屋には全く人気がなく、パーティーの準備らしきものはされていなかった。
キッチンからも料理の匂いはしてこない。
「皆さんはまだいらしていないんですか?草壁さんも・・・」
「今日呼んだのは君だけだよ。何で?」
「えっ、ええーーー!!!」
思わず絶叫したイーピンは現状を把握するため、パニックになりかけた頭に手を当てて独り言のように呟いた。
「てっきり沢田さん達も一緒に雲雀さんの誕生日パーティーをやるんだと思って、私・・・・」
「僕が群れて行動すると思われるなんて、心外だね」
「そ、そうでした」
単独行動を好む雲雀の習性を思い出したイーピンは多少頬を引きつらせながら相槌を打つ。
「何、君は僕より沢田綱吉に会うのが目的だったの?」
「ち、ち、違いますよ!!雲雀さんに早く会いたかったから私、急いでここまで来たんです」
僅かに目を細めて問いただす雲雀のただならぬ気配に、イーピンは首が取れそうな勢いで左右に動かして答える。
「そう、それはよかった」

三つ編みを二つのお団子にした頭を撫でられ、イーピンは自分の置かれた状況に改めて緊張を強くした。
マンションの一室に、大好きな雲雀と二人きり。
引っ込み思案だった昔より多少成長したとはいえ、奥手なところはそのままのイーピンだ。
嬉しくないわけがないが、どうしたらいいのか分からなくなってしまう。

 

「さて。お茶でも入れようか」
「あっ、私が」
雲雀を追いかけてキッチンに入ろうとしたイーピンは、そのとき初めてソファの傍らに置かれている大小さまざまな箱の山に気がついた。
綺麗に包装された箱は一目で高価と分かるブランドの名前が入り、その合計金額を考えただけでイーピンは眩暈を起こしそうになる。
おそらくイーピンが10年ラーメン屋で必死に働いても、ここにある品々を全て買うことは出来ないはずだ。
「あの・・・これってもしかして」
「ああ、誕生日プレゼントらしいよ。全く、どこから聞きつけたのか誰かが大量に送りつけてきた。僕の個人情報をばらした奴は見つけ出して絶対に咬み殺すよ」
「は、はあ・・・・」
風紀財団を束ねる雲雀が日頃接しているのは、何気に世界の
VIPが大半だ。
機嫌を取るための貢ぎ物の数々も、物欲のさほど強くない彼が相手では逆効果というものだろう。
強い人間と戦うことを何よりも好む雲雀には、むしろ挑戦状を叩き付けた方がよっぽど喜ばれる。

「それで、今、君が後ろに隠したのは何なの?」
イーピンがさりげなく遠ざけたものを、目ざとく見咎めた雲雀は怪訝そうに訊ねる。

「えっ、そんな、何も隠してなんて・・・あははっ」
「・・・・・・・・」
真っ直ぐに瞳を見据えた後、自分ににじり寄ってきた雲雀にイーピンは「ひーーっ!!」と声をあげそうになった。
あれほどの宝物の山を見てしまっては、不器用に包装された自分の手作りケーキなど彼に渡せるはずがない。
何とか雲雀の注意をそらそうと逃げの姿勢に入ったイーピンだったが、引退した元殺し屋と現役のマフィアではとっさの動きに差が出来る。
「ああああーーーー!!」
素早い動作で紙袋を奪われたイーピンは思わず泣きそうになったが、雲雀はただ不思議そうな顔つきで紙包みを開いていった。

「ワオッ」
『happy birthday』とメッセージの入ったケーキを見て独特の歓声をあげると、雲雀はしょげているイーピンに柔らかく微笑んだ。
「僕にかい?」
「もちろんです・・・」
思わぬ反応に目を瞬かせたイーピンだったが、次の雲雀の行動にさらに驚かされた。
昔から不良達に混じって行動していても、常に他と違う品のよさを漂わせていた雲雀が、フォークもスプーンも使わずクリームを指ですくって舐めている。
「・・・悪くないね」
呆然とその様子を眺めていたイーピンは、雲雀の第一声に我に返る。
主に、戦いの最中のみに見せる彼の極上の笑顔がそこにあった。
自分のプレゼントを心から喜んでいることが伝わるその表情に、イーピンは胸が一杯になってしまう。

 

「あ、あの、雲雀さん、こっちは開けないんですか。ほら、有名なブランドもので・・・一つくらいは」
「僕はこれがあればいいよ」
ケーキの入った箱を大事そうにテーブルに置くと、雲雀は立ち尽くしたままのイーピンを抱き寄せる。
雲雀にとっては、大金を積んで用意させたもの品よりもずっと価値のある、大切なものだ。
「・・・なんで泣いてるの?」
「嬉しいからですよ」
「そう」
初めてのキスがこれ以上なく甘く感じられたのは、先ほど雲雀が食べたクリームのせいもあったのかもしれない。
幸福感に包まれながら、彼のたくましい腕に体を預けるイーピンは、思い出したようにその言葉を口にする。
「お誕生日おめでとうございます、雲雀さん」


あとがき??

ヒバピン、愛してます!!!!!!!

雲雀別人28号ですみません。愛は詰めたつもりです。雲雀のマンションとか捏造まで。
山口さんとのメール部分を全てつぎ込んで、いろいろ肉付けしてみました。
幸せだなー、ヒバピンーー。
この後大人の時間を過ごすんだよーというのが山口さんの弁ですが、そこまで書けませんでした。
まさか、一発目のヒバピンから、そこまでは。いくら私でも!でも、希望があれば!(笑)
っていうか、雲雀25歳ならイーピン15歳・・・いいのか?いいのか??
まあ、この次があるかどうか知りませんが、ヒバピンへの愛が永久に不滅なのは確かです。有難う、ヒバピン!有難う、天野先生!


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