幕末純情伝 4
昼間干して取り込んだ布団は、座敷に置きっぱなしになっていた。
夕食の前にそれを思い出した山崎は、布団の前で座り込み、途方に暮れる。
山崎が座敷から出ていくのと同時にこの布団を見付けたのだろう。
沖田の扮装をした神楽が、ふかふかになった布団にくるまってすやすやと寝息を立てていた。
叩き起こせばすむことだが、幸せそうな寝顔を見ていると、どうも罪悪感が湧き起こる。
それに、彼の無防備な寝顔を見られるのは滅多にないことで、山崎は暫くその場から離れず神楽を見つめていた。「・・もじゃ・・・」
「え?」
何か寝言を呟いた神楽に反応したが、山崎には何を言ったのか分からない。
さらに顔を近づけると、「もじゃもじゃ」と「好き」という単語が聞き取れた。
それにしても、意味不明だ。
「・・・あの、沖田さん。そろそろ食べに行かないと、飯がなくなりますけど」
「飯!!」
値千金の言葉に意識を覚醒させた神楽は、すぐに半身を起こして傍らを見た。
初めは曖昧な眼差しだったが、数回の瞬きで山崎と視線を合わせる。
「・・・これ、お前のだったアルか」
「はい」
「悪かったアルね。せっかく干したのに」
のそのそと布団から這い出た神楽に、山崎は首を振って答えた。
「いえ、沖田さんだったらいくらでも貸しますよ」
「・・・・・お前」何かに気付いたように振り向いた神楽は、山崎の腕を掴み、上目遣いで彼の顔を見つめた。
はだけた着物の裾から覗く神楽の肌は白く、寝起きのためか、その瞳は潤んでいる。
唾を飲み込んだ山崎は、落ち着かない気持ちで神楽から目をそらした。
鼓動が信じられないほど速まり、彼女が女だと知っていれば、確実に押し倒していたはずだ。
いや、男だと思っていてもあと数分この状態が続けば危ない。「あ、あの、何か?」
「たこ焼きの匂いがする・・・・」
「ああ、さっきおやつに・・・え、ちょ、ちょっと沖田さん!!」
突然抱きつかれた山崎は頬を舐められて仰天する。
「んー、ソースはやっぱりブルドックがいいアルヨ」
くっついていたソースを舐め取った神楽は難しい顔で批評した。
食い意地の張った神楽の無意識の行動だったが、山崎は思いきり動揺している。
そして、座敷の襖が唐突に開かれたのは、山崎が彼女の背中に手を回した直後のことだった。
「・・・何やってんだ、てめー」
「ふ、ふ、副長!?」
鬼と呼ばれる土方が、まさに憤怒の形相で二人を、いや、山崎を見据えている。
神楽を離そうにも震える体は思うように動かない。
土方と沖田は出来ている、という噂話が山崎の頭を駆けめぐったが、彼の顔を見るかぎり、それは真実のようだ。「あの、こ、これは」
「離れろってんだよ」
山崎の頭を叩くと、土方は強引に彼らを引き剥がす。
「大丈夫か」
「うん?」
両肩を掴まれて問いただされた神楽は、訳が分からないなりに返事をする。
どちらかといえば神楽が山崎を惑わしていたのだが、そうしたところは土方の眼中にない。
「ご飯、呼びに来てくれたアルか?」
「・・・まあな」
本当は姿の見えない神楽をずっと捜していたのだが、それを言うのは憚られた。
用事があるわけでもなく、理由を聞かれても彼自身分からないのだ。
「じゃあ、早く行くネ」
立ち上がった神楽は土方と山崎に笑いかけると、すぐさま廊下へと向かう。
「あの、沖田さん!」
「ん?」
「もじゃもじゃって、何のことですか」
「銀ちゃ・・・・・万事屋の旦那のことアル」
慌ただしく答えると、頭が夕食のことで一杯になっている神楽は駆け去っていった。「万事屋の・・・」
「なんだ、もじゃもじゃって」
二人の奇妙な会話を聞き咎めた土方は、怪訝な表情で訊ねる。
「沖田さんが寝言で言ったんですよ。「もじゃもじゃ、大好き」って。それで、もじゃもじゃって何だろうと思ったんですけど・・・」
しだいに険しくなる土方の横顔を見ながら、山崎は身を縮ませた。
沖田がいつの間に万事屋の銀時と親しくなったのか。
興味はあったが、土方の前で話題に出来る内容ではないようだった。
「おい、神楽!」
熟睡していたというのに、急に押し入れの襖を開けられた沖田は、不機嫌そうに布団から顔を出す。
神楽と入れ替わってから初めて押し入れの寝床を体験したが、なかなか快適だ。
「・・・今、何時だと思ってるんですかい?」
「今夜、付き合え」
「・・・・・はァ」
「いいだろ。もう痛くしねーから」
酒を飲んで帰ってきたばかりなのか、独特の臭気を放つ銀時は沖田の手のひらを握っている。
焦点の合わないその眼差しに恐怖を覚えたのは、一種異様なその気配を感じたからだろう。「今日は・・・アレだからパス」
とっさに口から出た出任せに、銀時は「本当かよ。この前もそう言わなかったかー?」と首を傾げていた。
一体、何に付き合えという意味だったのか。
銀時がいなくなった後も沖田は悶々と考え続け、結局、一睡も出来ずに夜が明けてしまった。
「今日は八丁堀のあたりを見回りするって、ゴリラ達が言っていたアルよー」
早朝行われた打合せの決定事項を伝えた神楽は、隣りに座る沖田の顔を覗き込むようにして見る。
互いに入れ替わるため、いつもの公園で待ち合わせたのだがどうも顔色が悪い気がした。
「腹でもくだしたアルかー?」
「別に・・・」
神楽の姿に戻っている彼女は、不思議そうに首を傾げている。「チャイナ」
「んー?」
「お前・・・・・」
傍らを見やると、沖田は言いかけた言葉を呑み込んだ。
銀時との関係を問いただしたいのは山々だが、彼女の目を見ると、何故か怖くなる。
「・・・何でもない」
「変な奴アルネ?」
あとがき??
土神中心神楽総受け話。今回は山神、銀神、沖神も混じる。銀沖も!?
男装美少女のお色気の術を書きたかっただけなんですが、すっかり暴走特急になっております。
この話の中では、銀ちゃんと神楽はねんごろな関係ということで。沖田くん、危なかった!
続きを読みたいという優しいお言葉を柚葉サユキ様から頂いたので、書かせて頂きました。有難うございましたv