触れる


その体に触れることが出来ないから、せめて、生き延びる糧を与えたいと思った。
神楽が捨てられた子猫を空き地で見つけたのは、4日ほど前のことだ。
一目で気に入り、万事屋に連れて帰ろうと思ったのだが、子猫は定春とは違って体が小さい。
力の加減が上手く出来ない神楽が抱き締めれば、あっという間に息の根が止まってしまうはずだ。
仕方がなく自分で世話をすることを諦めた神楽だが、歌舞伎町の知り合いを訪ねて話を切り出しても、猫の飼い主となる人物はなかなか見つからなかった。

 

「困ったあるネー」
「ニャー」
神楽の言葉が分かるはずもないが、途方にくれた彼女がため息と共に呟くと、子猫も呼応するように鳴き声をあげた。
銀時達の目を盗んで餌を運んでいるため、発見したときは弱弱しい体つきだった子猫も、少しは元気を取り戻したようだ。
こうなれば、最後の手段、桂のところに持っていくしかないだろうか。
すでに妙な宇宙生物を一匹飼っている彼ならば、子猫の一匹や二匹、面倒を見てくれるはずだ。
「でも、ヅラは極貧だからいい餌がもらえないかも・・・・」
しゃがみ込んで独り言を繰り返していた神楽は、子猫の住処であるダンボール箱の中を見て、怪訝な表情になる。
箱の隅に見覚えのない皿が置かれていた。
神楽の他にも、誰か、近所の人間が子猫に餌を与えに来ているのかもしれない。

「ニャーー」
「あっ」
思案している最中に、突然子猫が走り出し、神楽はそれを追いかけて腰を浮かせる。
そして、子猫がしがみついた足の主を視線で追うと、大きく目を見開いた。
「・・・・・トッシー」
「その名前で呼ぶな」
煙草をくわえて佇む土方は、あからさまに不機嫌そうに神楽を睨んだ。
巡回の途中なのか、制服姿の土方に子猫は甘えた声を出している。
「何でお前がここに・・・・・ん?」
そのとき、神楽は土方が何かを後ろに隠したのを見逃さなかった。
子猫は土方に触れて欲しいのか、さかんに鳴き続けており、この状況から考えると彼らは初対面ではない。

「・・・・トッシーが猫に餌をあげていたアルか?」
神楽が小首を傾げて訊ねると、土方の頬が柄にもなく朱色に染まる。
「わりーかよ」
赤い顔で凄んでみせても、まるで迫力がない。
誰もが恐れる真選組の鬼副長が、捨てられた子猫を放っておけずに、神楽同様空き地に通っていたのだ。
思わず猫相手に赤ちゃん言葉で話しかけている土方の姿を想像してしまい、神楽は笑いが止まらなくなってしまった。
「アハハハッ」
「笑うな!!」
声を荒げた土方に子猫は身を震わせたが、神楽はもちろんそんなことではびくともしない。
「トッシー、可愛いアルーー」

 

 

 

どうやら攘夷志士の中に猫好きの者がいたらしく、桂を通じて子猫は無事にある一家に引き取られていった。
真選組相手に詳しい事情は言えなかったが、のちに顔を合わせた土方に猫の引き取り手が見つかったことを伝えると、彼はほっとしたように頬を緩める。
動物好きに悪い人間はいない。
銀時からの受け売りだったが、彼を見ているとそれは正しいのかもしれないと思った。

 

「昨日様子を見に行ったら、元気そうだったアル」
市中見回りを続ける土方の隣りを歩き、神楽は一人で喋り続ける。
適当に「ああ」や「そうか」と返事をしていた土方だったが、ふいにある疑問が脳裏を過ぎった。
「何で、お前のところで飼わなかったんだ?」
最初は面倒が増えたと嫌な顔をするかもしれないが、銀時も新八も自分達を頼ってきたものを追い出したことは一度もない。
万事屋メンバーと親しくない土方であっても、長い付き合いから、彼らの人柄はなんとなく分かっている。

「・・・また、殺しちゃうから」
とたんに表情を曇らせた神楽は、俯き加減に呟いた。
嬉しそうに猫の話をしていた神楽と同一人物とは思えないほど、沈んだ声だ。
「私、地球人と違うネ。夜兎の力には何度も助けられているし、感謝してるアル。でも・・・・」
一度言葉を区切った神楽は、傘の柄を握る手に力を込める。
「好きなものには、触れない」
壊してしまうのが怖いから。
その気はないのに、殺してしまう。
猫や犬だけでなく、遊び相手になってくれた友達もまた何人も傷つけてきた。
いとしいものの血を見て、今まで何度後悔したか分からない。

ふっと掌に他人の暖かさを感じて、神楽は傍らにいる人物を見上げた。
「俺はそんなに柔じゃねーぞ」
前方を見据える横顔が照れている。
破顔した神楽は、眦に僅かな雫を浮べつつ、力強くその掌を握り返した。

 

 

「一体、何をどうやったらこんな風になるんですか」
座敷に呼ばれた山崎は、腫れ上がった土方の掌に包帯を巻きながら、呆れ返る。
物騒な事件に巻き込まれたのかと思ったが、他の隊士が騒いでいないところをみると、見回りの途中で何かあったようだ。
「・・・・猫に懐かれたんだよ」
「へっ、猫?」
ふてくされて横を向いた土方は、それ以上説明する気はないらしい。
「知らねーのかい。こんな顔して、土方さんは子猫や子犬、小動物系に弱いんだぜィ」
それまで二人の話などまるで聞いてないといった風に
TVを眺めていた沖田が、にやりと笑って口を挟んできた。
「顔は関係ない」
眉間にしわを寄せて振り返ると、何もかも見透かしたような、不敵な笑みを浮かべた沖田と視線が重なる。
「どこの子猫ちゃんに懐かれたんだか・・・・ねェ」


あとがき??
意外に動物&子供好きのトッシー。
鼻のきく沖田くんはいろいろ勘付いている・・・のかな?


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