こどものじかん


「土方様よ」
「真選組の副長の・・・・」
黄色い歓声を上げる若い女性の声を無視して、土方は煙草を燻らせながら先を進む。
真選組の中でも随一の色男である土方はどこに行っても人気者だ。
街中を巡回するたびに女性達に熱い眼差しを向けられるが、彼がそれに応えることは滅多になかった。
どれほど出来た女性でも、土方が尋常ではないマヨラーであることを知るとたちまち態度を変える。
それが分かっていて素人娘に手を出そうとは思えず、いつ死ぬかも分からない危険な仕事についている以上、心残りとなる存在を作る気もない。

 

「トッシーー!!」
すまし顔で歩いていた土方は、背後から聞こえたその声に表情を一変させる。
そのまま駆け出して彼女を撒こうとしたが、夜兎の脚力にはさすがの土方も敵わなかった。
「酢昆布買って、酢昆布!」
素早く土方の背中に張り付いた神楽は、彼の腹部に手を回しながら訴える。
「アホか!何で俺がお前にそんなものを買ってやる必要がある」
「ゴリラは買ってくれたアルヨ」
「ゴリラじゃない、近藤局長だ」
ゴリラという言葉で近藤を連想しているあたり、すでに彼への侮辱だったが、土方はそれに気付いていない。
「・・・買ってくれないアルか」
「くどい」
強引に神楽の体を引き剥がすと、彼女は頬を膨らませて土方を睨みつけた。
「お巡りさんにエッチなイタズラされたって、騒いでやる」
「・・・・え゛」

一瞬にして青ざめた土方だったが、神楽はすでに息を吸い込んで大声を出す準備をしていた。
「皆さんーーーーー、ここにいる真選組の副長様に、私は出会い茶屋に連れ込まれて・・・・」
「やーめーろーーーーー」
ただでさえ真選組の制服は人目を引き、副長と少女の組み合わせを珍しそうに見ている者が沢山いるのだ。
噂に尾ひれがつけば、また週刊誌に何を書かれるか分からない。
「万事屋はどんな教育してやがるんだ!」
神楽を小脇に抱え込んだ土方は、ダッシュでその場から逃げ出した。
神楽は楽しそうにキャアキャアと声をあげていたが、土方は別の意味で泣き笑いの表情だ。
鬼の副長が小娘一人に振り回されるとは、なんとも情けない。
他の隊士が近くにいなかったことだけが唯一の救いだった。

 

 

「次に同じことをしたら承知しねーからな!」
「うん、分かったアル」
本当にそう思っているのかどうか、駄菓子屋から出てきた神楽は満面の笑みで頷いた。
ため息をつきながら新たな煙草に火をつけようとした土方は、ふと神楽の服装に目をやり、眉を寄せる。
ノースリーブの薄手のワンピースは
5月半ばの気候を考えると、時期尚早な気がした。
「・・・なんで、お前そんな薄着なんだよ」
「色仕掛けアル。トッシー、くらくらしたアルか?」
神楽がしなを作ってみせると、土方は大いに脱力して座り込みそうになってしまった。
まだまだ「可愛らしい」と表現するのがふさわしい神楽の体形では、いくら頑張っても色気など出るはずがない。
そんなことで喜ぶのは特殊な趣味を持った一部の人間だけだ。

「・・・・・アホか、風邪ひくぞ」
げんなりとして上着を脱いだ土方はそれを神楽の肩にかける。
「送ってくから、それまで着てろ」
「うん」
食べかけの酢昆布を口に放った神楽は、まるでサイズの合わない土方の上着に袖を通し、嬉しそうに笑った。
こうしていると、彼女が傭兵部族「夜兎」の生き残りであることなど忘れそうになる。
無理な色仕掛けなどより、こうして素直に笑っているときの方がずっと魅力的だ。
「トッシー、手繋いでいいアルか」
「嫌だ」
「トッシーの手って冷たいアルなー。情が深い証拠アルヨ」
「たまには人の話を聞けよ、コノヤロー」
強引に手を掴まれた土方は目くじらを立てて不満を言ったが、全て神楽の耳を素通りしているらしい。
“最強の民族”の通り名は伊達ではない。
子供相手に真剣に怒るのも馬鹿らしく、頭を乱暴にかいた土方は、早く万事屋に到着することだけをひたすらに祈っていた。

 

 

 

「・・・・・神楽ちゃん、そんなことしたらカロリーオーバーでまた体重が増えるよ」
夕食の席で、おもむろにマヨネーズを取り出した神楽に新八は半眼で忠告した。
近頃神楽は食事のたびにマヨネーズを常用している。
まるで真選組の誰かのような行動だ。
「その分運動すれば大丈夫アルヨ」
「っていうか、何で急にそんなにマヨネーズマニアになったのさ」
「好きな人の好きな物は、私も好きになりたいネ!」
「へぇー・・・・」
あえて名前を告げずとも相手を推測できる、非常に分かりやすい行動だった。
夕方買い物の途中で土方と歩く神楽とすれ違ったような気がしたが、見間違いではなかったらしい。
銀時が聞けば保護者として騒ぎ出しそうな発言だったが、幸い彼は飲みに出かけているため二人きりだ。

「でも、土方さんは大人だから、神楽ちゃんみたいな子供は相手にしないと思うよ」
「違うアル。子供だから、トッシーは私が近づいても許してくれるアルヨ」
付きまとううちに、何気に神楽も土方の内面を理解し始めている。
自分に関わることで、身近にいる人間が傷つくことを彼は恐れているのだ。
だから顔の作りはすこぶる上等で、周囲の女性達に騒がれていても特定の恋人を作ることをしない。
子供と思って油断しているうちにうまく丸め込み、離れることが出来ない関係まで持ち込むのが神楽の計画だ。
「あと、2、3年が勝負アルな」
「まぁ、頑張って・・・・」
腕組みをして呟く神楽を横目に、この先の土方の苦労を思い、少しばかり同情した新八だった。


あとがき??
手を繋いで歩く土方さんと神楽ちゃんを想像すると、可愛すぎて顔が綻びます。
しかし、実際制服姿のお巡りさんが13、4歳の女の子と手を繋いでいたら、注目の的ですよね。(笑)


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