幕末純情伝 2


目の前に、一糸まとわぬ少女が立っていた。
口にくわえた煙草が落ちた後、土方は反射的に扉を閉める。
ここは新選組の屯所、脱衣所に続く扉の前だ。
「えーと・・・・」
ごしごしと目を擦っていると、今度は扉が向こう側から開かれる。
出てきたのは私服の着物を身につけた沖田だ。

「お先に」
立ちつくす土方に笑いかけると、沖田はそのまま彼の目を通って自室へと戻っていく。
香った石鹸は隊で支給されたもののはずだが、また違った甘さが感じられる気がした。
「・・・・一体、どーしちまったんだ」
胸が高鳴った理由が分からず、土方は自問自答する。
男だと思っていた沖田が実は女だった。
それだけでも由々しき事態だが、それ以上に困惑しているのが計り知れない自らの胸の内だ。

 

「危なかったアルネー」
舌を出して廊下を歩く神楽は、動揺する土方の顔を思い出したのかくすくす笑いをしている。
扉が開かれたのが茶髪のウィッグを付けた直後で良かった。
首に巻かれた包帯の下には小さい装置がくっついており、それが神楽の声を沖田のものに変化させている。
からくり技師が作った高価なものらしいが、沖田は人をおちょくるためなら金に糸目は付けないようだった。

 

 

 

「トシ、どうかしたか?」
近藤に声をかけられ、手に持った椀の中身をこぼしかけていた土方はようやく我に返る。
「あ、な、何も」
「・・・・お前がぼんやりとするなんて、珍しいな」
茶碗を膳に戻した近藤は、心配そうに土方の顔色を窺う。
「体調が悪いのか?医者に診てもらった方がいいぞ」
「だ、大丈夫だ」
近藤と話している間も、その視線は広間の隅で他の隊員と談笑して食事をする沖田に向かっていた。
無理矢理に彼から目を外すと、土方は傍らの近藤に向き直る。

「近藤さん、少し聞きたいことがあるんだが」
「何だ」
「おみつさんの紹介で、総悟は近藤さんの道場に通い始めたんだよな」
「ああ。総悟の姉のおみつさんが、「弟をよろしくお願いします」って頼みに来たんだ。ああ見えて、総悟は体が弱くてなぁ。心身共に鍛えるために剣術を学ばせようと思ったらしいぞ」
近藤が話し終える前に、土方は彼の腕を強く掴んだ。

「「弟をよろしくお願いします」、そう言ったんだな」
「お、おお」
詰め寄る土方の勢いに呑まれ、近藤は何度も頷く。
身内ならばその性別を間違えるはずがない。
となれば、沖田が女に見えたのは、願望が見せた幻・・・・。

 

「いやだーーーーー!!!!」
思わず頭を抱えて叫んだ土方に、近藤はどう対処して良いのか分からず呆然とする。
「ト、トシ、本当に医者に行け。お願いだから・・・」
「あのー、ちょっといいアルか?」
二人の間に唐突に割って入ったのは、土方の悩みの原因である沖田、いや、沖田の格好をした神楽だ。
「何だ、総悟」
「今晩、ゴリ・・・近藤さんの部屋で寝たいアルヨ」
「何ーーーーーー!!!?」
少々名前を言い間違えた神楽だったが、その直後の土方の絶叫により違和感はかき消される。

「寝る、お前が近藤さんと一緒に!!?」
「おー、いいぞ。昔はよく布団にもぐり込んできたよなーー・・・イテテテッ、ちょ、何だ、トシ」
土方に腕をつねられた近藤は痛みに顔をしかめた。
「近藤さん、あんたも今は貧乏道場の主じゃなくて真選組の局長なんだ。部下の一人と同室で寝るなんて、許されない」
「・・・はぁ」
「総悟、てめーは何で近藤さんの部屋に行きたいんだ」
「隣りの部屋のおっさんの鼾がうるさいネ。もう耐えられないアルヨ」
頬を膨らませる神楽を見た近藤は土方の肩を叩く。
「じゃあ、トシの部屋に行け。すぐ部屋替えしてやるから、それまでの間、トシと寝ろ」

 

もちろん、反対はした。
だが、「何で駄目なんだ?」と聞かれても、理由を言えるはずがない。
最後には“局長命令”で押し切られる。
傍らに神楽の寝息を感じ、拷問のような夜を過ごした土方だったが夜明け前についうとうとしたらしい。
昼近くになって目が覚めると、隣りの布団から神楽の姿は消えていた。

 

 

 

「総悟は?」
「沖田隊長は朝の稽古で出ていたはずですが・・・・あ、来ましたよ」
廊下を通りかかった隊士に訊ねると、丁度稽古服を着た沖田が向こうからやってくる。
かなり汗をかいたようで、額に汗が光っていた。
「ああ、土方さん、目が覚めやしたか」
「・・・・」
自分を見上げる沖田の顔を土方はしげしげと眺める。

「・・・お前、雰囲気変わってないか?」
「さァ、何のことです?」
とぼけてみせる沖田に、土方は訳が分からなくなった。
昨日までの、見ていると妙に意識してしまう艶めかしさが彼から消え去っている。
目の前にいるのは、これまで通りのただの憎たらしい小僧だ。

「お前、双子じゃないよな」
「・・・・・どうでしょう」
当たらずとも遠からずといった土方の問い掛けに、沖田は多少緊張気味に返事をしてた。


あとがき??
入れ替わっているということは、沖田くんは神楽ちゃんの格好で万事屋に行っているんです。
そのときの様子とか、真選組のみんなの神楽に対する反応とか、次があれば書きたいですねぇ。


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