押しかけ女房


「土方さん、あの子、また来てるみたいですぜー」
「・・・・」
明らかに面白がっていると分かる声音で言う沖田に、土方は不機嫌そうに眉を寄せる。
クールな外見から、今までも散々女に追い掛け回されてきた土方だが、今回は相当しつこい。
毎日屯所にやってくる栗子は、あの、松平片栗虎の娘だ。
無碍に追い返すわけにいかず、かといって親しくすれば父親に暗殺されかねない。

「・・・見回りに行って来る」
刀を持った土方は、言うが早いか目を通していた書類を放り出して席を立つ。
毎日の巡回の時間にはまだ早かったが、捕まると厄介だ。
他の隊士が彼女の相手をしているうちに、土方はさっさと勝手口から出て行ってしまった。
幸い、お嬢様育ちの彼女の家には、6時という門限の時間がある。
2時間ほどぶらついて帰れば、栗子はもう屯所にはいないはずだった。

 

 

 

わずかな事件の種も見逃さないよう、くわえタバコをしながら歩く土方だが、市中は平和そのものだ。
近頃は譲位派の活動も沈静化し、とくに大きな問題もない。
真選組が睨みを聞かせているためだと思うと、副長を務める身として、鼻も高くなるというものだった。

暫し歩いてのどの渇きを覚えた土方は自動販売機の前で立ち止まったが、その後姿を見咎める者が一人。
小銭を入れた瞬間、後ろから伸びた指に勝手にボタンを押されてしまう。
「おい!!」
「ご馳走様ネv」
傍らを見た土方は間髪入れず怒鳴ったが、神楽はにっこりと笑って全く動じなかった。
出てきたイチゴ牛乳を飲む気にならず、土方は仕方なくそれを彼女に手渡す。

「・・・・なんだ、その荷物は?」
神楽の背負う大きな風呂敷を横目で眺めながら、土方は新たな小銭を自動販売機に投入する。
「家出してきたネ!もうあんなところには戻らないアル」
「そーかい」
揉め事、とくに万事屋に係わることは避けている土方は、適当に相槌を打って缶コーヒーのプルタグを引いた。
だが、一口も飲まないうちに、「マヨラ13様!!」という叫び声にびくつき、缶コーヒーを取り落としてしまう。
もちろん、往来に仁王立ちして彼を見つめているのは、土方の逃走をして追ってきた栗子だ。

 

「マヨラ13様、どなたでございまする、そのご婦人は!!!」
「あ・・・・」
「ご婦人」と言われ、きょろきょろと首を動かした土方だったが、それらしき女性はいない。
ふと視線をさげると、背丈が彼の胸にも達さない子供が、イチゴ牛乳を飲みながら栗子の敵意の眼差しを受け止めている。
栗子の目には、神楽がきちんと「ご婦人」に見えているらしい。

「おい、あの女、追っ払いたいアルか?」
ひそひそと囁く神楽に、土方は小さく頷いた。
「・・・まあな」
「酢昆布一年分で、私が解決するネ。どうヨ?」
「・・・・・」
万事屋との接触を避けたくとも、瀬に腹はかえられない。
神楽の問いかけに無言の返事をすれば、契約は成立だった。

 

「そこの女、私達はもう夫婦の契りを交わした関係ネ!!部外者はあっちに行くアル!」
突然、土方に抱きついた神楽が声高に叫ぶと、栗子は大きな瞳を見開いて驚く。
「お、おい・・・」
「しっ、向こうはひるんだネ!!あと、もう一押しヨ」
先ほどと同じように、神楽はぼそぼそと彼にしか聞こえない声で耳打ちした。
「お前もきちんと演技するネ」
「・・・・」
自分がロリコンだと思われることは非常に心外だが、栗子は恋人が脱糞してもかまわず恋い慕うことが出来たつわものだ。
これくらいパンチの効いた嘘でないと、諦めてもらえないことだろう。
腹を決めた土方は自分にひっつく神楽の小さな背中に手を回す。

「・・・す、すまない。こいつとは、もう・・・・離れられない間柄なんだ」
「ロリコン」の文字が頭をよぎり、栗子を見つめる土方は震える声を出したが、それがかえって切なげに聞こえたらしい。
「マヨラ13様・・・・」
大抵のことには動じない栗子も、ロリコンが相手では歯が立たないと思ったのか、がっくりと項垂れる。
「分かりましたでございまする・・・」
彼女の眦に光るものを見た土方はさすがに申し訳ないと思うが、ここで滅多なことを言えば元の木阿弥だ。
「お幸せに」と呟くと、栗子は夕日をバックに実家へと続く道を帰っていく。
彼女に未練はなくとも、一つの恋が終わったあとには、妙に侘しい感覚だけが残っていた。

 

「・・・・で、お前はいつまでそうしているんだ」
「酢昆布」
「お前の家におくりゃーいいんだろ!分かったから離れろ」
土方は神楽の体を離そうと躍起になるが、彼女は蛭のようにくっついている。
「もう、離れられないって言ったアル」
「お前が演技しろって言ったんだろーが。あれは口からでまかせ・・・・・・」
神楽の頭を押さえていた土方は、最後まで言葉を続けられずに前方を見据える。
一番顔を見たくない人間が、いつから居たのか、自動販売機の脇に立っていた。

 

 

 

仕事で遠方へと出かけた近藤が夕食の時間を過ぎて屯所に戻ると、座に見慣れぬ人物が混じっている。
しかも、彼女は物凄いスピードで膳の上の料理を平らげていた。
女人禁制のはずの屯所に、何故子供がいるのかと近藤は首を傾げる。
「この子は万事屋の・・・」
「今日からここに厄介になるアル。よろしくネ、ゴリラ」
顔をあげた神楽は、頬に米粒を付けたまま明るく微笑んで見せた。
「えっ!?おいトシ、どういうことだ」
彼女の隣にいる土方へと視線を移すと、彼はなぜか暗い表情で俯いている。
代わりに答えたのは、幹部の集まる席で食事をしていた沖田だ。

「チャイナは、土方さんの嫁としてここに来たんでさァ」
「ば、馬鹿!!俺は・・・・」
「もう離れないって言われたアル!嘘をついて女心をもてあそんだアルか!!」
「俺もこの耳でしっかりと聞きやしたぜ。これ、証拠のテープ」
いつのまに準備したのか、あのときの芝居がかった二人の会話を録音していたテープをちらつかせる沖田に、土方は歯噛みするしかない。
沖田は土方をいじめるためならば、何でもする男なのだ。

「トシ・・・お前、全く女遊びをしないと思ったらそういう趣味が・・・・・」
愕然と呟く近藤だったが、ひそひそと話す隊士達もおそらく似たようなことを話しているのだろう。
幼女愛好家と誤解されるならば、栗子を受け入れていた方がまだマシだった。

 

「おら!!子供の遊びに付き合うのはここまでだ、早く出て行け!!!」
ぶち切れた土方が首根っこを引っ張ってがなり立てると、神楽は彼の手を振り払って急にその場に泣き伏した。
「ひどいネ・・・・お腹の赤ちゃんはどうするつもりアルか」
「あ、赤ちゃんーーーー!!!!」
目を丸くした近藤の驚愕の叫びは、座敷中に響き渡る。
それに呼応したかのように、隊士達のざわつきも一段と大きくなった。

「トシ、こんな小さな子に何てハレンチなことを!武士の風上にもおけない奴だ」
「オイ、信じるなっての!!!!!」
「赤ん坊の名前はなんにしやしょーか」
しくしくと泣く神楽の背中をさする沖田は、いつになく優しく口調で声をかけている。
家出をした神楽はなんとしても食事と寝床を確保しようと必死だったのだが、巻き込まれた土方にすればたまったものではなかった。


あとがき??
神楽ちゃん、銀ちゃんのことが好きなら土方さんにも懐くはずだけれどなぁ。
ああ、ちなみに沖田くんは神楽ちゃんのこと好きなんですが、土方さんをおちゃくることがまず最優先のようです。
本当に結婚となれば、もっと邪魔しますよ。(笑)
こんなものを書いてしまいましたが、栗子×土方は大好物です。可愛いですよね、栗子ちゃん。
栗子ちゃんはマヨラ13=土方=真選組の副長、ということを知らないのかと思いますが、ここではばれているという設定で。
だって、近藤さんが小さい栗子ちゃんと会ってるなら、土方さんも少しは面識あるかと。


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