花曇りの午後


随分と骨のある男だった。
仲間の居場所をけして吐かず、拷問の末に男は死んだ。
攘夷志士の連絡係である彼は日がな一日公園でベンチに座っており、傍目には暇をもてあます食い詰め浪人といった風貌。
密告がなければ、誰も男に目を付けなかったはずだ。
立ち回りの末、男を捕縛した土方は直々に彼の取り調べを行った。
口を割らぬ男に業を煮やし、土方が彼を斬り殺したのだという噂が流れたが、それはなかなか的を射ている。
限界を超えた肉体的な苦痛のために男が死んだのは事実だ。
後味の悪い結末だったが、全ては江戸の治安を守るため、土方の心に後悔の念などあるはずもなかった。

 

 

 

「はっきりしねー天気だなぁ・・・」
市中見回りの最中、曇り空を見つめた土方は不機嫌そうに呟く。
いかにも怒っているようなしかめ面だったが、彼はこれが普通だ。
隊の規律に目を光らせ、仕事に打ち込むうちにこの表情がすっかり定着してしまったようだ。
元が整った顔立ちのせいか、相手を鋭く見据えたときの彼の眼差しには尋常ではない凄みがある。
付き合いの長い近藤は「トシの顔は鬼瓦のようだ」と軽口を叩くが、局長である近藤以外に、土方に対して気安く声をかけられる人間はいない。
いや、試衛館時代の仲間である沖田と、それからもう一人、彼女だけは例外だろうか。

視線の先、拷問の末に死んだ男が定位置としていたベンチに、傘をさした神楽が座っている。
土方の存在にはとうに気づいていたようで、ベンチの前で立ち止まると、首を傾けた神楽は不敵な笑みを浮かべていた。
「弱っちょろい奴ネ」
「あー?」
「怪我したって聞いたネ。もう平気アルか?」
「・・・・」
おそらく、彼女と親しくしている山崎か、喧嘩友達である沖田から話が漏れたのだろう。
舌打ちしたのでは、神楽の言葉を肯定したのも同然だ。
彼女の顔からはいつしか笑みが消えていた。

 

「まだ痛い?」
不安げな様子で顔を覗き込まれ、体がくすぐったいような、むずがゆいような、妙な感覚になる。
神楽は苦手だ。
そばにいると、どんなに気を引き締めていても無意味になってしまう。
「もー、平気だよ」
乱暴に頭を撫でると、神楽はようやく口元を綻ばせる。
おそらく自分も同じような顔をしていると思ったが、一見して他に人目はないのだから、遠慮は無用だった。

「多串くん、弱いからこれやるネ。前に、酢昆布買ってもらったお礼」
ベンチから立ち上がった神楽が差し出したのは、歌舞伎神社の守り袋だ。
ベタなギャグのように、『安産』の文字が書かれている。
苦しまずに出産をするためのお守りが土方に関係があるとは思えなかったが、拒絶すればまた何を言われるか分からず、一応有り難く受け取っておくことにした。
「もう、怪我をしたら駄目アルヨ」
「・・・ああ」
土方が守り袋を懐に入れたのを確認し、神楽はホッとした様子で笑顔を作る。
「バイバイ」

 

 

神楽のさした朱色の傘が遠ざかっていくのを、土方は暫くの間目を細めて見つめていた。
仕事に忙殺され、神楽の顔を見たのは久しぶりだ。
いつもの巡回ルート、自分が来るのを彼女はずっと待っていたのだろうか。
短くなった煙草を靴でもみ消した土方は、背後に立つ二本の足に目を留めた。

「良かったー。チャイナさん、元気になったんですね」
「・・・・いつからいたんだよ」
「ずっといましたよ。副長が公園に入っていくのが見えたので」
にこにこと笑って答えた山崎の頭を、土方は素早く拳骨で叩いた。
気配を殺すのが上手い長所はさすが監察といったところだが、それを自分に対して使われると面白くない。
何故怒られたのか分からず泣きそうな顔で頭を抱える山崎に、土方はふてくされた声音で訊ねた。
「元気って、何のことだよ」
「あれ、知らなかったんですか?この前ここで捕まえて死んだ浪人、チャイナさんのお友達だったんですよ」
「えっ」
驚いた風の土方に、山崎はいつも仕事の報告をするのと同じ口調で話し続ける。

「随分懐いていたみたいで、俺達に捕まったって知ってずっと落ち込んでいました。ミントンの相手もしてくれなくて、町を歩いていても俯いている感じで。でも、今日は笑っていたから、安心しましたよ」
「・・・・・」
明るく微笑した山崎を見て、土方は複雑な気持ちになる。
あの男が神楽の知り合いなどと、考えもしなかった。
知っていたところで、攘夷に係わっている者を追求をしないはずがない。
それでも、神楽が悲しむと分かっていたら、命を奪うほどの手荒な拷問が出来ただろうか・・・。

 

「・・・・情けねぇ」
額に手を置いた土方は、思わず苦笑する。
鬼と呼ばれる真選組副長が、らしくないことを考えた。
神楽が庇うのなら、誰であろうと殺せない。
あの男を死に追いやったのが自分だと知ったら、神楽がどんな顔をするか、想像するのも怖かった。

「少し、距離を置いた方がいいかもしれねーな」
「えっ」
「あんな小娘と馴れ合ってると思われたら、舐められるだろう。不逞浪士どもに」
真選組の隊士として、大切なものは近藤と、彼の作った組織だけでいいのだ。
目を瞬かせた山崎は、新たなタバコに火をつけようとする土方を見ながら、ぽつりと呟く。
「出来ますか、副長に」
「・・・・」
痛いところをつかれた土方は、いつものように彼の頭を小突く。

懐にある守り袋に手を当てながら、否定出来ないところが、なんとも苦しかった。


あとがき??
河村恵利先生の漫画が元ネタなんですよ。毛利元就の三男の話。好きなんですよ小早川隆景vv(話が脱線)
随分と昔に書いて途中でほったらかしにしていたものを、完成してみる。
うーん・・・・・、地味な話になった気がします。だから放ってあったのか。


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