CONDITION RED
武士になりたい若者達が集まって結成された真選組。
烏合の衆である彼らを統率し、組織として機能させているのは局長ではなく、副長の土方であることは周知の事実だ。
局中法度を作り彼が目を光らせているからこそ、近藤が日々外をふらついていても、結束は乱れない。
逆に、扇の要である土方を始末すれば、譲位活動を続けている者達には恐れるものは無くなる。
夜の見回りに出た土方が不逞浪士に狙われたのは、今月に入って三度目の出来事だった。
「あーあ。斬っちまったよ」
とっさのことで、手加減をする余裕のなかった土方は、事切れた遺体を前にしてため息をつく。
真選組のイメージを変えるためにキャンペーンまでしたというのに、また評判が悪くなる。
路地裏での斬りあいだったが、騒ぎに気づいた野次馬がすでに何人も集まってきているようだった。
「山崎ー、無事か」
「は、はい・・・・」
少し離れた場所で座り込む山崎は、護身用の銃を握り締め、震える声で返事をする。
もともと観察の仕事が主な彼は剣術の腕は今ひとつで、近頃は銃の収集を始めたようだった。
「・・・死んでんのか?」
彼の元まで歩いてきた土方は、転がっている浪人の体を足で踏みつける。
「いえ、これは体の大きな象にも効くという痺れ薬の入った弾丸ですから。ショックで気絶していますけど、すぐ目を覚ますと思いますよ」
「へー・・・」
得意げに話す山崎から銃を奪うと、土方はそれを懐に仕舞いこむ。
「没収だ」
「ええーー!!!」
「武士なら刀を持て。それが嫌なら、実弾を詰めて持ち歩くんだな」しゅんとする山崎を横目で見て、土方は銜えた煙草に火をつけた。
手が、微かに震えている。
人が殺したあとに、必ず出る症状だ。
あることをしないとこの震えはさらにひどくなり、発狂するほどの苦しみに苛まれることになる。
後の始末は山崎に任せ、立ち去ろうとした土方は、胸ポケットに入れた携帯電話の振動に眉をひそめた。
「・・・おう」
『副長ーー!!!は、早く屯所に戻ってきてください。た、大変なことに。わああーーー』
電話に出るとまず隊士の絶叫が聞こえ、あとは周りの雑音に声がかき消された。
何か、騒ぎが起きているらしい。
「何かっていうと、副長副長・・・・・俺は幼稚園の先生かよ」
舌打ちする土方は煙草の火を踏みつけて消し、小刻みに震える掌へと目を向ける。
もう暫くは大丈夫なはずだ。
屯所に様子を見に戻り、それから町に出てもまだ間に合うと思うよりは仕方がなかった。
「お前一人で多摩に帰るか、ああ!?」
「・・・・ご免でさァ」
土方の怒声を聞き流す沖田は、ぷいと顔を横に背けて反抗的な態度を崩さない。
彼が灯台を倒して火事を起こしたせいで、危うく屯所が全焼するところだったのだ。
発見が早かったために一部の小火で済んだが、局長の近藤が京都へ出張中に屯所が無くなったのでは、シャレにならない。
今回は故意ではなかったとはいえ、放火は問答無用で死刑と決まっているほど罪が重かった。
「一週間、座敷牢で謹慎」
鋭い眼差しで言う土方に珍しく口答えしなかったのは、少しは反省している証拠だろうか。
問題は彼と一緒に小火を起こした犯人への対処だ。
「お前の家、どうなってんだ。誰も電話に出ねーぞ」
「無駄ネ。銀ちゃんは近頃飲み歩いていて、帰ってこないアルヨ」
火事を消し止めようとした際に火傷を負ったらしく、神楽は腕に包帯を巻いている。
焦げた服も隊士の誰かから借りた浴衣に着替えていた。
相部屋が使い物にならなくなった隊士達がそこかしこで寝転がっているため、神楽は土方の私室で新聞紙を広げて読んでいる最中だ。
沖田と神楽が喧嘩をして建物を壊すのはいつものことで、今日のところは保護者に迎えに来てもらうと思ったのだが、どうやっても銀時に連絡がつかなかった。
「眼鏡の家は何で出ねーんだ」
「姉御は仕事に行ったアル。新八は9時には寝るお子様だから・・・・」
ふと顔を上げた神楽は、土方の顔を見るなり首を傾げる。「お前、顔色悪いネ。大丈夫アルか?」
「触るな」
額に脂汗を浮かせて座り込んだ土方は、心配そうに伸ばされた彼女の手を振り払った。
隊士達の手前、今まで気力で持たせていたのだがそろそろ限界のようだ。
とはいえ、男所帯の真選組に特効薬となる存在がいるはずがない。
「誰か人を呼ぶアル」
体を震わせる土方の様子は尋常ではなく、怪訝そうに見ていた神楽は戸口へと向かう。
すれ違う神楽を目の端に映した瞬間、土方は反射的に懐へと手を伸ばしていた。
「おい」
振り向くのと同時に肩に衝撃を受けた神楽は、足を滑らせてその場に転倒する。
何が起きたか分からず、ゆっくり顔を動かすと、肩に銃弾を受けた傷があった。
打ったのは目の前にいる土方だ。
本来ならば銃で一度や二度撃たれても平気で動き回る神楽だったが、このときは何故か立ち上がることが出来なかった。
象でも一撃で倒れるという山崎の言葉は真実だったらしい。
「そういや、お前も女だったよな、一応」
「・・・・・」
舌がもつれて上手く喋れず、神楽はただ彼の顔を睨み付けた。
「わりぃな。このままじゃ、頭が変になりそうなんだ。相手してもらうぜ」
神楽に跨る土方が襟元をはだけさせると、下着はつけておらず、年齢のわりに小振りな乳房があらわになる。
どちらかというと大きい方が好みのタイプだが、この際贅沢は言っていられない。
膨らみ始めたばかりの胸を乱暴につかまれ、神楽は引きつったような声を漏らした。
「こんなところにいる、お前が悪いんだ」
血の匂いを嗅いだあとは、女を抱かないと精神の安定を保てない。
誰か、人肌の温もりが近くにあって、ようやく眠りにつける。
狂気の世界から真っ当に生きる場所に戻る、儀式のようなものだった。
屯所のいる仲間には弱いところなど見せられるはずがなく、大抵は手ごろな女を町で買っている。
そして朝になれば全てを忘れて仕事に集中する毎日が始まるのだ。その日目覚めた土方が傍らを見ると、神楽の姿は消えていた。
枕元には彼女が腕に巻いていた包帯だけが残されており、薬の効果が切れたから家に帰ったのだろう。
敷布団に残る赤い染みを見つけたときは、一瞬昨夜の彼女の泣き顔が頭をよぎったが、罪悪感はすぐに消えた。
神楽はおそらく自分の醜聞を周りに言いふらしたりはしない。
次に会うときは、もう少し男に対して警戒心を持つようになっているはずだった。
「副長、万事屋のチャイナ娘、どこにも見当たらないですけど昨日のうちに帰したんですか?」
「ああ」
着替えて座敷に行く途中、山崎に会った土方は頷いて答える。
不逞浪士の襲撃に、屯所からの出火。
諸々の処理のため、徹夜で仕事をしていた山崎の目は真っ赤だった。
彼の顔を見ているうちに預かった銃のことを思い出した土方は、懐から出したそれを彼に差し出す。
「これは返しておく。さっさと処分するんだな」
「・・・・・あの、弾が一つ減っているみたいですけど」
目ざとくも銃の確認をした山崎は怪訝そうに土方を見た。
「気のせいだ」
あとがき??
元ネタは『死化粧師』ですね。
久しぶりに土神を書きたいと思ったら、何だか裏な話になってしまった。
土方さんがあまりに色っぽいせいか、土神はエロい雰囲気のSSを書きたくなるような。
続きがありそうですが、とくに考えていません。
あれば、タイトルは『CONDITION GREEN』でしょうか。