CONDITION GREEN


今日、屯所の警備を担当した隊士をあとで謹慎処分にしよう。
仕事を終えて戻った土方は、自分の私室で寝転がり、煎餅を食べる神楽を見て真剣にそう思った。
そもそも真選組の本拠地である屯所は隊士以外立ち入り禁止なのだ。
部外者で、さらに女が組織のNO.2の部屋でくつろいでいるなど、あり得ない。

「あ、遅かったアルな、十四郎」
顔を上げた神楽は、口に煎餅を頬張ったまま声を出す。
「・・・何で、名前を知ってるんだ」
「あいつが毎日わら人形を釘で打つときに、人形に『土方十四郎』って書いた紙と写真を貼っていたアル。だから、お前のことだと思ったネ」
「・・・・・」
神楽の言う「あいつ」の正体を察し、土方は頬を引きつらせる。
近頃体調が思わしくないのは、絶対に「あいつ」のせいだ。
それにしても、手酷い暴行を受けたというのに、またこの部屋にやってくる神楽の神経が分からない。

「また抱かれに来たのかよ」
「・・・・お前、女はみんな「俺に惚れてる」とか思ってるアルか?」
「違うのか」
煙草に火をつけた土方に真顔で聞き返され、神楽は返答する気も失せる。
「様子を見に来ただけネ。お前、昨日死にそうな顔してたアルから」
立ち上がった神楽は、彼の顔を下から覗き込んだ。
「今日は平気そうアルな」
ぺたぺたと彼の頬に触れ、神楽はにっこりと笑う。
普段ならば、自分に無礼な振る舞いをする者は手打ちにするところだが、このときは何故かそうした気にはならなかった。
近藤や沖田を始め、個性的な隊士達のために気苦労の耐えない土方が、逆に誰かに心配されるのは久しぶりだ。

 

「具合が悪いときは、ちゃんと人を呼んだ方がいいアルヨ」
「あれは精神的なものだ。誰かを呼んで治るもんでもない。それに、弱ったところを他人に見られてたまるか」
「・・・・・それが原因じゃないアルか?」
「ああ??」
「人間なら落ち込んだり、誰かに寄りかかったりしたくなるときは絶対にあるはずヨ。でも、十四郎はいつも人目を気にして虚勢を張っているから、弱気になったときにあんな風に体がおかしくなるネ」
「・・・・お前、急にまともなこと言うなよ」
思わず顔をしかめた土方だったが、それも一理あるように思える。
内でも外でも、常に緊張を強いる生活の中で、いつの間にか疲労が堪っていたということだろうか。

「疲れたときは、甘いものがいいって銀ちゃんが言ってたアル」
グーにした掌を目の前に出され、土方は怪訝そうにその中身を受け取る。
神楽が常備しているイチゴ味の飴玉だ。
そのまま踵を返して、窓枠に足をかけた神楽に土方は振り返って訊ねる。
「もう帰るのかよ」
「やっぱりお前も銀ちゃんと一緒で寂しがりやネ。そばにいて欲しいアルか」
からかうように笑う神楽は、ひょいと外へと飛び出した。
「十四郎が呼べばまたすぐに来るヨ」

 

 

 

呼ぶと言っても、万事屋に居候する身の神楽は当然携帯電話を持っておらず、連絡手段がない。
何を根拠に「すぐ来る」なのか、意味不明だった。
また、彼女を頼ることなどもう二度とないはずだ。

「こいつら、他にやることねーのか」
将軍に会いに登城した帰り道、今月四度目の襲撃を受けた土方はげんなりとした口調で呟く。
たまたま腕に覚えのある隊士達が同行していたから良かったが、腰抜けの山崎あたりが一緒ならば完全に命がなかった。
「副長、大丈夫ですか!!」
「副長!」
「・・・騒ぐなよ」
服はだいぶ汚れていたが、これは返り血だ。
二人、三人と倒れた浪人達の数を数えていった土方は、その中に知った顔を見つけた。
山崎が銃で撃って捕らえ、後々になって保釈金を払って外に出た男に間違いない。
大方、仲間を殺され、土方に恨みを募らせたこの者が先導して手練れの侍達を雇ったのだろう。
「・・・・だから斬っておけって言ったんだ」
眉を寄せた土方は、血の混じった唾を地面に吐き捨てた。
「副長、どちらへ?」
「帰る。あとはお前達で何とかしろ」

 

斬りつけられたときに出来た腕の傷が徐々に痛み出す。
だが、今はそれよりも違和感を生じ始めた体を静める方が先だ。
日は暮れているが色町まではまだ遠く、体だけの付き合いの馴染みの女を呼びだした方が早いだろうか。
内ポケットを探った土方は、携帯電話を取り出した際に足下に落ちた飴玉へと目を向けた。
「・・・・神楽」
透けるような白い肌が思い出されて、自然と呟きが漏れる。
嫌われて当然だというのに、土方の体調を気遣って様子を見に来たお人好しの少女だ。
逸らされることのない彼女の瞳は、許していた。
あの夜のことだけでなく、守るもののためとはいえ、仲間や敵の屍の上を歩き続けてきた彼の悔やむ気持ちを。
共有した時間など僅かだというのに、何故自分の望みが分かったのだろう。

「十四郎」
ふいに覚えのある声で呼びかけられ、土方は携帯電話を落としそうになった。
顔を上げると、道路脇にある24時間ストアの前に神楽が立っている。
「風呂釜が壊れたから、銭湯に行った帰りアルヨ」
洗面器を片手に土方のところまで歩いてきた神楽は、電灯の明かりでその姿を確認するなり眉をひそめた。
血の匂いが鼻をかすめ、また顔色が悪い。
「怪我・・・・」
最期まで言葉は続けられず、腕を引かれた神楽は土方に抱きすくめられる。
せっかく風呂に入ったというのに、また血の汚れが体についてしまった。
神楽が背中を軽く叩くと、不思議なことに震えは段々と治まっていく。
「また、誰かに暖めてもらいたくなったアルか」
「誰かじゃねーよ。お前だ」

 

 

「神楽ーー、何やってんだ。アイス食いたいって言ったのお前だろー・・・・あれ?」
24時間ストアから出てきた銀時は、電信柱の横にいる定春を見て首を傾げる。
周りを見回したが、神楽の気配はどこにもなかった。
「定春、神楽どこ行った?」
「ワウッ」
「・・・・・分かんねーよ」
不機嫌そうに言った銀時は、再び元来た道を振り返って眺めた。
電灯がチカチカと点滅し、あまり先まで見通せない。
「・・・先、帰ったのか?」


あとがき??
とくにコメントないですね。
可愛い女の子はお巡りさんに攫われました。


戻る