twinkle twinkle


同じ年頃の子供に接する機会は極端に少なかった。
エクソシストとしての素質を見出され、世界各国から強制的に集められた大量の幼い者達。
皆、過酷な実験の末に衰弱死するか、精神を病んで発狂するか。
死を間近に感じる毎日で、まともに成長できた子供など数える程度だ。
コムイがやってきてから彼らの待遇は格段に変化したが、悲劇の爪痕はあまりに大きかった。

 

「神田、待って」
自分に背を向けて歩く黒髪の少年を、リナリーは必死に追いかける。
リナリーにとっての、数少ない年の近い友達。
彼にはそう思われていないかもしれないが、そんなことはリナリーにとって問題ではない。
神田はリナリーにとって憧れの象徴だ。
困難にぶつかると泣いて震えることしかできないリナリーとは違い、神田はいつ、誰に対しても臆することなく堂々としている。
彼のように強くありたい。
その願いはリナリーの身の回りにも変化をもたらしていた。
長い髪を神田と同じように一つに結い、男の子のような服装をして、食べる物も蕎麦中心だ。
リナリーを見かけると神田は顔をしかめたが、彼女にはその理由が分からず、毎日のように追い掛け回す。
そして、堪忍袋の緒を切らせた神田に、ある日はっきりと言われてしまったのだ。

 

 

「俺は男みたいな格好をしている女は嫌いだ」
目と口を大きく開けて自分を見るリナリーに、神田は追い討ちをかけるように続ける。
「服や髪を真似されるのも不愉快だ、やめろ」
睨むようにして見つめられ、リナリーは身体を竦ませた。
そして、大きな瞳にはみるみるうちに涙が滲み始める。
神田が舌打ちする音が聞こえたが、こらえることはできなかった。

「それと、すぐに泣く弱い女は一番嫌いだ」
くるりと身を反転させた神田に、リナリーは必死にしがみ付いた。
「じゃあ・・・じゃあ、もう泣かない。強くなったら私と仲良くしてくれる?」
「・・・かもな」
素っ気無く言うと、神田は腕に絡んだリナリーの手を振り解いて去っていく。
彼の見つめる先は、リナリーには想像できないほど遠い。
何か、彼が重いものを背負って生きていることは幼いリナリーにも僅かだか感じ取ることができた。
いつか、彼に認められるほど強くなれたら、隣に立つことを許してもらえるだろうか。
目元に残った涙を袖で擦ると、リナリーは人の気配のなくなった廊下から駆け出した。

 

今から考えると、誰もが距離を置きたがる、無愛想の権化なような神田に憧れていたなど可笑しくてしかたがない。
だが、あの人を寄せ付けない独特な空気が子供の目には格好よく見えたのだ。
ズボンを脱いでスカートをはくようになると、コムイは大喜びで可愛らしい服を買い与えたが、そのきっかけが神田にあると知ったら彼は不満に思うかもしれない。
最愛の妹リナリーに近づく異性には、猫や犬といった動物にまで嫉妬する人物だ。

懐かしい夢から目覚めたリナリーは、くすりと忍び笑いをもらして目を開ける。
書庫に新しく入ったという文庫本を取りに来たのだが、椅子に座って中に目を通している間にうたた寝をしていたらしい。
短い時間だったらしく、幸いなことに手元の書物に折り目などはついていない。
そろそろリナリーがコーヒーを入れなければ兄がぐずりだす頃合だ。
何気なく短くなった髪に手をやったリナリーは、美しい黒髪を持つ神田の顔を思い出す。
互いに任務で遠出することが多くなったこともあるが、コムイの室長就任で周囲の人員が大幅に入れ替わり、笑顔になる機会が増えてすっかり忘れていた。
強くなりたいと最初に思ったのは、彼と共にありたいと願ったからだ。

 

 

 

「あれ?」
椅子から立ち上がったリナリーは、自分の背中にかけられていた上着に目を見張る。
振り返ると、扉の近くのテーブルに陣取っているのは、恐ろしいほどの仏頂面の神田だ。
つい今しがた見ていた幼い頃の彼と面影が重なり、リナリーは思わず顔が綻ばせる。
身長は随分と縦に伸び、体格も大人に近づいていたが、纏う空気は昔と少しも変わっていない。
「神田、いたんだ」
「本部にいるとはいえ無防備すぎるぞ」
「うん・・・ごめんね」
目的だった文庫本を片手に近づくと、リナリーは上着を神田に差し出した。
「これ、有難う」
リナリーが起きるまでの僅かな時間、護衛をしていれていた騎士は無言のままそれを受け取る。
無理に起こすことなく、自然と近くにいてくれた神田の優しさをリナリーは好ましいと思った。
幼い頃に彼を慕っていたのも、そうした温かさを感じていたからに違いない。

「髪がこんなで、また男の子みたいになっちゃった。神田に嫌われちゃうね」
「・・・何の話だ」
早々に立ち去ろうとしていた神田は、リナリーの言葉に振り返る。
「神田が言ったんだよ、男みたいな女は嫌いだって。あれ以来スカートをはくようにしたし、髪だってちゃんと手入れをするようになった」
「覚えてない」
訝しげに答える神田に、リナリーは少し寂しげな笑みを浮かべる。
相変わらず一方通行だ。
追いかけては逃げられ、一緒にいても心の距離は近づくことはない。
昔と同じ・・・。
「今のお前は男には見えないだろう」
黙り込んだリナリーに何を思ったのか、神田の掌が彼女の頭にのる。
その額に、いや、髪に掠めるようなキスをした神田は、目を丸くするリナリーを見て少し笑ったようだった。

 

「リナリー、室長が呼んでるさー」
どれぐらいぼんやりとしていたのか、その呼びかけにリナリーはびくりと肩を震わせた。
見ると神田はとっくに書庫から出て行ったらしく、扉を閉めたラビが怪訝そうにリナリーを見つめている。
「リナリー、大丈夫か?」
「え、な、何が」
「顔が赤い」
指摘されて、リナリーの頬はさらに赤くなった。

 

 

過去の記憶の中、リナリーは神田を追いかけて走っている。
幼い頃の2歳の年の差は大きく、健脚な彼の後姿は遠ざかってばかり。
だが、リナリーが転んで怪我をしたときは渋々といった様子で、必ず戻ってきた。
今も、失った髪を思って落ち込んでいると思ったから、慰めてくれたのだ。
好んで人当たりの悪い人間を装っている、偽善者の反対の偽悪者。
本当に彼は変わっていない。
変わったのは自分の気持ちの方なのだと、熱い頬に手をそえて、その想いを初めて自覚してしまった。


あとがき??
誰だよ、って感じでしょうか。最初で最後の
Dグレですよ。しかも神田×リナリーって。ありえない。
Dグレはラビリナ本命でアレリナ対抗。神田は眼中になかったです。
スザクを幸せにしたい(櫻井声繋がり)と思ったら神リナ書いていました。
近頃単行本を読んでいないので、本編の設定とか創作ですみません。
神田とリナリーっていつ頃から教団にいたんでしょうかね。ラビは2年くらい前でしたっけ??
チビ神田とチビリナリーがほわほわと仲良くしていたら個人的に嬉しいです。幼児カプ好き。


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