水色のスカート


ねこ娘がゲゲゲハウスを訪れたとき、鬼太郎は丁度昼寝から目覚めたところで、機嫌良く彼女を迎え入れた。
土産として渡された饅頭を卓袱台に置き、茶をすすった鬼太郎だったが、妙な違和感に首を傾げる。
隣りに座ったねこ娘と全く会話が続かないせいだ。
ねこ娘が特別お喋りというわけではないが、二人で居ると自然と鬼太郎が聞き手に回り、彼女が何かしら話題を提供することが多かった。
今は茶碗風呂に入る目玉の親父がたてる水音だけが家の中に響いている。

 

「ねこ娘?」
様子を窺うように視線を向けると、上目遣いのねこ娘がじっと鬼太郎の顔を見つめていた。
何か言いたげな表情なのだが、口には出さない。
自分なりに回答を導き出した鬼太郎は、身を乗り出してねこ娘の柔らかな唇に口づけたのだが、驚いた彼女に突き飛ばされてひっくり返りそうになった。
「な、何するのよ、突然ー!!」
「あれ・・・違った?」
顔を赤くして立ち上がったねこ娘を、鬼太郎は怪訝そうに見上げる。
いつものようにキスのおねだりなのかと思ったのだが、勘違いだったらしい。
だとしたら、本当の答えは何なのだろう。

「鬼太郎、ねこ娘は着物を新調したんじゃよ」
茶碗風呂に浸かって二人の成り行きを見守っていた目玉の親父が、苦笑しつつ助け船を出した。
ねこ娘のスカートは普段彼女の快活な性格を表すように真っ赤な色だが、今日は大人しい雰囲気の淡い水色だ。
「おばばに見立ててもらったのよ」
裾を軽く摘んだねこ娘は、少しばかり口を尖らせている。
一番に鬼太郎に見て貰いたくてこの家に直行したというのに、鬼太郎はただ「いらっしゃい」と声をかけただけだった。
似合うとも、似合わないとも言わない。
しびれを切らしたねこ娘は彼の前でわざとらしくスカートの裾をひらひらと揺らしてみたのだが、それでもまだ気づかないとはひどすぎる。
鬼太郎がねこ娘にまるで関心がないと証明しているようだ。

「ねえ、何か言うこと、ない?」
眉間に皺を寄せたねこ娘に問われ、鬼太郎は不思議そうに首を傾げる。
「・・・・別に」
その返答を耳にした瞬間、鋭い爪と牙が伸びかかったねこ娘だったが、ねずみ男と違い鬼太郎を本気で引っ掻くわけにもいかない。
震える掌を握りしめて怒りを静め、鬼太郎にあかんべいをしてゲゲゲハウスから逃げ出すのが精一杯だった。

 

「怒らせてしまったようじゃのう」
「どうしてでしょう?」
ねこ娘が手を付けなかった湯飲みへ目を向けた鬼太郎は、気落ちした様子で訊ねる。
「お前、新しい服をわざわざ見せに来たねこ娘を可愛いと思わんのか?」
「いつも可愛いと思っていますよ。どんな服を着ていてもねこ娘はねこ娘ですし、何も変わらないです」
「・・・・ふむ」
困惑する鬼太郎を見た目玉の親父は小さく唸り声をあげた。
一言「よく似合っている」と言えばねこ娘も満足すると思うのだが、鬼太郎にはまだそのあたりの乙女心が分からないらしい。
ともかく、仲違いしたまま別れてしまっては、お互い気まずい思いをするだけだ。
「まあ、今なら追いつけるじゃろう。家まで送ってあげなさい」
「はい、父さん」
父親の言葉に素直に従い、外に駆け出していく鬼太郎を見送った目玉の親父は、「やれやれ」と小さく呟きを漏らした。
親思いのいい息子に育ってくれたと思うが、少々融通が利かないのが玉に瑕だろうか。

 

 

 

 

「ねこ娘」
すでに肉眼での確認が難しいほど遠ざかりつつあったねこ娘の背中を、鬼太郎は走って追いかけた。
ゲタの音は聞こえているはずなのに、彼女はまるで無反応だ。
ねこ娘のすぐ後ろで立ち止まり、そのまま一定の距離をあけて鬼太郎も歩き始める。
「あの・・・ねこ娘、ごめん」
「もういいよ」
おずおずと謝罪する鬼太郎だったが、ねこ娘はあくまで素っ気ない。
何故怒ったのか分からない上に、もともと口が達者な方ではないため、何を言えばいいか分からなかった。
落ち着かない気持ちで視線を彷徨わせた鬼太郎は、ふと見上げた先に、雲一つ無い空が広がっていることに気づく。
前を行くねこ娘のスカートと全く同じ色合いだ。
「鬼太郎、水色好き?」
「・・・うん」
ねこ娘が後方を窺っていることも知らず、空を仰いだ鬼太郎は自然と顔を綻ばせる。
「綺麗だよね」

こんな日は一反もめんの背中に乗ってねこ娘と一緒に空中散歩をすればきっと爽快な気分だ。
そんなことを考えて歩いていたから、突然足を止めたねこ娘にぶつかりそうにり、鬼太郎はすんでのところで体を後退させた。
「うわっ、な、何!?」
「手、繋いで歩こう!」
明るく微笑んで振り向いたねこ娘に、先程までの怒りの色は微塵もない。
何が起こったのかよく理解できないが、鬼太郎にその申し出を断る理由もなかった。

 

 

「鬼太郎は水色が好きだったのね〜♪やっぱりこの色を選んで良かったわ。水色、水色」
「・・・・」
まるで貴重な宝物をプレゼントされたように、鬼太郎と手を繋いで歩くねこ娘は弾んだ声音で繰り返す。
何の拍子で怒り出すか分からないため、鬼太郎はあえて黙っていたが水色がとくに好きな色というわけではない。
ねこ娘が身につけていた色だから、つい好きだと答えただけだ。
怒ったと思えばすぐに笑顔になり、どれほど長く一緒にいても、ねこ娘の心だけはどうにも計りがたい鬼太郎だった。


あとがき??
初の鬼太郎
×猫娘SS。最初からとばしすぎだよ、自分!
親父の前でも普通にチューしとるんですが・・・。まあ、未来の嫁ですし。たぶん二人きりのときはもっと凄いんです。(?)
『水色のスカート』を聞いていて書きたくなった話。
スキマスイッチの中で二番目に好きな曲かも。個人的に鬼→猫ソング。
歌詞の「犬」のところを「猫」に変える必要がありますけど。(^_^;)
穏やかなメロディーで結構怖いこと言ってる歌詞が、私の鬼太郎イメージにぴったりなんですよ。
今回、鬼太郎視点だったので変な話になった気がします。ねこ娘視点だったら、もっと少女漫画っぽく・・・??


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