あなたの望み


いつものように妖怪退治のために人間界へとやってきた鬼太郎だったが、若い女性を人質に取られたためにひどく苦戦してしまった。
激戦の末に体の一部が散らばり、ひどい見てくれだ。
もちろん幽霊族の鬼太郎は多少の怪我で死ぬことは無いが、応援に駆けつけたねこ娘の助力がなければ危なかったかもしれない。
「もう大丈夫ですよ」
妖怪を封じたツボを抱えた鬼太郎は、座り込んだままの女性に手を差し伸べる。
そして、弾かれた掌に、鬼太郎は目を見開いた。
「ば、化け物・・・・・」
恐怖に怯えた眼差しの女性は、薄暗い電灯の明かりでもはっきりと分かるほど震えている。
混乱する彼女には自分を襲った妖怪と鬼太郎の区別は付かないようだ。
ただの人間である彼女の常識では、手足がもげてもぴんぴんとしている存在などありえない。

「あの・・・・」
「いやーー、近寄らないで!!!」
悲鳴を上げた彼女は地面を這いずって立ち上がると、覚束ない足取りで鬼太郎の前から逃げ去っていった。
呆然と立ち尽くす鬼太郎は、夜の闇に消えていく女性の後ろ姿を無言のまま見送る。
鬼太郎の外見は傍目には人間の子供となんら変らない。
だからこそ、妖怪に立ち向かったときの圧倒的な力を目にした人間はそのギャップに驚くのだろう。
彼女に差し伸べたまま、行き場のなくなった掌を、鬼太郎はじっと見つめる。
こうしたことは何度もあったのだから、今更落ち込むような出来事ではない。

 

人間と妖怪の共存のためにいくら頑張っても、人間の目から見れば「化け物」と同じ扱いなのだ。
素直に感謝してくれる人間もいるが、頑なに妖怪を受け付けない人間もいた。
そんなとき、鬼太郎はどうしようもなくむなしい気持ちになる。
自分達の戦いに意味などあるのだろうか。
この身を呈して戦っても、拒絶されるだけなのだとしたら・・・・。

 

 

 

「鬼太郎―――!!」
明るい声音に反応して振り返ると、目玉の親父を肩に乗せたねこ娘が笑顔で駆け寄ってくる。
「ほら、指が二本、あっちに転がっていたよ。無くしたらまた生えてくるまで時間がかかるでしょう」
「・・・・うん」
先ほどの鬼太郎と女性のやり取りを見ていなかったのか、ねこ娘は満面の笑みを浮かべていた。
ねこ娘は平気だ。
どんな死闘を繰り広げても、こうして千切れた指を直に触っても、臆することなく鬼太郎を受け入れる。
ささくれてしまった心が、少しばかり癒えたような気がして、鬼太郎は微かに頬を緩ませた。

「あの人は?」
きょろきょろと首を動かすねこ娘に、鬼太郎は自分の指をくっつけながら答える。
「帰ってもらったよ。夜も遅いし、家族が心配して待っているそうだから」
「そう」
「じゃあ、わしらも帰るとするかの」
「はい、父さん」
いとしい人達に向き直ると、鬼太郎は心からの笑顔で頷いてみせた。

 

「鬼太郎?」
歩き出した矢先、自分の掌を握ってきた鬼太郎にねこ娘は怪訝そうな声を出す。
「嫌?」
「そんなことないよ」
慌てて首を振ったねこ娘は、鬼太郎の掌を握り返した。
ただ、鬼太郎から手を繋ごうとするのは珍しいと思っただけだ。
「ねこ娘は、人間と妖怪が本当に共存できると思う?」
下駄の音を鳴らして歩きながら、鬼太郎は何気ない風に訊ねる。
誰かの意見に左右されるようなことでもないが、どうしても彼女に聞いておきたかった。
「んー、難しいことはよく分からないけど・・・・同じ妖怪が人間に迷惑をかけていると嫌だと思うし、許せない。みんなで仲良くするのが一番だと思うわよ」
にっこりと笑って答えたねこ娘に、鬼太郎も同じように笑顔を返す。
「うん、そうだよね」

なんでもない答えのはずなのに、ホッとした。
彼女が、こうして手を伸ばせば届く距離にいてくれる限りは、どんなにくじけそうになっても頑張れるような気がする。
「どうかしたの、鬼太郎?」
鬼太郎の心の奥底に眠ったばかりの暗い影も知らず、ねこ娘は屈託なく訊ねる。
その存在のどれほど救われているか、いくら言葉を尽くそうとも、彼女に伝わるはずもなかった。


あとがき??
やっぱり、妖怪と人間で、受け入れられるものとそうでない境界はどうしてもあると思います。
育った環境も違いますし。
鬼太郎SSはあと、運動会のキタネコと、キタネコ前提のネズネコを書きたいなぁと、少し思っていたり・・・。予定は未定。


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