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「今から、私と鬼太郎は敵同士よ」
「・・・・ねこ娘」
鬼太郎は切なげな眼差しをねこ娘に向けたが、彼女の意思は固い。
ねこ娘のいる方に足を踏み出すと、彼女が後ろに下がったためによけいに距離が広がってしまった。
「私の半径1メートル以内に近づかないで」
「何もそこまでしなくても。今まで仲良くやってきたじゃないか」
「さようなら」
取り付く島もなく、踵を返したねこ娘はゲゲゲハウスから出ていってしまう。
驚いたのは、昼寝をしていたために二人の会話の前後を聞いていなかった目玉の親父だ。「何事じゃ、鬼太郎?」
「父さん」
呆然と立ちつくしていた鬼太郎は、振り返ると困ったような表情で頭をかいた。
「この間、回覧板が来たでしょう。今日は妖怪運動会の日なんですよ」
「・・・・ああ、そうじゃったか」
腕組みをした目玉の親父は、目線を上にして考え始める。
だからといって、何故二人が先程のような言い争いをしていたのかが分からない。
気落ちした様子の息子を見ていられず、目玉の親父は原因を探るためにも鬼太郎から話を聞き出していった。
妖怪達の運動会は人間達が開催するものと同様に、年に一度紅白に分かれて銘々能力を競い合うイベントだ。
今年は鬼太郎が白組、ねこ娘が紅組と、別々のチームに所属している。
本来ならば誰が一番になろうとも気にせずただ楽しむだけの運動会だったが、今回は趣向が変えられたらしい。
妖怪達から融資を募り、勝った方のチームの最優秀選手に世界一周旅行のペアチケットがプレゼントされる。
各国の恐怖スポットを巡るもので、妖怪として生まれたからには一度は行ってみたい場所ばかりだ。
「ふーむ、ねこ娘はそのチケットが欲しくてあんなことを言い出したのか」
「ねこ娘が世界旅行に興味があったなんて、知りませんでした・・・」
日が暮れるのと同時に妖怪達が墓場に集まり始め、運動会は開始されたが、興奮した面持ちなのはねこ娘だけではなかった。
長く生きた老齢の妖怪以外は、ねずみ男を筆頭に目の色を変えて競技に挑む者が殆どだ。
勢い込むあまり怪我人も例年より多く、想像以上にヒートアップしているようだった。
「たまには、がむしゃらに頑張る皆の姿を見るのもいいかもしれないのう・・・」
「何を言っておる。おかげでこっちは大忙しじゃよ!」
すり傷を作って列を作る妖怪達を薬草で治療する砂かけ婆は、顔をしかめて子なき爺に訴える。
運動会の運営を担当する妖怪はその年によって代わるが、今年は砂かけ婆が総指揮を執っていた。
そろそろ次の競技の準備をしないといけないというのに、患者はまだまだ大勢いて身動きが取れない。「ねずみ男、まだか!」
「へいへい、ただいまー」
おはぎの早食い競争で不正が発覚したねずみ男は、砂かけ婆に捕まり諸々の雑用を手伝わされていた。
彼が机に向かって必死に書いているのは、借り物競走に使う指示書だ。
「完成だぜー」
「よし、早く一反もめんに預けて最期の出し物を始めるぞ!」二時間の激戦の末、紅組と白組の成績は拮抗しており、勝敗は借り物競走の結果で決まることになっていた。
出場者に一人である鬼太郎は、紅組の応援席にいるねこ娘をちらりと見やる。
弁当を食べる休み時間ですら彼女は鬼太郎の周りに寄りつかず、彼にすればこんな運動会は全く面白くない。
だが、それも運動会が終了するまでの我慢だ。
「位置についてー」
皆が一斉に身構えると、紙風船を割る音を合図に競技が始まった。
借り物競走は指示書に書かれたものを持っていち早くゴールにたどり着いた者が勝者だ。
あまり乗り気でなくとも下駄に引きずられて走る鬼太郎は一番に指示書の紙を手に取った。
「・・・・どうしたんじゃ?」
受付のテーブルの上で鬼太郎を見つめていた目玉の親父は、怪訝そうに呟く。
借り物競走に参加した者全員の動きが、指示書を見た瞬間完全に止まっていた。
一列に並んで紙を眺めている彼らの様子に、応援席にいる妖怪達もざわざわと騒ぎ出す。
普通ならば、借り物競走で取ってくるように指示されるものは、ボールや鉢巻きやバトンなど、その場で安易に手に入れられる物だ。
だが、嫌々仕事の手伝いをさせられたねずみ男が、素直にそうした物を書くはずがなかった。「こ、こ、これは・・・」
子なき爺は『女物のパンティー』と書かれた紙を見ながら手を震わせている。
彼の一番身近にいて頼み事が出来そうな女妖怪は砂かけ婆だが、よこせと言っても殴られるに決まっていた。
第一、彼女が愛用しているのはパンティーというより、腰巻きの可能性が強い。
子なき爺の隣りにいる妖怪達の紙に書かれていたのもどれも似たようなもので、『閻魔大王のカツラ』『蓬莱の玉の枝』等、簡単には持ってこられないものばかりだ。
そんな中、ぼんやりと紙を眺めていた鬼太郎は、くるりと体を反転させて紅組の応援席に向かって駆け出した。
「ねこ娘ー」
「鬼太郎?」
真っ直ぐにねこ娘のいる場所へ走った鬼太郎は、首を傾げている彼女の手首を引っぱった。
「一緒に来てくれ」
「えっ、う、うん」
近寄らないと約束したことをうっかり忘れ、鬼太郎と手を繋いで走り出したねこ娘はそのまま彼と一緒にゴールする。
ゴールで指示書の紙を鬼太郎から受け取った砂かけ婆は、ねこ娘の顔を眺めると、「ま、いいじゃろう」と頷いて見せた。
指示書にあったものを鬼太郎が持ってきたことが認められ、白組の勝利に沸く会場で呆然としたのはねこ娘だ。
最期の最期で白組の勝利に加担してしまうとは、油断していた。
心を鬼にして鬼太郎と決別したというのに、苦労が水の泡だ。「もおー、鬼太郎が「来い」なんて言うからーー!!」
「・・・ごめん」
上目遣いに謝られれば、ねこ娘もそれ以上強く言うことは出来ない。
そもそも彼女が世界旅行のチケットを欲しがったのは、近頃忙しい鬼太郎をのんびりとした旅に連れて行きたかったからだ。
すでに勝敗が喫したというのに、関係がこじれてしまっては元も子もなかった。
「そういえば、借り物競走、鬼太郎の紙には何て書いてあったの?」
「ああ、これね」
気まずい雰囲気を誤魔化すように訊くと、鬼太郎は握りしめたままだった紙をねこ娘に手渡す。『とびきりの美少女』
書かれていた文字に、ねこ娘は顔からこぼれ落ちそうなほど目を見開いた。
「こ、こ、これ、私と違うじゃないのよ!」
「何で?」
きょとんとして自分を見つめる鬼太郎に、ねこ娘の頬は真っ赤に染まった。
ふざけたりからかったりしているわけでなく、鬼太郎が大真面目なだけに、よけいに気恥ずかしい。
チケットは手に入らなかったが、ねこ娘にすればそれ以上の景品を手に入れてしまったような心境だった。
「で、白組の最優秀選手って誰に決まったんだよ」
ラブラブな様子の鬼太郎とねこ娘をつまらなそうに眺めるねずみ男は、傍らに立つ砂かけ婆に訊ねる。
「ぬりかべじゃ」
「ぬりかべーー!!?」
目を見開いたねずみ男は素っ頓狂な声をあげた。
「何であいつなんだよ。図体でかいし、ただぼーーっとしてただけだろ」
「運営委員全員の投票の結果じゃ。走り幅跳びで去年より1センチ記録を伸ばして、34センチになったところに皆が感動したらしい」
「・・・・・選考基準がよく分かんねーよ」
あとがき??
せ、設定を変えてしまって、すみません。のんびりほのぼのが妖怪運動会なのに・・・。
OPの運動会で鬼太郎とねこ娘の鉢巻きの色が違ったので、こんな話を想像しました。
借り物競走ネタは、あだち充の漫画にあったような。
タイトルの『most valuable player』はMVP(最優秀選手)のことです。