猫でごめん! 1


夜に活動し朝に眠るのが一般の妖怪の生活だが、近頃ねこ娘は早くに目覚めるのが習慣になっていた。
父親の好物である朝露を採るため、毎日早起きをしている鬼太郎に倣っているのかもしれない。
夜に訪ねても鬼太郎は寝ていることが多く、それならば昼に会いに行った方が長い時間一緒にいられる。
度々人間達から相談事をされる鬼太郎にすれば、父親の食事のことがなくとも、昼型の生活の方が何かと都合が良いのだろう。

 

「あれ?」
流し場の前に立ったねこ娘は、目をぱちくりと瞬かせて鏡に顔を近づけた。
そこに映る自分の姿はいつもと同じはずだが、何かが違う。
まじまじと観察し、ねこ娘はようやく違和感の原因に気が付いた。
「なにこれ・・・」
髪が昨日よりも伸びている。
昔からショートカットと頭のリボンがねこ娘のトレードマークだったのだが、どう見てもロングヘアだ。
何か変なものを食べた記憶もなく、何故こうしたことが起こったのか原因が全く分からない。
誰かに相談するためにも、枕元に畳んであった服を着替えようとしたねこ娘は自分のさらなる変化に困惑してしまった。
浴衣のときは何も感じなかったが、スカートを履こうにもファスナーがあがらない。

「ふ、太ったのかしら」
ダイエットなど今まで考えたこともなかったねこ娘は、衝撃のあまり声を震わせる。
つい力士のように体に肉の付いた自分の姿を想像してしまい、慌てて首を横に振った。
何しろ、たった一晩でこれほど変ってしまったのだ。
明日になれば自分がどうなってしまうのか、怖くて怖くてたまらなくなる。
暫くの間座り込んで呆然としていたねこ娘だが、こうしてじっとしていても事態が好転するはずもない。

意を決して立ち上がったねこ娘は、衣装箪笥の中から一番ゆったりとしている水玉のワンピースを身に着け、靴を履いて駆け出していく。
頼りになる砂かけ婆は、昨夜他の妖怪達と飲み会をしていたこともあり、今頃はぐっすりのはずだ。
そうなると、ねこ娘の身近にいて相談できそうな年長者といえば一人しかいなかった。

 

 

 

「鬼太郎――、親父さんはいる?」
簾を上げて家の中へと入ってきた少女を見るなり、鬼太郎はぽかんと口を開けたまま一切の動きを止めた。
見知らぬ少女が突然自分の名前を呼びながら飛び込んできたことに、心底驚いていたのだ。
妖気があるのだから同じ妖怪であることは分かる。
だが、これほどの美少女ならば一度会ったことがあれば忘れるはずがない。
「と、父さんなら、一反もめんと一緒に出かけていて・・・・・」
「えっ、いないんだ」
あからさまにがっかりとした様子の少女に、鬼太郎は思わず「すみません」と言いかける。
それよりも、気にかかるのは少女の正体だ。

「あの、どちら様ですか?」
「・・・・何言ってるのよ、鬼太郎」
怪訝そうに首を傾げた少女は、鬼太郎の顔を覗き込んでその瞳を見据える。
「私のこと忘れちゃったの?」
心臓が口から飛び出そうなほど胸を高鳴らせた鬼太郎だったが、そう言われてみると、確かに彼女の妖気を知っている気がした。
自分を気遣うような眼差しと、その声。
だいぶ容姿は変ったが、傍らにあるのが当たり前の、大切な少女のものと同じだ。
「・・・ねこ娘?」
「何だ、分かってるじゃないの」
胸をなでおろしたねこ娘は、満面の笑みを浮かべて後ろに体を引いた。
「変なこと言わないでよね」
「ごめん」

 

つい謝ったものの、分からなかったのも無理はなかった。
ねこ娘は「太った」と勘違いしていたが、彼女の変貌ぶりは「成長した」といった方が正しい。
いつもは10歳前後の外見だが、この日は10代半ばの少女のようだ。
艶やかな髪は背中まで伸び、顔の輪郭はシャープに、逆に体は丸みをおびて大人に近いものに変っていた。
紅をひかずとも赤い唇に瞳を奪われていた鬼太郎は、「鬼太郎?」という不安げな呼びかけでようやく我に返る。

「あの、何があったの?その、格好は・・・・・」
「ああ」
自分が何の目的でここにやってきたか思い出したねこ娘は、俯き加減で声を出す。
「私も分からなくて。朝起きたらこうなってたの。親父さんならどういうことか理由が分かるかと思って・・・・何かの病気なのかな」
そう言われても、父親ほどには妖怪の知識のない鬼太郎には何も答えられない。
困ったように自分を見ている鬼太郎に気づいたのか、ねこ娘は踵を返して簾に手をかける。
「私、一度帰るね。砂かけのおばばがもう起きてるかもしれないし」
「あ、ああ、うん」
妙にねこ娘を意識してしまい、落ち着かない気持ちだった鬼太郎は少しばかりホッとして頷いた。
「気をつけてね」

 

 

ねこ娘の気配が消えてすぐに、鬼太郎は親しいカラスを使いに出した。
家の掃除や壊れた屋根の修理等、やろうと思っていたことは沢山あったが、このままではねこ娘のことが気になって仕方がない。
せめて理由が分かれば、何らかの対処法を考えることも出来る。
家の周りをうろつきながら、空ばかりを見上げていた鬼太郎は、暫くして戻ってきたカラスが一反もめんや目玉の親父を伴っていたことに安堵の吐息を漏らした。

「父さん・・・」
「手紙は読んだぞ」
一反もめんから飛び降りた目玉の親父は、定位置である鬼太郎の肩へと見事に着地する。
そして、きょろきょろと周囲を窺いながら訊ねた。
「鬼太郎、ねこ娘を一人で帰したのか?」
「はい」
「それは・・・、ちとまずいことになるかもしれないのぅ」
表情を曇らせたと分かるその声音に、鬼太郎はハッとして肩を見やった。
「ど、どうしてですか?」
「猫妖怪として生まれた宿命じゃよ」


あとがき??
タイトルは永野あかね先生の漫画ですね。昔、好きだった。
第4部でねこ娘が大人の姿になる話があるらしいですが、まだ見てないんですよねぇ。


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