幼なじみ


「ねこ娘のことが好きだよ」
「うん。私も、鬼太郎大好き!」
鬼太郎が少々照れながら言うと、ねこ娘はきまって笑顔で応える。
昔から何度も繰り返された会話だったから、それ以上深く追求したことはなかった。
いずれ時が来れば、ねこ娘を嫁に迎えて幸せな家庭を築くのだと鬼太郎はずっと思っていたのだ。

 

 

 

「友達の鬼太郎よ」
その紹介の仕方に少しばかり引っかかりを感じた鬼太郎だが、顔はいつものように微笑を浮かべていた。
鬼太郎よりも頻繁に町を行き来しているねこ娘には人間の友達が多い。
この日も二人で歩いていたところ、子供達に囲まれたのだが彼らは皆ねこ娘と親しい間柄のようだ。
「こんにちはー」
「わー、あの有名な鬼太郎さんに会えるなんて、感激です!」
「鬼太郎さんって、ねこちゃんのいい人なの?」
中にはませた子供もいて、二人にとって実にデリケートな質問までしてきた。
内心どぎまぎとした鬼太郎だが、ねこ娘は意味が分からなかったのか、首を傾げている。

「・・・いい人?」
「恋人とか、旦那さんとか」
きょとんとした表情だったねこ娘は、その言葉に慌てて手を横に振る。
「そんなんじゃないよ、鬼太郎はただの友達
強調された「ただの友達」部分に、鬼太郎は笑顔のまま凍り付いた。
その場では何とか平静を装ったが、多少動きがぎくしゃくしていたかもしれない。
感情のままに、鬼太郎が倒れ込んだのは住処であるゲゲゲの森に到着し、ねこ娘と別れてからだ。

「き、鬼太郎ーー、どうした!?」
木の葉の布団までたどり着く気力すら無くなり、床に寝ころんだ鬼太郎に目玉の親父が驚いて声をかける。
「・・・・・胸が苦しくて」
体は健康そのものでも、心が痛い。
今まで、ありとあらゆる妖怪達と戦ってきた鬼太郎だったが、そのどんな攻撃よりも破壊力があったようだった。

 

 

それから数日後、ねこ娘が森で集めた木の実を持って鬼太郎の家を訪れると、親子は机に向かって何かをしている。
ねこ娘が話しかけても、返事は上の空だ。
一体、何をしているのかと後ろから鬼太郎の手元を覗き込むと、そこには年頃の少女達の写真が何枚も並んでいた。
「鬼太郎の見合い相手の写真じゃよ」
「えっ!」
目玉の親父が真剣な面持ちで言うと、ねこ娘は驚きに目を丸くする。
「でも、鬼太郎にはまだ早いんじゃあ・・・・」
「結婚しておかしい年でもない。人間でも昔は、13、4になれば元服して大人と認められたもんじゃ」
動揺するねこ娘の様子に、鬼太郎親子は視線を合わせて頷いた。
写真は適当に集めたもので、見合い話は真っ赤な嘘だ。
ねこ娘が鬼太郎のことを好きならば、何らかの反応があるはずだった。

「わしはこの、吸血鬼の一族の娘がいいと思ってるんじゃが」
「そ、そんな、駄目だよ、鬼太郎!!」
ねこ娘は必死な顔で目玉の親父から写真を奪い取る。
「ねこ娘・・・・」
やはり、子供達の前では気恥ずかしさからああした発言をしたものの、本音は違っていたのだろうか。
期待に目を輝かせた鬼太郎だったが、ねこ娘は机に重なった写真の中から一枚を抜き取った。
「吸血鬼には鬼太郎は何度も散々な目にあわされているじゃない。確かにその子は美人だけど、私はこっちの雪娘ちゃんの方が大人しい感じでいいと思うわ!」

力強く主張したねこ娘に、目玉の親父と鬼太郎は同時にずっこけそうになる。
「・・・あの、ねこ娘」
「ん?」
「僕がこの中の誰かと結婚しても、君は・・・・・」
「結婚式には招待してね」
天使のような微笑みと、悪魔のような言葉に、鬼太郎は再起不能に陥った。
ねこ娘が鼻歌を歌って家から出ていくと、鬼太郎は先日と同じように床に倒れ込む。
今度こそ、立ち直れない。
ねこ娘が鬼太郎を「好き」と言っていたのは、恋愛感情ではなく、単純に好きな食べ物や花といった物と同じ感覚だったのだろうか。
「き、鬼太郎ーー、しっかりしろ!」
「・・・・・旅に出ましょう、父さん。この傷を癒す湯治に」

 

 

 

長い間、両思いだと思っていた相手に振られた衝撃は、予想以上に深い傷となって鬼太郎を打ちのめしていた。
もはや、ねこ娘の顔を見るだけで辛い。
もともと放浪の旅を続けていた鬼太郎親子は、私物が少ないため旅支度も簡単だ。
これが最期になるかもしれないと思い、ゲゲゲの森を見渡せる丘に立った鬼太郎は、近づいてくる足音に振り向いた。
風にあおられて翻った赤いスカートに、今でもどきりとしてしまう。
彼女には内緒の旅立ちだったが、おそらく妖怪仲間の誰かが教えたのだ。

「見送りにきてくれたんだ」
「ううん」
走って追いかけてきたため、肩で息をするねこ娘は首を横に振った。
「私も一緒に行こうと思って」
「・・・・えっ!」
鬼太郎が驚きの声をあげると、ねこ娘は不安げに面を伏せる。
「駄目?」
「ど、どうしてさ」
「だって、私、鬼太郎とずっとずっと一緒にいたいんだもの。鬼太郎と・・・・離れたくない!」
「・・・・」

 

唖然とする鬼太郎は、正直、ねこ娘の中の基準が良く分からなかった。
他の女の子との結婚は良くて、離れるのは嫌。
どうやら自分の恋心にも気づけない幼さが彼女にはあったようだ。
潤んだ瞳を向けられてしまっては、鬼太郎に否の返事など出来るはずがない。

「うん、僕もねこ娘と離れたくないよ」
「・・・鬼太郎」
「一緒に行こう、ねこ娘」
鬼太郎がねこ娘の手を握って言うと、彼女は安堵の笑みを浮かべて頷いた。
そもそもこれは傷心旅行だったのでは、と突っ込みを入れたい目玉の親父だったが、見つめ合う二人は彼の存在など忘れているようだ。
取り敢えず、息子が幸せならば何も文句はない目玉の親父だった。


あとがき??
これから親父付きの新婚旅行に向かう二人ということで。
二人の外見年齢、16、7歳の設定なんですが、ねこ娘の精神年齢が5歳くらいになってしまった・・・。すみません。
実際、鬼太郎が他の女の子とイチャついていたらショックを受けていたと思いますよ。
原作やアニメは猫→鬼イメージが強いので、うちは逆。
三作目は鬼太郎と夢子ちゃんの間柄に焼き餅をやいたりしていましたよね。


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