星明かりの道


猫子には昔から他の人間の子供とは違った特徴があった。
薄暗い闇の中でも爛々と輝く瞳、身長の倍以上ある塀の上に簡単に上がれる跳躍力。
それだけならば運動神経の良い少し変わった子供ですんだかもしれないが、鼠や鰹節を見ると異常に興奮し牙と爪が表れる。
親を悪い妖怪に殺された猫子は親戚の家に預けられ、暫くの間は面倒を見てみもらっていたが、飢饉のあった年にあっさりと捨てられた。
幼い猫子はゴミ箱をあさって食べる物を確保したが、一日歩き回っても収穫はカビの生えた餅が一欠けらだけということもある生活だ。
猫子が木の実や魚を求めて森に入ったとき、餓死寸前だった彼女を救ったのは、両親の仇であるはずの妖怪達だった。

 

 

「何やってるの?」
「お札作り」
手土産の川魚を持って鬼太郎の家を訪れると、彼は机に向かって熱心に筆を走らせていた。
床に並んでいるのは、猫子の読めない妖怪文字が書かれた紙切れだ。
札を五枚書き終えたところで、鬼太郎は筆を置いて一息ついた。
「村のお婆さんに頼まれたんだよ。明日から息子さん一家が長い旅に出るらしくて、山を越える道中、熊や狼に襲われないようお守りの札を作って欲しいって」
「ふーん。これって、そんな力があるの?」
「僕の妖気が込めてあるからね。利口な獣ならむやみに近づいたりしないよ」
自分の後ろにちょこんと正座して座る猫子を見た鬼太郎は、力のない笑みを浮かべて答える。
はたからはただ文字を書いているだけに見えるが、妖力を使った分、幾分疲れが出ているのかもしれない。

「・・・お婆さんって、3丁目の角の家の人でしょう。この前、お菓子をくれた」
「ああ」
「私が届けてきてあげる!」
明日から旅に出るなら、今日中に届ける必要があるはずだ。
今までも鬼太郎にくっついて老婆の家に行ったことがあるため、場所は記憶していた。
「えっ、でも・・・・」
「鬼太郎と目玉の親父さんにはいつも世話になってるし、私の足ならすぐ行って帰ってこられるもの。まかせてよ」
猫子がにっこりと笑って言うと、茶碗風呂に入っていた目玉の親父が会話に加わる。
「悪いなぁ、猫子・・・。魚も持ってきてくれたというのに」
「ううん、気にしないで」
首を振った猫子は、床に置かれた札を一枚手に取った。
何らかの波動は感じられたが、邪悪な心を持たない猫子には何の害も与えない。
「じゃあ、帰りにまたこの家に寄ってよ。美味しい夕御飯を作って待ってるから、三人で食べよう」
「うん!」

 

 

 

妖怪の中には、猫子の両親を殺したような者がいると思えば、人間である猫子を受け入れて助ける者もいる。
そして、人間にも幼い猫子を捨てる者や、彼女の境遇を哀れんで親切にしてくれる者がいた。
3丁目に住んでいるのは後者の人間で、妖怪にも理解のある老婆だ。
数年前、妖怪退治を引き受けたことが縁で鬼太郎と知り合ったらしいが、猫子にも何かと目を掛けてくれている。

 

「わざわざ遠くまで有り難うね。これで安心だよ」
「どういたしまして」
座敷に通された猫子は、出された菓子を頬張りながら嬉しそうに笑った。
少しばかり話し込んだあと、余った菓子を包んでもらった猫子は、身支度を整えて立ち上がる。
「じゃあ、私はこれで」
「あっ、ちょっと待って、猫子ちゃん」
何かを思いだしたらしく、猫子を呼び止めた老婆は、奥の部屋から花の形の髪留めを持ってきた。
「これ、孫とおそろいで買ったのよ。良かったら、猫子ちゃんにどうかと思って」
「私に!?」
着た切り雀の猫子は身だしなみにさして注意を払っておらず、装飾具など一つも持っていない。
老婆の気持ちは嬉しかったが、自分にそうした物が似合うとも思えなかった。

「でも・・・、私、髪ぼさぼさだし、似合わないよ」
「大丈夫よ、櫛でとかしてあげるから。ほら、ここに座って」
「・・・・うん」
促されて渋々老婆の前で座った猫子は黄楊の櫛で髪を撫でつけられ、くすぐったいような、恥ずかしいような、不思議な気持ちになる。
髪は昨日体と一緒に川で簡単に洗ったため、それほど汚くはないはずだ。
緊張気味に後ろを見た猫子は、以前老婆に聞いた話を思い出しながら訊ねる。
「お孫さんって、確か私と同じ年だった女の子?」
「そうよ。今年で16になるわ」
「ふーん・・・」

 

猫子は会ったことがなかったが、棚の上に飾られた年頃の少女の写真がおそらく老婆の孫なのだろう。
同じ年齢の子供達が段々と大人に近づいていくのに対して、猫子は10才前後の見かけのままだ。
森で暮らし始めて暫くして、猫子は自分の体がほとんど成長していないことに気づいた。
猫に近い体質のせいかと思っていたのだが、猫子が見聞きした情報によると、これは妖怪達と長い時間接していることが原因のようだった。
妖怪の中には元は人間だった者も僅かだが存在している。
このままいけば、猫子も半妖ではなく、本当の妖怪になる日も近いのかもしれない。

「猫子ちゃん、森を出てこの村で暮らす気はない?」
「・・・・・・えっ」
全然別のことを考えていた猫子は、老婆の問いかけに、少しばかり間をあけて振り返る。
「あなたは本当は人間なんだもの。妖怪の住む森にいることはあなたのためにならないわ。実は三件隣の家の夫婦がお嬢さんを病気でなくしてね、同じ年頃の猫子ちゃんを引き取りたいって言ってるのよ」
何かの冗談にしては、老婆の声も表情も、真剣そのものだった。
「突然でごめんなさいね。でも、今度猫子がこの家に来たとき言おうと、前々から思っていたのよ」
「・・・・はあ」
気の抜けた声を出す猫子は、老婆の言葉がなかなか頭に入っていかず、どう返答したらいいか迷っていた。
老婆は確かに好人物で、彼女の薦める家ならば滅多なことはないはずだ。
妖怪の仲間達に会う前だったら少しは考えたかもしれないが、今の猫子にとって、鬼太郎達と離れるなど全く考えられないことだった。

 

 

 

「ごめんなさい、おばあちゃん・・・」
とぼとぼと森へと向かう道を歩く猫子は、俯きながら呟く。
猫子が断ると、老婆は悲しげな顔をしたが引き留めるようなことは言わなかった。
彼女が心から自分を心配してくれていたことが分かるだけに、猫子は胸が締め付けられたように痛かった。
日が沈み、夜行性の動物達が動き出した危険な森に向かう者は、猫子の他に誰もいない。
空には星が瞬いていたが、猫の目を持つ猫子は石に蹴躓くこともなく、別段不自由は無かった。

「猫子ちゃん・・・」
ふいに聞こえた声に猫子が驚いて顔をあげると、森への入り口となる道に、鬼太郎がつるべ火を従えて佇んでいた。
小走りで近づいた猫子は、先程までの憂いの表情を消して満面の笑みを浮かべる。
「迎えに来てくれたの!?」
「少し、遅いみたいだったから。父さんも家で首を長くして待ってるよ」
差し出された鬼太郎の手に掴まると、氷のように冷たい。
幽霊族の鬼太郎はもともと体温が低いが、随分と長い時間この場所にいたのだろう。
天涯孤独の身の上である猫子は、誰かが自分を待っていてくれることが嬉しくてたまらず、老婆のことはすっかり頭から消えてしまった。

つるべ火の灯を持って歩く二人の前には夜の闇が広がり、時折獣の声や風が木々を揺らす音が不穏に響く。
それでも猫子に怖いという感覚がまるで無かった。
むしろ、光と人に溢れた繁華街の方がよほど恐ろしい。
そんな風に感じる自分は、すでに人の世界に戻るべき者ではないのだと、鬼太郎に手を引かれて歩きながらぼんやりと思う。

 

「鬼太郎さん」
「ん?」
「ずっとずっと、そばにいてね。私のこと、いらなくなっても捨てないでね」
寒空の下、親類の家を追い出された過去があるせいか、猫子は何度も繰り返し鬼太郎に問いかける。
その度に鬼太郎は同じように答えることになるのだが、彼にとってそれは少しも苦痛ではない。
「一緒にいるよ、これから先もずっと」
優しく微笑む鬼太郎の顔が、夜目がきく猫子にははっきりと見える。
ホッとした猫子は、鬼太郎の手を強く握り返した。
目玉の親父の待つ家の明かりが遠目に見え、彼らの存在が近くにあるのなら、猫子には他に欲しい物など何もなかった。


あとがき??
時代としては、昭和初期のイメージかなぁ。
原作の方だといろんなバージョンのねこ娘が登場するので、今回は猫子ちゃんです。
ざんばら髪で、男の子みたいですよね。
妖怪アパートに住んでいるし、彼女も妖怪だと思っていたんですが、人間と知ってガーーンとなったんですよ。
それで、こんな話を妄想してしまうのが、鬼猫好きーのさが・・・・。
妖怪は昼間より夜活動しているイメージなので、なんとなくこのタイトルにしました。妖怪の世界に続く道ですね。
元ネタは『チキタ☆GuGu』。
なんだか、鬼太郎バージョンも書きたくなってきたような。


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