道しるべ 1


「父さん、そろそろいいでしょうか」
「そうじゃな。反省しているようじゃし」
鬼太郎によって拘束されていたその妖怪は、蛇の手錠を解かれるとがっくりと膝を突いた。
作物を収穫する直前の畑を荒らし、川に人間を引きずり込むといった悪さをしたため、妖怪退治の依頼を受けた鬼太郎が少しばかり懲らしめたのだ。
「二度目はないからな。川で溺れた子供はまだ入院しているんだぞ」
「悪かったよ・・・・、もうしないって」
カワウソに似た姿を持つその妖怪は、しきりに頭を下げて鬼太郎に許しを請う。
聞けば人間に住む場所を追われ、恨みを持ったのが今回の騒動の発端らしい。
情状酌量をする余地があると判断した鬼太郎は、それ以上カワウソ妖怪を罰することはしなかった。
鬼太郎が目指す世界は妖怪と人間の共存であって、どちらかが虐げられる関係は望んではいない。
反省した妖怪を見逃がすことは、ままあることだ。

 

「あばよ」
踵を返したカワウソ妖怪は、捨て台詞を残して沼に飛び込んだ。
その気配が感じられなくなったあとも、カワウソ妖怪の消えていった水面を見つめ続ける鬼太郎に、目玉の親父は首を傾げる。
「どうした、鬼太郎?」
「いえ・・・・」
鬼太郎は頬を緩ませて応えたが、その瞳から不安の色は消えなかった。
最後に振り向いて自分を見たカワウソ妖怪の表情に、妙な引っかかりを感じたのだ。
ほんの一瞬だったが、殺意らしきものが浮かんでいたように思えた。

「なんでもないですよ、父さん」
曖昧に微笑んだ鬼太郎は、住処である森に向かって歩き出す。
もし、カワウソ妖怪が復讐を考えていたとしても、彼の妖力ではどうやっても鬼太郎には敵わない。
さして深刻に考える必要もないと判断した。
鬼太郎はすっきりしない気分のまま帰路に着いたが、その後鬼太郎への憎しみを人間へと転化させたカワウソ妖怪が、ある家族を惨殺するとは想像もしていなかった。
もちろん、残忍な事件を起こしたカワウソ妖怪は鬼太郎によってすぐに退治されたが、死んでしまった人間の一家は戻らない。
全ては今から5年も前の出来事だった。

 

 

 

「父さん、今、人の声がしませんでしたか?」
しゃがんで山菜を摘んでいた鬼太郎は、耳を澄ませて周囲に目を配った。
「はて、そうか?」
「・・・・こっちですね」
目玉の親父は分からなかったようだが、鬼太郎にははっきりとその気配を感じることができた。
妖怪のようで、少し違う。
警戒しつつもその方角へと向かった鬼太郎は、やがて木の根元に倒れこむ人影を見つける。
体の大きさから子供のようだったが、あまりに汚い身なりなため、抱き起こすまで性別すら定かではなかった。
「君、大丈夫?」
気を失っているのが同じ年頃の少女だと分かると、鬼太郎はすぐに態度を軟化させる。
誰に対しても平等に優しいように見える鬼太郎だったが、女性が相手だと、それなりに言動が変わってくるのだ。

「お・・・・」
鬼太郎の呼びかけに反応し、かすかに瞼を震わせた少女は、耳を近づけないと聞き取れないような声を漏らした。
「お?」
「お腹が、すいて・・・・・」
彼女の言葉を証明するように、腹の虫が大きく鳴る。
呆気にとられた鬼太郎は、少しの間をあけて、くすりと笑った。
何故このような場所で行き倒れているのかは不明だが、怪我や病気ではないのなら一安心だ。

 

少女を家に連れ帰り、朝食の残りの粥を差し出すと彼女はそれを一瞬で平らげた。
鬼太郎と目玉の親父の二人暮しなため、さして食糧の蓄えはなかったが、動けるようになる位には回復したらしい。
猫子と名乗る少女は、腹が満たされるなり、鬼太郎に対して丁寧に頭を下げた。
「有難う。もうこのまま死んじゃうかと思っちゃった・・・・」
「猫子ちゃん、家はどこなの?日が暮れてきたし、送っていくよ」
「ないわ」
茶の入った湯飲みを差し出した鬼太郎に、猫子はあっけらかんと答える。
「前は東の沼の近くにあった家に住んでいたけど、父ちゃんも母ちゃんも弟も妹も、みんな悪い妖怪に殺されちゃった。だから私はずっと一人なの」
明るく語った彼女の話も衝撃的だったが、それ以上に、鬼太郎は目の前が真っ暗になったかのような錯覚に陥る。

「東の、沼・・・・・」
「鬼太郎」
ちゃぶ台の茶碗風呂に入っていた目玉の親父が気遣うようにして鬼太郎を見つめ、猫子は不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「・・・・・」
「行くところがないなら、暫くここにいるといい。どうだね、猫子さん」
答えることのできない鬼太郎に代わって、目玉の親父が声をかけるとたちまち猫子の瞳が輝いた。
「え、本当に??」

無邪気に喜ぶ猫子の横で、鬼太郎は彼女の顔を正視できずに俯いていた。
東の沼の一家惨殺事件。
忘れるはずがない。
鬼太郎の甘さが引き起こした、最悪な出来事だ。
入院して家にいなかった子供が唯一生き残り、親戚の家に引き取られたと聞いていた。
そのときの子供が、今自分の隣で笑っている猫子に間違いなかった。


あとがき??
書こう書こうと思って、止まっていた
SSに再びチャレンジ。オリジナルにもほどがある。
猫子ちゃん視点だとほのぼの(?)なんですが、鬼太郎視点だととたんにダーク・・・。
やっぱり鬼太郎は裏の顔がないと。
原作の鬼太郎というか、妖怪全般は「死」に疎そうですけどね。すぐ復活できたりするからか。
猫子ちゃん、原作だとしっかり者で鬼太郎を助けたりしていますが、うちでは精神年齢低めです。


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