3月9日


活動する分野が異なろうとも、組織が拡大すればそれに比例して、内部に敵対する勢力のスパイが紛れ込む危険は大きくなるものだ。
組織内の繋がりやいざこざ、現在請け負っている仕事等、彼らの伝えてくる情報は所属するファミリーの今後を大きく左右する。
そして誰がどの組織にどういった目的で潜入しているかは、それこそ同じファミリーの一員であっても詳しく知る者は少ない。
ボスと一握りの幹部くらいだろう。
そして今、骸が手にしている物は世界各国に構成員として散っているボンゴレファミリーメンバーの顔や略歴を記した、第一級の機密文書だった。
身元がばれてしまえば、彼らは直ちに潜伏先で裏切り者として処分される。
ボンゴレにとって大きな痛手となるどころか、イタリア最大のマフィアの消滅の可能性も十分にあった。

「約束の物ですよ」
ディスクに入った資料と交換に、向かい合わせに立つ黒服の男が骸にアタッシュケースを手渡した。
その重みから、それなりの金額の札束が入っていると予想されるが、骸にとっては興味のないことだ。
怪しまれないために一応受け取っておくが、彼が本当に望む報酬はこんなものではない。
ボンゴレファミリーが消えればそれに付随して傘下の一万近い組織も共倒れになり、マフィア界は血で血を洗う戦国時代の幕開けとなるだろう。
不毛な殺し合いを続けて、全てのマフィアが壊滅してしまえばいい。
沢田綱吉やその配下の者達が死にゆく様を想像し、口端に笑みを浮かべた骸だったが、黒服の男は彼の真意が掴めずに怪訝な顔になる。
「本当にいいんだな」
「ええ。好き好んでボンゴレの仲間になったわけではありませんから」
そっけなく言うと、骸は踵を返した。
建設途中の建物からは作業を続ける重機の音が響き、黒服の男の仲間が監視する中、骸は一人で悠々とその場から立ち去った。
中には銃を携帯している者もいたが、彼らが束になってかかったとしても、骸ならば苦もなく蹴散らすことが出来るはずだ。

最初に骸から取引の話を持ちかけられたとき、黒服の男の組織はもちろん疑ってかかった。
仲間をそう簡単に売れるものなのか、どうか。
だが、先に骸から伝えられたボンゴレファミリーのボス、沢田綱吉の所在を知らせる情報は間違いなく本物で、隠れ家を奇襲した彼らは今一歩のところまで綱吉を追い詰めたのだ。
「次はもっと面白い話を聞かせてあげましょうか」
更なる交渉を続けようとする骸に、組織の者が頷いたのは当然の結果だった。
自分は動かずに、周りの者を使って目的を達成する。
骸が最も好む戦い方だ。
あとは彼らがどう動くか高みの見物をしていればいい。

 

 

 

外観は蔦が壁に絡まり廃墟となった洋館、だが、一歩入れば別世界のように最先端機器が並ぶ建物に沢田綱吉はいた。
袖をまくり、頭にタオルを巻くその姿にはファミリーのボスの威厳など全くない。
頼りなさげに笑う彼よりも、右腕とされる獄寺の方がまだ貫禄があるというものだ。
「・・・騒がしいですね」
「ああ、新しい隠れ家への引越しの真っ最中なんだ。この臨時の避難所にいつまでもいるわけにはいかないからね」
手伝いの者がばたばたと通り抜ける中、タンボール箱の一つを床に置いた綱吉は、軍手を取って骸に向き直る。
「さてっと。嫌な役目を押し付けてしまって、申し訳なかったね」
「本当ですね」
「偽のディスクは無事に彼らの手に渡った?」
「ええ」
骸の返答を聞いて、綱吉はにっこりと笑う。
「ご苦労様」

外国から流れ込んできた新興勢力が近頃何かと騒ぎを起こし、テリトリーを荒らされた傘下のファミリーに泣きつかれた綱吉は頭を悩ませていたのだ。
警察の絡んだ事件をそう何度も金の力でもみ消すわけにもいかない。
彼らの動きを封じる為に立てたのが今回の作戦だったが、骸のおかげで何とか丸く治めることができそうだった。
ほんの少しの真実と、多大な嘘の詰まったあの偽のディスクの情報を信じて動けば、いずれ周囲の信用を失い、この世界にとどまることは出来なくなる。
そのあたりは今回の作戦のために集められた別のチームが上手く動いてくれる手筈になっていた。

「マフィアの汚い金なんか受け取れません。どうぞご自由に」
黒服の男から渡されたアタッシュケースを無造作に放り投げると、骸は振り向くことなく扉の向こうへと消えていく。
愛想がないとは思うが、神出鬼没で、簡単に人を信じない骸とこれ以上親しくなることは綱吉も諦めていた。
「十代目」
心配そうに駆け寄ってきたのは、先ほどから二人のやりとりを睨むように見つめていた獄寺だ。
今回の任務は自分がやるといってきかなかったが、彼が綱吉を裏切る行動をとるとは誰も信じず、守護者の中で一番口が上手く、どこか影のある骸がやはり適任だったのだろう。
「本当に大丈夫なんですか。あんな奴を信用して」
「大丈夫だよ。俺達のことは相変わらず嫌いだろうけど、たぶん害をなす行動はしないから」
そうして綱吉に微笑まれれば、もう獄寺は何も言えなくなってしまう。
「・・・なんか、余裕ですね」
「まあね」
二人の間に自分の知らない絆のようなものが見えて、右腕を自称する獄寺としては、面白くない気持ちで顔を背ける。
だが、綱吉としても骸の考えが全て読めているわけではなく、ただ知っているだけなのだ。
彼が大切にしているものが何なのかを。

 

 

 

「骸様」
朝に別れたときと同様に、公園のベンチに座っていたクロームは骸の姿を見つけるなり駆け寄ってくる。
短い時間ではなかったはずだが、寒空の下、同じ場所で彼を待ち続けていたらしい。
「近くのカフェに入って待っていてもよかったんですよ」
「はい」
頬をなでると、クロームははにかむように笑う。
出合った頃と変わらない、邪気のない微笑みに骸の頬も自然と緩くなった。
「そのコートは今日初めて見ましたね。いつ買ったんですか」
「先週、ビアンキさん達が一緒に選んでくれたんです」
「とても似合っていますよ」
クロームには笑顔を返したが、骸の心中は複雑だった。
彼女の話によく出てくるビアンキや京子、ハルというのはボンゴレと親しくしている者の名前だ。
「ボンゴレが好きですか、クローム」
「はい」

骸の憂いも知らず、その問いかけにクロームは素直に頷く。
牢獄で動けずにいた10年の間に、クロームはすっかりボンゴレに懐柔されてしまった。
とくにボスである沢田綱吉には絶対の信頼をおいている。
ずっと手元に置いて育てていればこうしたことにはならなかったと、口惜しく思っても今更遅い。
そもそも、骸が牢に繋がれなければ出会うことのなかった二人だ。
もし今後骸が沢田綱吉を殺すことがあったら、クロームはどうするのか。
彼女の性格を考えると、おそらく恩人である骸にどこまでもついてくるだろう。
だが、骸に対してこうした朗らかな笑みを向けることは、永遠になくなる気がした。
「・・・・僕は馬鹿ですね」
「骸様?」
自嘲気味に呟いた骸に、クロームは首を傾ける。

マフィアは嫌いだ。
クロームがなついている沢田綱吉はもっと嫌いだ。
けれど、それ以上の思いでクロームのことを愛している。
クロームの笑顔一つのために、ボンゴレをつぶすことの出来る絶好の機会をふいにするほどに。
彼女の信頼を失うことが、その瞳が悲しみに曇ることが、何よりも怖い。
クロームに出会う前は、こんな自分は想像もしなかった。

 

「あそこで焼き栗を売っていましたよ。留守番をしている二人のお土産に買っていきましょう」
「はい」
無言になった骸を不安げに見つめていたクロームだが、彼が手を差し出すと、嬉しそうに掌を重ねてくる。
何があってもひたむきに自分を慕ってくる存在を、いつまでも「道具」として扱い続けるのは難しい。
彼女の幸せを願うならば、この手を放し、危険な世界とのかかわりを絶つことが一番だと承知している。
だが、そのときに果たして自分がこうして立っていられるかどうか、それが分からなかった。

「骸様、この公園は満開の桜が楽しめるそうです。春になったらまたここに来ませんか?」
「それは、いいですね」
「来年も、その次の年も、ずっとずっと骸様と桜を見たいです」
歩きながら上の空で返事をしていた骸は、足を止めて傍らのクロームを見やる。
骸の中の不安を見透かすように、クロームは穏やかな微笑を浮かべていた。
その笑顔からはただ純粋に、骸の隣りにいられることの喜びが伝わってくる。
「駄目ですか?」
「いいえ・・・・いいえ、クローム。あなたが、それを望むなら」
今、自分がどんな情けない顔をしているか、自覚のある骸だったが、クロームは何も言わず優しく掌を握り返しただけだった。


あとがき??
最初で最後の骸髑髏です。ツナの隣りに獄寺くんを配置したくなるのは、ツナ獄支持者だからか・・・。(マイナー)
恋愛ではなく、友情的な二人でね。
タイトルはレミオロメン。この曲が一番好きです。名曲。
初代霧の守護者が裏切り者だとか、骸様が本誌で救出されたとか、そんなこんなでこんな話を妄想しました。
骸様、別人ですみません!!!!(土下座)
クロームの方から逆プロポーズされちゃう、情けない骸様なのでした。


戻る