カノン 2


その日の帰り道、千秋は再びのだめと歩いていた男と遭遇した。
このときも彼は女性を連れていたが、それはのだめではない。
千秋の目で見る限り、のだめよりもずっとランクの高い美女。
親密な様子で腕を組む二人だが、『裏軒』の前までやってくると、彼はその女性と別れて店に入っていく。

何となしに耳と傾けていた千秋だったが、彼らが去り際に交わしていた会話は、どう聞いても恋人同士のものだ。
のだめの奇声が『裏軒』から聞こえていなければ、千秋がその店に入ることもなかったことだろう。

 

 

扉を開けると、店主である峰の父、そしてラーメンをすする峰の姿がまず目に入る。
「いらっしゃいー」
「おー、千秋。久しぶりだなぁ。お勉強はもういいのかー?」
親子の呼び掛けを無視した千秋は、ずかずかと店の奥へと足を踏み入れる。
向かい合わせの席で楽しげに話していたのだめと例の男は、近づいてきた足音に振り返った。
てっきり注文した物が来たのかと思ったのだが、そこにいたのは仏頂面をした千秋だ。
反射的に瞳を輝かせたのだめだったが、彼女の第一声を遮るように千秋がびしりと人差し指を突きつける。

「こいつは俺のことが好きなんだ!!遊びのつもりなら、よけいなちょっかいは出すな!」
怒りのこもった千秋の大音声に、のだめの向かいに座っている男だけでなく、店にいた全員がぽかんとした顔つきになった。
峰の手から離れた箸が音を立てて床に落ちたが、気にする者はいない。
「・・・・あ、あの、千秋先輩?」
「お前もお前だ!!」
おずおずと声を出したのだめを千秋は睨み付ける。
「お前が来ないせいでうちの冷蔵庫は余り物の山だ!!責任取れ、責任!全部食って豚になれ!」
「ギャボーーーー!!」
耳を掴んで怒鳴られたのだめは、さらに大きな悲鳴を上げた。

「帰るぞ!」
「の、のだめの麻婆が!!食べかけが!」
千秋に無理矢理首根っこを掴まれたのだめは、悲しげな声と共に店をあとにする。
静まりかえった店内で、峰親子は怪訝な表情で顔を見合わせていた。
「・・・千秋、何を怒ってたんだ」
「さあねぇ」

 

 

 

千秋の部屋でがつがつと手料理を食べるのだめは、その広告を彼に見せた。
近くの美容院のビラで、「カットモデル募集」の文字が大きく印刷されている。

「峰くんの従兄がその美容院を経営してるんです。あの、私と一緒にご飯食べていた人」
「・・・美容師」
どうりで洒落た身なりをしていた、と思う千秋の隣りで、のだめはもぐもぐと口を動かしながら話を続ける。
「彼の店に新人さんが沢山入ったから、私がその人達の髪を洗う練習台になってたんです。峰くんがお前には丁度良いって紹介してくれて。次はカットモデルをお願いしたいって言っていたから、今日はその話をするはずだったんですけど・・・・」
のだめがちらりと様子を窺うと、千秋は決まりが悪そうに目線をそらす。

「じゃあ、何で朝帰りなんかしてるんだよ」
「よく知ってますねぇ」
のだめは不思議そうに首を傾げる。
「髪を洗ってもらっているうちに、気持ちが良くてのだめ寝ちゃったんです。練習台になるのは店が終わったあとで時間が遅いですし。店長さんはのだめが起きるまで待っていてくれて、朝、家まで送ってくれたんですよ。朝食もご馳走になったし、凄くいい人です」
「・・・・・」
にこにこ顔ののだめに、千秋はもう返す言葉もなかった。

 

「えへへー。でも、また千秋先輩がご飯作ってくれるなら、もう美容院に寄ってる時間ないですね」
「・・・いや、いい。美容院で毎日髪洗ってもらってこい」
「もう遅いですよー」
のだめは満面の笑みでテーブルの料理を平らげている。
これからは、以前のように毎日ここに通うつもりだ。
パンを頬張るのだめを横目で見つつ、もしや自分はとんでもない過ちを犯したのでは、と思わずにはいられない千秋だった。


あとがき??
KISS』発売後、毎度のわいぼさんとメールのやり取りがなかったら、のだめを書こうとは思わなかったです。(^_^;)
カノンは追復曲ですね。なんとなく、千秋とのだめにぴったりかなぁと。追いかけたら逃げていく感じ。
最初で最後ののだめ話でした!


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