千秋先輩の純情


千秋が指揮を担当する、『ライジング☆スターオーケストラ』。
その資金の管理は、峰とその相棒の木村に任されている。
峰に呼び出された千秋は、次の公演の打合せだと信じて疑わなかった。
だからこそ、病をおしてまで、“裏軒”へ向かったのだ。

 

「千秋ーーー!!どうにかしてくれーーー!」
「・・・・はぁ」
“裏軒”に入るなり、峰に飛び付かれた千秋はため息をついて彼の体を引き剥がす。
「順を追って説明しろ。聞いてやるから」
「ううっ・・・・」
取り敢えず、涙を流す峰を椅子に座らせた千秋は、店がいつもと違った雰囲気なのに気づく。
「親父さんは?」
「体調崩して寝てる」
「そうか、大変だな」
峰が父親と二人暮らしなのを知っている千秋は神妙な顔で言ったのだが、その瞬間、峰はダンッと机を叩いた。

「そう、大変なんだよ!実は、女子高生の彼女が出来たんだ」
「・・・お前、清良と付き合ってるんだろ」
「俺じゃねーよ、親父だよ!」
がなり立てる峰に、千秋は目を丸くする。
何の冗談かと思ったが、珍しく真顔の峰を見るとからかっているようには見えない。

 

「うう。俺、あんな日焼けサロンで顔を真っ黒にしている浮かれた女子高生を、お母さんなんて呼ぶ自信ないよ!」
「・・・・話ってそれだけか」
千秋の問い掛けに、峰はこくりと頷く。
確かに、大変なことは大変だ。
だが、それは千秋には一切関わりがないことで、親子で話し合ってもらうしか解決の道はない。

「あれ、千秋、風邪なのか?」
急に咳き込んだ千秋に、峰は心配げに訊ねる。
「ああ。熱が少し」
「じゃあ、これやるよ。親父が飲んでる風邪薬。よく効くらしいから」
カウンターの中の薬入れから、峰は二つの錠剤を取り出して千秋に手渡す。
「呼び出して悪かったよ。お前に打ち明けたらすっきりしたし、親父ともう一度話してみるよ」
「・・・・そうしてくれ」
すっかり笑顔になった単純な峰を横目に、千秋は弱々しい声で呟いた。

 

 

 

「・・・・悪化してきた」
足元をふらつかせて自宅にたどり着いた千秋は、さっそく峰から渡された錠剤をコップの水と共に飲み干す。
そして、着替えを終えてベッドに入ろうとした矢先だった。
「せんぱーーーい!開けてくださいーー!!」
玄関のチャイムの連打と、千秋を呼ぶ声。
隣の家に住む、のだめに間違いない。
うんざりとした顔で玄関に向かうと、千秋はチャイムの連打を止めるために、渋々扉を開ける。

「俺は具合が悪いんだ。飯は作れないから、帰れ」
「知ってます、だからおじやを作ってきたんです!ちゃんとレシピを見て仕上げたから味は保証します」
「いらない」
閉めようとした扉を、のだめは隙間に足を挟んで阻止する。
「そー、言わずに!!一口でも!」

強引に閉じようとする力とこじ開けようとする力が相克していたが、千秋は視界の隅に嫌な物を見てしまった。
おじやの入った鍋を持つのだめの手。
切り傷だらけの指は、不器用なのだめが鍋の中身を完成させようとして作ったものに違いない。
早く眠りたい気持ちは山々だが、ここで追い返すのは、あまりに不人情な気がした。

 

 

「先輩、お茶ですー」
にこにこ顔ののだめを気にせず、千秋は椀の中のおじやをかっ込んでいる。
これさえ片づければ、のだめを追い出せる。
味を気にせず食べられるのは、熱のある体で舌が麻痺しているからか、本当に美味いのか、よく分からない。
「早く元気になってくださいねv」
言いながら、テーブルに向かう千秋の背中にのだめがべったりとくっついた。
これはいつものことだが、千秋はある違和感に眉を寄せる。

「・・・・お前、風呂入ったのか?」
「よく気づきましたねー。歩いていたらシャンプーの試供品を貰って、頭のかゆさも限界だったから一週間ぶりに髪を洗ったんです。いい匂いでしょ」
のだめは得意げだったが、こうした言動が男を引かせる要因だとは気づかない。
そして、問題はそうしたことではなかった。

「離れろ」
「は?」
「離れろって言ってるんだ!!」
千秋に思い切り突き飛ばされたのだめは、「ギャボーー!!」の奇声をあげて床に転がる。
「い、いきなりなにするんですかー!頭、壁にぶつけましたよ」
「いいから、お前、もう帰れ!」
突然怒り出した千秋に、のだめは目を見開いて唖然としている。
ちなみに、薄手のワンピースを着るのだめは倒れた拍子に裾がかなり上部までまくれ上がっていた。

「あの、先輩、顔真っ赤ですけど、熱が上がったんじゃあ・・・」
上目遣いで訊ねられた千秋は、思わず悲鳴を上げそうになる。
来客を報せるチャイムの音は、まさに天の助けのようだった。

 

「千秋ーー、いるかーーー」
扉を開けると、立っていたのは先程別れたばかりの峰だ。
「あ、千秋。さっき渡した薬返してくれよ。どうやらあれ、風邪薬じゃなかったみたいで・・・」
話の途中で、千秋はがばりと峰に抱きつく。
「え、ち、千秋、俺にそういう趣味は」
「どうでもいい、今晩お前の家に泊めろ!!」
「え、ええ!?」
靴を履いた千秋は、パジャマ姿のまま強引に峰を引きずって歩き出した。
玄関先では、涙ののだめが彼らに追いすがっている。
「千秋先輩、どこ行くんですかー!カムバーーーッツク!!」

「・・・お前、もしかしてもう飲んじゃったのか?」
千秋の横顔と号泣するのだめを交互に見た峰は、恐る恐る訊ねる。
「親父のバイアグラ」

 

 

 

女子高生との交際のため、密かに薬を服用していた峰の父は、その後体調を崩して入院した。
それを機に、彼女との縁も切れたらしい。
ホッと胸をなで下ろしている峰だが、被害を受けた千秋はずっとしかめっ面だ。
この日は峰に学食で昼食をご馳走になっていたが、全く怒りは静まらない。

「いやー、親父が風邪薬って言っていたから、全然疑わなかったんだよ。悪かったなぁ」
「・・・・」
「何にもなかったんだから、良かったじゃねーか、な!」
「良くない!!」
肩を叩く峰を、千秋は睨み付ける。
「のだめなんかに反応するなんて、俺のプライドが許さないんだ、プライドが!」
「はぁ、さいですか・・・」

「千秋先輩ーーー!!!」
背後から聞こえてきた声に、千秋の表情は強張った。
学食は多くの生徒達が集まっていたが、のだめはどこにいても千秋を見つけだす。
緊張した空気をまるで察することなく、うどんの乗った盆をテーブルに置くとのだめは嬉しそうに笑った。
「風邪、良くなったんですねv」
「・・・ああ」
顔を背けた千秋は不機嫌そうに答える。
どことなく頬が赤く見える千秋に、峰は不思議そうに首を傾けた。
「今日は、薬盛ってないぞ」


あとがき??
峰パパ、ごめん!!!あらゆる意味でごめん!!
何だか峰家にはお母さんが登場しないから、勝手にいないことになってます。(離婚?死別??)
ちなみに、バイアグラは媚薬でも興奮剤でもないので、本当は正常な男性が服用しても変化はないそうです。

のだめでこんなにいやらしい話を書いてよかったのかどうか・・・・。
薬は残ってなくても、あのときの情景を思い出して照れている千秋先輩です。
すぐいつもの鬼の千秋先輩に戻ってしまうんですけど。(笑)
見る人が見ればすぐ分かると思いますが、元ネタは『ケイゾク』です。ほぼそのまんまな内容。
どうも、私は千秋→のだめしか書けないようです。

一応、キリ番リク作品なのですが、取得者の方が権利を放棄してしまったので、宙ぶらりんな話。
のだめ駄文を喜んでくださった、わいぼさんと利藤さんのお二方に捧げますよ。
こんなもの捧げられても、困ると思われますが。(^_^;)


戻る