ふわふわ10のお題
綿菓子 (万事屋)
枕 (土神)
キス (銀→神→新)
天然パーマ (銀神)
浮気者 (銀神+土)
マシュマロ (銀神)
風船 (土神)
生クリーム (銀神)
微笑み (沖→土神?)
君の腕の中 (沖神)
ナマモノとそうじゃナイモノ、十つ
「さて、」 (沖神)
飛行実験 (銀神)
爪の先まで (新神)
メガネと本音 (新神)
勘弁っ! (沖神)
飛ぶ鳥飛ばない鳥飛べない僕 (銀神)
シーソーゲーム (沖神)
無機質なテロップ (神沖)
そういうふうにできている。 (銀神)
そして今日も (土神)
夏祭りの日、銀時が買ってくれたものが行き付けの駄菓子屋にも売っていた。
白くて、ふわふわして、空に浮かぶ雲のような菓子。
楽しかった思い出が頭をかすめ、酢昆布を買うはずだった金で、神楽はその菓子を購入する。甘い綿菓子は祭りで食べたそのままの味で、神楽は幸せな気持ちになった。
だが、何かが足りない。
あのとき食べた綿菓子は、もっともっと美味しく感じたのだ。
見た目はそのままなのに、何が違うのか神楽には分からなかった。
家に帰ってそのことを話すと、銀時に「馬鹿な奴」と言って頭を小突かれる。
「あのときは、みんな揃ってただろ」
言われてから、神楽はそのときの状況を思い出す。
仕事のない時期で、一つの綿菓子を銀時や新八と奪い合って食べたのだ。
一人で沢山食べるより、皆で少しを分かる方が満足出来るなど、初めて知った。「今度買ったら俺によこせ」
たぶん、それを一番言いたかったのだろう。
笑顔になった神楽は銀時に向かって舌を出す。
「次はまた酢昆布を買うアルヨ」
珍しいものを、見た。
沖田がよく昼寝をしている公園のベンチ。
彼はいないが、同じ制服の男が寝転がっている。
真選組の中で唯一、サボる隊士達を叱咤する役目を担っているのだと思っていた。
夏の暑い日でも長袖の制服をきっちり着込み、規律の乱れに目を光らせる。
だから、彼がベンチの上で横になる姿は意外だった。「私が必要アルか?」
神楽の傘が彼の顔に影を作る。
聞こえているだろうに、返答はない。
掌を顔に当て目を瞑る彼の表情は、どこか疲れているように見えた。
そのまま行き過ぎようとした神楽は、裾を引かれて立ち止まる。
「・・・・必要」
ベンチはその公園で一番目立たない場所にある。
だからこそ、沖田はそこをちょくちょく利用していた。
だが、今そこにいるのは土方と彼に膝枕をする神楽だ。
彼は何も言わなかった。
それでも、神楽が彼の胸中を少しばかり察することが出来たのは、ニュースで事件のことが流れていたからだ。「お前と、親しかった奴だったアルか?」
「まあな・・・・」
神楽が髪に触れると、土方は小さく声を漏らす。
つい先日、真選組の副長として、彼は刺客に襲われた。
一緒に見回りをしていた若い隊士がとっさにかばわなければ、確実に命を落としていただろう。
犯人はその場で斬り捨てたが、若い隊士は即死だった。
隊士達の目があるところで、弱った姿を見せるわけにはいかない。
神楽は部外者だ。
だから、泣くことも出来た。「私のことは、ただの枕と思うヨロシ」
「・・・枕はしゃべらねーよ」
生意気な口を利く土方の額を神楽は軽く叩く。
人に威圧感を与える副長を演じていても、本当は繊細な人間なのだ。
たまに、こうしてはけ口が欲しくなる。
でも、誰でもいいわけでもない。「マヨたっぷりのたこ焼き、食べに行くアル。おごりネ」
「お前・・・、金持ってないだろ」
「だから、お前のおごりネ」
にっこりと笑う神楽を見上げて、土方も少しだけ口端を緩める。
金のかかる枕がいつもそばにいたら大変だ。
ただ、たまに寄りかかれる位置には、いて欲しかった。
「銀ちゃん、銀ちゃん」
毎日、しつこいくらいに引っ付いてくる。
懐かれて、悪い気持ちのする人間はいない。
適当にあやせばすぐに笑顔になって、何だか温かな気持ちになる。
大切だが、それは恋愛とはほど遠いものだと思っていた。
「・・・・内緒ネ」
人差し指を口元に当てて言う神楽に、銀時の頭はようやく動き始める。
目にした光景に驚き、どれだけ呆けていたのか自覚がない。
パチンコから帰ると、神楽がソファーで居眠りする新八にキスをしていた。「お前ら、いつの間に・・・」
「こいつには、他に好きな子がいるネ。片思いアルヨ」
銀時が小声を出すと、慎重な答えが返ってくる。
そして、寝息を立てる新八に、神楽は近くにあった羽織をかけた。
銀時が留守の間、彼らは始終二人きりでいるのだ。
神楽の気持ちを動かすようなことがあったとしても、おかしくはない。「お前、新八のこと、嫌いだって言ってただろ」
「いつの話アルか」
くすりと笑う神楽は、いつもと違う。
恋をする女の顔だ。
無邪気な笑顔しか知らなかった銀時は、心臓を鷲掴みにされたようなショックを受けた。
神楽は家族のような存在で、恋愛の対象には成り得ない。
本当だろうか。
新八の寝顔を眺める神楽の姿に、胸はしくしくと痛み続ける。
他の男のものになるなど、想像していなかっただけかもしれない。
「宇宙一の『えいりあんはんたー』になるのが私の夢です・・・・って、何だこりゃー」
「あ、返すアル!!」
床に散らばった紙を拾い上げた銀時だが、神楽によってすぐさま奪い取られる。
どうやら、それは神楽が父にあてた手紙だったようだ。
彼女があることないこと、せっせと手紙に書いて父に出しているのは知っている。
だが、今の一文は見逃せなかった。「んだよ、お前、えいりあんはんたーになんのか」
「そうアル」
「俺をおいていくのかー?」
茶化すように言ったつもりが、振り向いた神楽の顔に笑いはなかった。
ただ、挑むような眼差しで言われる。
「寂しくなんかないくせに」前に父と一緒に故郷へ帰ろうとしたときに、引き留めなかったことを根に持っているらしい。
口をとがらせている神楽の頭に、銀時は苦笑しながら手を置く。
「いつごろ出ていくんだよ」
「んー」
考える仕草をした神楽は、彼を見上げて明るく笑った。
「銀ちゃんが天パーじゃなくなったらネ」
銀時が鏡の前に立つのは、朝、歯を磨くときと髭を剃るときだけだと思っていた。
洗濯物を入れたカゴを取りに来た新八は、銀時を不思議そうに見る。
「何やってるんですか」
「育毛剤でも付けてみようかと・・・」
市販の薬を買ったらしく、右手には「あなたもフサフサ」と書かれた瓶を持っている。
「えー、まだ大丈夫なんじゃないですか。銀さん20代でしょう」
「バカヤロー!こういうのはある日突然くるんだからな。日々のケアが大事なんだよ」
散歩がてら外に出た帰り道、通り雨にあった。
民家の軒下に避難し、暫しの間雨粒を見つめていた土方だが屯所は目と鼻の先だ。
走ればそれほど濡れずにすむ。「入れてやるアル」
足を踏み出した瞬間に、後ろから声をかけられた。
トレードマークの紫色の傘をさして立っていたのは、万事屋のチャイナ娘。
「・・・どういう風の吹き回しだ」
「次に会ったとき、酢昆布をよこすヨロシ」少しくらい濡れるのは別に構わない。
断っても良かったのだが、土方が返事をする前に、神楽は彼の背中にのし掛かっていた。
「おい!」
「私、傘を持つ。お前、私をおんぶする。それで、誰も濡れずにすむアル」
「お前・・・・」
お前が楽をしたいだけだろう、と言おうとしたが、口で勝てそうな気がしなかったから土方は黙り込んだ。
「銀ちゃんと違う匂いがするアルね」
「・・・・・」
言葉と同時に、首に白い手が巻き付いて、何故か落ち着かない気持ちになる。
雨が早くやんで欲しいのかそうでないのか、どうも微妙な心情だった。
「バイバイ」
「おお」
屯所についたとき、小雨は降っていたが空は明るかった。
見送る土方に手を振った神楽は鼻歌を歌いながら歩き出す。
そして、数歩も行かないうちに、ある気配に気付いて顔をあげた。「・・・銀ちゃん」
買い物帰りなのか、スーパーの袋を持っている。
「何買ってきたアルか!?食い物か?」
すぐさま走り寄った神楽は笑顔で話しかけたが、銀時は彼女から視線を逸らす。
そして、神楽が何を言っても答えることなく黙々と歩き続けた。
「・・・・何、怒ってるアルか」
「怒ってねーよ」
口に入れれば、甘くて溶けてしまうマシュマロ。
それを食べることなく、口に当てている神楽を、銀時は不思議そうに見ている。
「食わねーのか?」
「キスの練習ネ」
振り向いた神楽は、はにかんだ笑顔を浮かべてみせた。
「柔らかくて、甘いって聞いたアル。これと一緒ネ」
「ふーん・・・・」
つまらなそうに呟く銀時は、そのまま神楽の傍らを素通りしようとする。
その袖を掴んだのは、神楽の小さな掌。
彼女が何を望んでいるかはとうに分かっていた。少々面倒くさいと思いつつも、屈んで唇を寄せると彼女は花のように笑う。
マシュマロよりも、ずっと繊細であったかかった。
糖度は似たようなものだ。
「・・・・お前、もう一個食べてただろう」
「三個ネ」
その瞳を至近距離で見つめ、神楽はくすくすと笑った。
伝わったのは、甘い香りと舌の感覚。
一度で両方味わえれば、それこそ一石二鳥ということだろうか。
愛想のかけらもない男で、笑顔などついぞ見かけない。
仕事中はそれでもいいだろう。
悪漢どもを懲らしめるべき真選組だ。
だが、二人きりのときにその顔ですごまれても、面白くも可笑しくもない。
昔は、彼でも朗らかに笑ったりなど、していたのだろうか。
想像できなかった。
「おい、何のつもりだ・・・」
「ちょっとだけ、持ってるアル」
スーパーマーケットの前を通った際にもらった、『新装開店』の文字の入る赤い風船。
それを、彼に持たせてみた。
黒い布地の制服に、黒髪、黒い瞳。
寂しい色合いの彼に、ぱっと赤い花が咲いたようだ。
なんだかとても可愛らしくなったから、嬉しくて笑ってしまった。「行くアルヨ」
「ちょっとだけ、じゃなかったのかよ」
そのまま手を引いて歩き出すと、彼はすぐさま不満を口にする。
もちろん、無視だ。
手を離せば空に帰ってしまう赤い風船。
誰かと似ている。
だから、彼はそれをしっかり握ったままだった。真選組の副長が、赤い風船と、ピンクの髪の少女を手を持って歩いている。
恥ずかしそうな彼は、それでも少し楽しげに笑っていた。
神楽は細かい作業が苦手だ。
そもそも、戦うためのみ生きる夜兎の腕力は、まだ子供の神楽に上手く制御出来ない。
神楽が動けば、物が壊れる。
彼女が家事をあまり手伝わないのは、その方が万事屋のためだからだ。「・・・それで、何をやらかしているんだ、うちの酢昆布娘は」
流し台からは、何かの割れる音や爆発音がひっきりなしに響いている。
悲鳴も混じっているようだが、怪我に強い夜兎ならば大丈夫だろう。
「ケーキを作るって張り切っていましたよ。銀さんに食べてもらうんだって」
「へぇーー・・・・」
菓子作りとは思えないノコギリをひくような音がして、銀時は思わず顔を引きつらせる。
「そんなに凝ったケーキなのか?」
「いえ。市販の粉に卵と牛乳を混ぜて焼くだけの、簡単なものです」
会話の合間にも、再び炸裂音。
「頑張っているみたいですから、完成したら全部食べてあげてくださいね」
にっこりと笑った新八はまるで人ごとのように言った。
「全部無くなっちゃったアルーーー!!」
おいおいと泣く神楽は銀時の服に縋り付いてわめき声をあげた。
どうやらケーキになるはずだった物体は焼きすぎて粉に戻り、ばらばらに散ったらしい。
新八の姉、妙以上に壊滅的な料理の腕だ。
妙な物を食べずにすみ、心から安堵した銀時だが神楽はずっと泣き続けていた。
5時間も頑張って全ての水の泡となれば、落胆して当然かもしれない。「銀ちゃんに、食べてもらいたかったのに・・・・」
「ありがとな」
銀時が頭を撫でながら言うと、神楽は涙目で彼の顔を見上げる。
「俺には、これがあれば十分だ」
言葉と共に、神楽は頬をなめられた。
ケーキを飾るはずだった生クリームが、そこに付いていたらしい。
にっこりと笑う銀時を、神楽は目を瞬かせて見つめる。
「・・・これって、どれ?」
ようやく涙を引っ込めた神楽に、銀時は曖昧な微笑を浮かべてみせた。
てらいのない笑顔だった。
普段の、鬼の副長と恐れられている姿など微塵もない。
会話の内容は聞こえないが、そこに和やかな空気があるのは分かる。
近藤の傍らでなくとも、そのような表情が出来たのかと、心底驚いた。「珍しくちゃんと仕事してるアルな」
すれ違いざま、先に向こうから声をかけられる。
他の隊士を二人ほど連れて見回りをしていた沖田は、神楽の笑顔を間近に、ようやく我に返った。
「・・・そういうお二人は、デートですかい?」
「酢昆布を買ってもらってたアル」
「この間、傘を借りた礼にな」
神楽の言葉に、土方が続ける。
彼の手は神楽の頭に乗っていたが、彼女が嫌がる素振りはない。
いつの間にか縮まっていたその距離に、沖田は胸が悪くなった。
「女性の守備範囲が広いようで」
「そういうことじゃねーんだが」
神楽の姿が消えてから、土方は煙草に火をつけて横を見た。
「お前が珍しく気に掛けている女は、どんな感じかと思ってな」
にやりと笑うその顔は、神楽に向けていたものと全く違う。
つい先程まで、自分がどれだけ優しい眼差しをしていたか、彼は気付いてもいないのだろう。「・・・・土方さんは意地がわりーや」
「殺してあげれば、こっちを見てくれるかい?」
少しの油断が命取りだった。
段差に足を取られた瞬間、背後に回られていた。
そして、後ろ手を取られて刃を当てられればどうにも身動きできない。
足元には、紙袋に入っていた食材がこぼれて落ちている。
「・・・お前、女を口説くのが下手アルネ」
呆れて呟く神楽は、ちらりと後ろを窺う。
「逃げないヨ」今日は本当に時間がなかったのだ。
思い切り無視したことが、気に食わなかったらしい。
全く子供っぽいと思う。
「引き止めたいときは、こうした方が効果的ネ」
緩んだ手を振り解いて、神楽は刀を握ったままの彼の懐に飛び込む。
銀時より幾分細い体。
だが、彼とは別の意味で、放っておけない気がする。
沖田には沖田の仲間がいるというのに、不思議だ。
この手が自分を必要としているように思えてならない。「離してやらねーよ」
捕らわれたのは、どっちだっただろう。
「チューでもしてみますかい?」
ゴンドラの窓に張り付いて外を眺めていた神楽は、その声に振り返る。
「何で」
「観覧車は、そのための乗り物だから」
神楽の傍らにいる沖田は目線を外に向けたまま声を出した。
初耳だったが、狭い空間に二人きりで、景色も良くロマンチックだ。
彼の言っていることは正しいかもしれない。「・・・ほっぺならいいアル」
その返答に笑顔を見せた沖田は、緊張気味の神楽の額に唇を合わせる。
無敵の強さを誇る神楽が、珍しく肩を震わせていたのが可愛く見えた。
「そこはほっぺじゃないアル」
「そうかい?」笑い声をもらす沖田はそのまま神楽を抱き寄せる。
今はまだ、これで十分。
腕の中に完全に収まってしまう彼女は、今、どんな顔をしているだろう。
自分と同じ気持ちでいてくれると、嬉しいと思った。
「さて、・・・」
神楽から手を離すと、沖田は腰に差した刀をおもむろに抜く。
下がり始めたゴンドラは、あと数秒で地面にたどり着くはずだ。
同じように傘を構えた神楽を見つめて、沖田は楽しげに笑った。
「戦いを開始しましょうや」
観覧車の乗り場では、新八がはらはらした顔で二人を待ちかまえていた。
予想通り、睨み合ってゴンドラから出てきた神楽達に慌てて駆け寄る。
「あーもー、やっぱりーー!!離れて、離れて」
「あれ、失敗か?」
ぱりぱりと頭をかく銀時は、沖田と神楽を観覧車に乗せた張本人だ。
「二人きりにしたって、急に仲良くなるはずないでしょう。神楽ちゃんが観覧車を壊したり、神楽ちゃんが怪我をしたりしたらどうするんですか!お金ないのに」
「・・・お前、前半の方に力入れて喋っただろ」犬猿の仲の沖田と神楽。
とっくに仲良くなっていることは、もう暫く二人だけの秘密だ。
デパートに買い物に行ったついでに、屋上で軽食を取った。
新八がジュースの自販機の前に並び、銀時と神楽はもくもくとサンドイッチを食べている。
小さな子供を連れた家族を目で追いかけていた銀時は、ふと、傍らに神楽がいないことに気付く。「あぶねーぞ・・・」
手摺の上に腰掛ける神楽を見付けると、銀時は眉を寄せながら注意した。
8階建ての屋上。
多少、普通の人間より頑丈でも、この高さから落ちたら当然怪我をする。
だから、振り向いた神楽は笑顔で言った。
「今日は空気が澄んでいて、空が綺麗アルね」
「・・・おお」
「飛べそうな気がするアル」何かの冗談かと思った。
微笑した神楽の体が傾いた瞬間、銀時の視界から彼女が消える。
風はそれほど強くない。
神楽は、自分から飛び降りたのだ。
地球に来ることが出来て、銀時達に会えて、安らぎを得た。
彼らと過ごす毎日は、幸せだった。
しかし、そうした日常に慣れてしまうと、新たな欲が芽生え始める。
求めるだけでは物足りない。
その人にも、自分を必要だと思って欲しかった。
「この、馬鹿!!!」
鼓膜が破れるかと思う程の音量で怒鳴られる。
血は出ていなかったが、意識の覚醒と同時に、体の節々が痛みを訴えてきた。
下に草木や柔らかな土がなければ、骨の一本や二本は確実に折れていたはずだ。
銀時に抱きしめられながら、神楽は遅れてきた新八が走っているの見付ける。
彼が追いつけないスピードで、銀時はデパートの階段を駆け下りてきたのだろう。少しばかり体を離すと、怒っているような、泣いているような、曖昧な表情の銀時と目が合う。
小さな子供ではないのだ。
人が空を飛べないことを、神楽は最初から知っている。
体がどうなっても構わない。
飛行実験。
ただ、彼のその顔が見たかった。
神楽には爪を噛む癖があった。
銀時や新八が注意しても、いつの間にか爪が口元にいっている。
おかげで神楽の爪の形はぎざぎざだ。
小さな頃から続くことで、なかなか止められないらしい。
「嫌アル!!」
「ちょっとの間、辛抱していてよ。傘はちゃんと持てるようにするから」
強硬手段に出た新八は神楽の手を掴み、強引に包帯でぐるぐる巻きにしている。
指先から血が滲んでいるときもあるのだから、どうにも見ていられないのだ。
「ちゃんと爪が伸びたら、ご褒美あげるよ」
「ご褒美!!食べ物アルか!!!」
「・・・どうだろう」
笑顔で誤魔化すと、新八は包帯を巻き終えた掌を持って彼女の瞳を見据える。「神楽ちゃんが傷つくと僕も痛いんだ。我慢、してくれる?」
「・・・・」
その眼差しが真剣だったから、神楽は無言のまま口をひき結んだ。
新八のくせに、生意気だと思う。
だけれど、邪魔な包帯を取ってしまおうという気持ちにはならなかった。
非常に不便な生活だったが、神楽は何とか一週間耐えた。
水を扱うとき以外は包帯を外さなかったおかげで、手を無意識に口へと運ぶ回数も減ったようだ。
不揃いに伸びた爪を新八が丁寧に切ると、以前よりもずっとまともな指先になる。
「良かった」
我がことのように喜ぶ新八に、神楽も自然と笑顔を返していた。「これがご褒美。神楽ちゃん、キラキラしたもの好きでしょう」
新八が懐から出したのは、ラメの入った桃色のマニキュアだ。
慣れた様子で自分の爪にそれを塗っていく新八を、神楽は首を傾げて見つめる。
「新八が買ったアルか?」
「姉上のだよ。あの人不器用だから、いつも僕が塗らされているんだよね」
話しながらも、新八は集中して刷毛を動かしている。
綺麗にコーティングしてしまえば、神楽は一層爪を噛もうという意識が薄れるはずだ。
ご褒美が食べ物でなかったことに内心がっかりした神楽だが、爪が光ることは嬉しかったから、黙っておいた。
することもなく、間近で座り込む新八を眺めていた神楽はその顔が意外と整ったものであることに気づく。
姉の妙が町内で評判の美女なのだから、当然といえば当然だ。
性格が妙のように男前ならば、随分ともてたかもしれない。
アイドルのおっかけをしているかぎりは、無理な話か。「出来たー、うん、可愛いや」
爪に花の模様をあしらい、新八は満足そうに頷いた。
「有り難うネ」
神楽の声が耳に届いたのと同時に、額に柔らかな感触が伝わる。
顔を離すなり、驚いて目を丸くした新八を見て、神楽はくすくすと笑った。
「ご褒美のちゅーネ」
「普通、眼鏡を取ったら実は美形とか、そういうオチじゃないアルか?」
新八の眼鏡を掠め取った神楽は不満げに言う。
「・・・・今度は何を読んだの」
「百万人の乙女のバイブル『りぼん』」
ため息を付く新八は神楽に向かって手を差し出した。
「返してよ」
「これ、伊達眼鏡じゃなかったアルネー」
眼鏡のレンズに目を近づけた神楽は歪む視界に顔をしかめている。
「本当に返してってば」
神楽はいじめっ子のように新八の手をかわして逃げ回った。
もとより神楽の運動神経は新八より上なのだから、追いかけるよりおびき出す方が得策だ。「・・・神楽ちゃんの可愛い顔が見えないと、本当に困るんだけどなぁ」
見え見えのおべっかだったが、普段言われ慣れていないだけに、神楽は簡単に気をよくしたようだ。
「しょーがないアル。返してやるネ」
「有難う」
えらそうに背を逸らす神楽から眼鏡を受け取ると、新八は丁寧に頭を下げる。
「よしよし、お世辞が上手い奴は出世するアル」
「僕はそんなに器用じゃないよ」
眼鏡を掛け直した新八は困ったように笑って言った。
勘弁っ!
4月1日。
それは、嘘を付いて良い日なのだと教えられた。
「今日はフルーツパーラーでパフェ半額アルヨ」
「アイドルの寺門通が出来ちゃった結婚したネ」
神楽のついた嘘に、銀時と新八は思い切り踊らされ、彼女を大いに満足させる。
次の獲物を求め、ぶらぶらと歩いていたときだった。
目の前を横切ったのは、天敵である真選組の沖田。
これを逃す手はない。
どんな悪い嘘にするか考えていると、同じく神楽に気付いた沖田が近づいてくる。
そして、神楽の前に立つなり、邪気の無いさわやかな笑顔を浮かべて言った。「あんたに惚れやした」
「お前、神楽に何しやがった!」
花を持って見舞いに来た沖田を一目見るなり、銀時は大声で怒鳴りつけた。
「何って・・・・」
「あいつが熱を出して倒れるなんざ、普通じゃないだろう。見ろ、このうなされようを」
押し入れを開けると、布団に丸まって寝る神楽は妙に苦しげに呻いている。
よほどの恐怖体験をしたのか、体の震えも止まらないようだ。
あの告白のあと、ショックで卒倒した神楽を万事屋に運んで3日間、彼女はずっとこの調子だった。「心外だねェ」
頭をかく沖田は、さほど傷ついた様子もなく呟く。
嘘半分、本当も半分。
これほど嫌われているとは、知っていたとはいえ少々悲しい気持ちだった。
巣が欲しかった。
あったかくて、安心出来て、守ってくれる、自分だけの場所が。
残念なことに生まれ育った故郷にそれはなかった。
父と兄は滅多に家に戻らず、頼れる親戚や友人もいない。
その地に引き留めていた唯一の存在が死んだとき、神楽は望む物を手に入れるために歩き出した。
「何してんだー」
公園で、木登りをしている神楽を見付けた銀時は下から声をかける。
枝の先の巣を確認すると、神楽は彼のいる方へと顔を向けた。
「雛が巣から落ちてたアル」
木の根本に背の高い草が生えていたせいか、雛に怪我はないようだった。
神楽が手を離すと小さな雛はすぐに他の兄弟に紛れてしまう。
ピーピーと口を大きく開けて鳴く雛達の姿に、自然と、神楽の顔に笑みが浮かんだ。
彼らの親鳥は食欲旺盛な彼らのために餌を取りに行っているのだろう。「銀ちゃん、そこにいるアルヨー」
「あ?」
そのまま行き過ぎようとしていた銀時は、神楽の声に立ち止まる。
そして、見上げた直後に神楽が落ちてきた。
受け止めようとしたものの、勢いの付いた神楽を抱えた銀時はそのまま後方へ倒れ込む。
「あ、あぶねーだろ、お前!」
「えへへー」
尻餅をつく銀時の上にいる神楽はもちろん怪我もなく、明るい笑顔を返す。
彼ならば、避けようと思えば避けられたはずだ。神楽が安息の地を探して飛び立つ必用は、もうなくなった。
銀時の行きつけの飲み屋で、神楽は沖田と出くわした。
神楽と同様に、酔っぱらった上司を迎えに来たらしい。
そして、この二人が顔を合わせれば喧嘩が始まると決まっている。
店内で刀と傘を振り回して闘う彼らを横目に、銀時と土方はまだ酒を飲み続けていた。
「宇宙最強のうちの神楽が、負けるはずねーだろ」
「そーかい」
親バカぶりを発揮する銀時を、据わった目の土方は鼻で笑う。
「じゃあ、チャイナが負けたら、あいつを総悟の嫁にもらうぞ」
「おー、もってけ、もってけ。神楽が勝ったらパフェ一年分用意しな」
二人のいないところで、勝手な約束が取り交わされている。
そして、酔って声が大きくなった彼らの会話は、神楽達の耳にもしっかりと届いていた。「聞いたかい?」
「チョコパフェ一年分、もらったネ!」
勢い込んで突っ込む神楽の腕を掴むと、沖田は彼女の青い瞳をごく至近距離で見つめる。
何か言ったようだったが、それは周りの人間には聞こえていない。
一瞬、神楽の動きが鈍ったと思ったときには、沖田の峰打ちが脇腹に当たり、彼女は店の壁へと体を強かに打ち付けていた。
全てはあっという間の出来事だ。
「はい、一本」
唖然とする銀時と土方を見やると、沖田は嫌に楽しげに笑った。
「あと2、3年したら迎えに来やすぜ」
神楽ではなく、保護者である銀時に告げると傍らにいる土方へと目を向ける。
「土方さん、けーりやしょう」
「お、おお・・・」
「土方さんの分の代金は、あとで真選組に取りにきなせェ」
店の人間に指示を出し、沖田は足下がふらついている土方を伴って早々に店を後にした。
暫く戸口を見つめていた銀時は、我に返ると、床に座り込んでいる神楽に歩み寄る。「神楽ー、お前、手加減しただろ」
「・・・・してない」
「ま、飲み屋での約束なんて、すぐ忘れるよな」
あくまで楽観的な考えの銀時は、頭を乱暴にかきながら呟いた。
勘定を済ませるために彼がレジに向かったあとも、神楽はまだその場に座り込んでいる。
囁かれた低い声が耳に残っているようで、赤くなる頬を誤魔化そうと必死だった。
『なァ、わざと負けてみねーか?』
毎週、楽しみにDVD録画をしているドラマの最中だった。
臨時ニュースの邪魔なテロップが画面の端に現れ、俳優の顔は半分も見えなくなる。
「邪魔アルねー・・・・」
眉を寄せた神楽は忌々しげにテロップを読んでいく。
近頃頻繁に起こるテロ事件で、大使館が爆破されたらしい。
警備をしていた者が三名重傷。「あいつらかもしれねーな」
「あいつら?」
「テロ事件の近くには、真選組が付き物だろ」
銀時のいうあいつらが近藤達を示しているのだと分かり、神楽は黙り込む。
テロップは2回繰り返されたあとに消え、その後ドラマの邪魔をすることはなかった。
翌朝、屯所の近くへ行ってみると、テロ事件の影響なのか記者達が詰めかけている。
定春を連れた神楽はその足でぶらぶらと公園へ向かった。
新聞は狙われた大使と今後の外交問題についてのみの記述しかなく、重傷者の名前は出ていない。
嫌な感じがする。
たった15秒ほどのテロップに、心が乱れてドラマの内容も覚えていなかった。いつも仕事をさぼって座っているベンチにも、昼寝をしている神社の境内にも、彼の姿はない。
事故があって忙しいだけだ。
自分に言い聞かせる神楽は、近くにいる定春の体を思い切り抱きしめる。
いつもだったらば安心できる温かさなのに、今日だけは例外だった。邪魔なテロップ。
見なければ良かった。
「定春?」
神楽の手を放れた定春が、唐突に駆け出す。
驚いて神社の外まで追いかけた神楽は、定春が飛び付いた人物を見るなり目を丸くした。
勢いのままに押し倒された彼は、神楽へ顔を向けると迷惑そうに声を出す。
「しつけくらい、ちゃんとした方がいいですぜ」
攻撃する気はないらしく、鼻をすり寄らせる定春の頭を撫でると、沖田は半身を起こして服についた土を払った。「・・・・テロがあったのに、隊長がこんなところにいてもいいアルか」
「あそこには優秀な人間が沢山いるから、俺みたいな怠け者はいない方が仕事がはかど・・・・・チャイナ?」
話の途中、その場に座り込んだ神楽を、沖田は怪訝な表情で見やる。
「お前、いてもいなくても、迷惑な奴アルね」
その顔を見て、思わず脱力するほど安心したなど、口が裂けても言えない。
いつまでも俯いたままの神楽に、沖田は段々と不安になった。「腹でも減ってんのかい?」
「・・・・馬鹿」
神楽が、ソファーに寝転がって熱心に何かを読んでいた。
後ろからその様子を窺った銀時は思わず叫びそうになる。
新八や神楽の目に触れないよう、隠しておいた年齢制限付きの雑誌類。
肌色が大部分の女性の写真を神楽はしげしげと眺めていた。「ば、ば、馬鹿!お前、何見てんだ」
「本棚の奧にあったから、何かと思ったネ」
雑誌を取り上げられた神楽は、動揺している銀時の顔をさも意外そうに見ている。
どこか達観している彼はそうしたことに疎いのだと思っていた。
女性にもてないわけでもないのに、恋人を作る気配もない。「銀ちゃんってば、実はむっつりスケベーだったアルか」
「男はみんな助平なんだよ」
「新八も?」
「そうだよ。そういうふうにできてるんだよ」
「へー・・・・」
腕組みをして何やら考え込む神楽を尻目に、銀時はさっさと散らばった雑誌を片づける。
次はどこに隠すか、それが問題だ。
まるでエロ本を母親に見付けられた年頃の少年の心境だった。
「そんなの買わなくても、私がいくらでも見せてあげるネ」
「お前のまな板みたいな胸みても面白くも可笑しくもねーな」
「銀ちゃんが知らないだけアルヨ。私、実は脱いだら凄いネ!」
どたばたと、何かが倒れる音がしている。
買い物から帰った新八は、扉を開けるなり唖然とした。「・・・何、してるんですか」
「こいつがストリーキングをやるって脱ぎだしたから、止めてんだよ」
「銀ちゃんがまな板だなんて言うからアルヨ!」
「・・・・・」
新八の目には、銀時が神楽にプロレスの技を決めているようにしか見えない。
軋む関節に耐えられなくなった神楽がギブアップを口にすると、銀時はようやく彼女から離れる。
「ちびっ子の裸なんざ見たくないってんだ」
「乙女に対してひどい侮辱アルヨ!!」
ソファーに座り直してTVをつけた銀時を見上げ、神楽は癇癪を起こしている。「まぁまぁ。神楽ちゃん、アイス買ってきたから」
「アイス!」
新八の言葉に反応し、神楽はすぐさま瞳を輝かせた。
些細なことで怒ったり笑ったり、忙しいなぁと思いながら新八はその頭に手を置く。
また、こうした素直さが彼女の可愛いところでもある。
「銀さんはねー、照れてるんだよ。本当に興味がなかったら脱いでも裸踊りしても構わないはずだしね」
「・・・・なるほど。やっぱり、むっつりアル」
「傘、持っていった方がいいですよ」
屯所から出ていこうとする土方に、山崎が声をかける。
空はどんよりと曇り、午後の降水確率は50%を超えていた。
これから市中見回りに出たのなら、帰りは必ず雨だ。
忠告に従い、一度部屋に戻りかけた土方は、急にその足を止める。「俺が持ってきましょうか?」
「いや・・・、いい」
「え、副長!」
そのまま外へと飛び出した土方に、山崎は驚きの声をあげた。
「雨は嫌いじゃねーんだ」
振り向きざまに言うと、土方は市街地へと続く道を歩き始める。
何となしに、会えそうな予感がしていた。
巡回ルートをいくらも行かないうちに、雨が降り出す。
往来の人々は蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
傘を差していても、無意味と思うほどの雨だ。
呉服屋の軒下に逃れた者達は、皆タオルやハンカチで濡れた顔を拭いている。
その中に、土方は見知った顔を見付けた。「今日も傘を忘れたアルか?」
「・・・ああ」
近づいてきた神楽は、彼の言葉の微妙な間に気付くことなく笑顔を向ける。
「もう少し小降りになったら、また傘に入れてやってもいいアルヨ」