王子様の理想
「沖田さんは、局長達と一緒に行かれないんですか?」
屯所の窓から夜空を眺める沖田に、山崎は声をかける。
組の主要幹部達は皆、色町に繰り出していた。
彼らの仕事には命がけのものが多く、そうした気晴らしもたまには必要なのだろう。
だが、夜の街に繰り出す隊士達の中に、沖田の姿が混じっていたことは今までなかった。「俺ァ、おしろいくさい女は好かねーんで」
「え、じゃあ、男の人の方が・・・・」
「死にますかい?」
無表情のまま、ちらりと自分の方を見た沖田に山崎は首を振って答えた。
何しろ、鬼の副長相手にも物怖じせずぶつかっていく沖田だ。
監察の山崎など、気に入らなければ簡単に斬り捨てられそうだった。「じゃ、じゃあ、沖田さんの好みの女性ってどんな感じなんですか。浮いた話とか聞きませんし」
「・・・そうですねィ」
両腕を組んだ沖田は、目を瞑りながら思案する。
「持参金が山ほどあって一生食うのに困ることがない女」
「・・・・」
あとから何か続くのかと思ったが、そのまま彼は口をつぐんでいる。
「それだけですか?あと、顔とか、性格とかは・・・・」
「顔はあればいいでさァ」
怪訝な顔で訊ねる山崎に、沖田はあっけらかんと言った。
どうやら、彼の女性を見る基準は財を持っているかどうからしい。
昔、貧困のためによほど苦労をしたのかと思ったが、沖田の過去は誰も知らなかった。
「あとは、裏切らない女がいい」
それから話題は別なものへと変わり、立ち上がった山崎が襖に手をかけた瞬間、背後から小さく聞こえた。
振り向くと、沖田は再び窓に顔を向けている。
「・・・お孝ちゃんのことですか?」
つい、口から出た名前に、沖田は少しだけ口端を緩めた。目をつぶれば、すぐに思い出せる彼女の死に顔。
白い面が瞼に焼き付いている。
体を斬られ、苦しみながら息を引き取ったとは思えない、安らかな表情だった。
あのとき胸の奥に生じたチリチリとした痛みの原因は分からない。
ただ、確信していたのだ。
彼女は、死んでなどいないと。「万事屋のあの娘を見たときに、気づかなかったですかい?」
「・・・なんの話ですか?」
「生きていたんでさァ、孝は。夜兎族の生き残りだなんて、また嘘をついて」
「・・・・沖田さん」
「俺の所業を、恨んでいなさる」
山崎の問いかけなど届いていないように、薄い笑みを浮かべる沖田はぶつぶつと繰り返している。
窓枠に頬杖をつく沖田の後ろ姿を一瞥すると、山崎は黙ってその部屋をあとにした。
「お孝さんって、誰のことですか?」
山崎を呼び止めたのは、入隊したばかりの新人だ。
二人の会話を聞いていたのか、山崎の後ろを歩きながら興味深げに訊いてくる。
「お孝ちゃんは、昔、この屯所にいた飯炊き女だよ。近所から通っていて、この屯所のアイドルだった」
「へぇ・・・・」
「沖田さんとはしょっちゅう口喧嘩をしていた。あの人がちょっかい出すのは、気に入っている証拠みたいなものだからね。自覚はないようだったけれど、たぶん好きだったんだろうな」
「今は、どうしてるんですか、その人は?」
現在、屯所は入隊した者しか出入りできない男所帯だ。
何故そうした人がいなくなってしまったのかという素朴な疑問は、山崎の一言で明かされた。
「沖田さんが斬った」驚きのあまり、すぐに声は出なかった。
唖然とした新人隊士に、山崎は困った顔で説明をする。
「攘夷派のスパイだったんだ。そして、局長に知らせがいく前に、沖田さんが始末した。彼女の死に顔を見ても、沖田さんは平然としていたよ」
「・・・・・そう、ですか」
山崎がその場に駆けつけたとき、沖田は血に濡れた刀を持ち、足元に転がるお孝の亡骸を静かに見つめていた。
その後、遺体の始末をする彼は実に冷静で、親しい者の死を悼む様子は微塵もない。
数日の間、屯所の仲間達は、沖田は人間らしい情など持ち合わせていないのだと噂しあった。
だが、それは皆の勘違いだったのだ。
他の誰よりも、彼はお孝の裏切りに傷ついていた。
その感情を、誰にも話せないほどに。
思いを口に出せなかったことで、傷はさらに深い場所へと侵食していく。「あの・・・・万事屋のチャイナ娘は、そのお孝さんって人に似ているんですか?」
「いいや。髪や目の色、顔だって全然違う。同じなのは、年齢くらいだろうね」
首を傾げる新人隊士を、山崎は悲しげな表情で見やる。
狂っているのだ。
おそらくお孝が死んだときに、誰にも気づかれることなく、少しずつ心の歯車はずれ始めた。
そして、内面がどれほど病んでいようと、一番隊隊長である沖田はこの組織に必要不可欠な存在なのだ。
「あの子なら、救えるんだろうか・・・」
暗い空気の中、俯いた山崎は独り言を呟く。
沖田と真剣勝負で張り合うことが出来て、彼を恐れることのない唯一の少女。
市中見回りの最中、彼女と出くわしたと怪我をして帰ってきた沖田は、楽しそうだった。
毎日のように厨に赴き、今はもういない彼女と口論していたときと同様に。
あとがき??
お孝ちゃんは、『新選組!』で沖田さんと仲良かった子です。オリキャラを出して申し訳ない。
内容的には『チキタ☆GUGU』が元ネタだったんだけれど、見る影もない。(涙)
すみません。みんな別人28号で。
山崎、どんな人か分からないから勝手に作っちゃったよ。監察なんだから、よく人を見ているかと。
沖田くんに対しては敬語でいいんですかね。一応、彼、隊長だから。
いろいろ、見逃してください・・・・。
王子様ってのは、外見のイメージだろうか。でも腹黒。彼の一番の魅力はそのギャップですね。
サディスティック星の王子、いや、神楽ちゃんの王子様でいてください。まだ、書きたいかな・・・。沖神。