新婚さんいらッしゃ〜い 2
日の当たらない縁側で、神楽がよだれをたらして寝ていた。
ハワイ旅行から帰ってきた神楽が、屯所に居着いて一週間が経つ。
現在、真選組で所帯を持っている隊士はいないが、休息所と称する別宅を持ち、そこに妾を住まわせている者は多くいる。
てっきり沖田も屯所の近くに家を買うのかと思っていたのだが、彼は最初からここに住む心づもりだったらしい。
屯所が手薄になることを危ぶんだからと言うが、貯金が全くないというのが本音だろう。
隊長クラスの給金は破格のはずだが、土方暗殺のための呪術に、毎月大金をはたいているのは公然の秘密だ。
「これが、本当に人妻の寝顔かよ・・・」
ぐぅぐぅと幸せそうにいびきをかく神楽を、土方は呆れながら見つめる。
おそらく、慎みというものを彼女は知らないにちがいない。
「おら、起きろ。風邪ひくぞ」
さすがに他の隊士達のように蹴りつけるのは憚られ、身を屈めた土方は彼女の体を揺する。
起きる気配は全くない。「・・・まさか部屋まで運べって言うんじゃねーよな」
業を煮やした土方が神楽の肩を掴み、怒鳴ろうとしたときだった。
「人の女房に手を出す気ですかい」
耳元で聞こえた冷ややかな声音に、土方は仰天して振り返る。
気配に気づけず接近を許してしまったこともあるが、言葉の内容が聞き捨てならない。「だ、誰がこんな小娘に」
「土方さん、これでも「人妻」ですよ「人妻」。「人妻」「団地妻」「未亡人」。土方さんが大好きな言葉の一つじゃねーですかい」
「好きじゃねえ!」
口車にのっていきり立つ土方を、沖田は面白そうに見ている。
「こっちによこしてくだせェ。そいつ、昨日はあんまり寝ていないんでさァ」
「・・・・ほらよ」
言われるままに、足元に転がる神楽の首根っこを掴んだ土方は、彼女を沖田の方へと放る。
何で睡眠不足なのか、寝ずに何をしているのか。
興味はあったが訊く勇気はない。
彼らが夫婦だと言われても、どうしても子供のままごと遊びにしか見えなかった。
「あ、そうそう。これ、土方さんに」
「・・・・何だ、これは」
「ぴょん吉」
震える声で訊ねる土方に、沖田は軽い口調で答える。
沖田から手渡されたのは、縁日で売っているのをよく見かける小さい兎だった。
「名前なんて聞いてねーよ!ここで動物を飼うのは禁止だって、何度も言っただろーが!!」
「ペットじゃねーですよー。それ、沖田家の跡取り息子。地球人と宇宙人のハーフでさァ」
「・・・・・」
思いがけない言葉の数々に、土方は開いた口が塞がらなくなった。「あ、跡取りって、お前」
「こいつが生んだんですぜ、少し前に」
神楽を指差しながら平然と言われ、土方はもう一度腕に抱いている兎を見つめる。
赤い瞳と白い毛皮、長く伸びた耳。
誰がどう見ても兎だ。
「・・・からかってんじゃねーぞ、こら」
「土方さん、知らねーんですかい?夜兎ってのは3日もあれば子供を作れるんでさァ。今はそんなでも、あと数年すれば人の形になるって言いますぜ」
「・・・・」
「俺には両親なんざいねーし、土方さん、孫と思ってよろしく面倒みてやってくだせェ」沖田は終始真顔で締めくくった。
いや、彼は誰かをからかうときも全く顔色を変えないのだが、人の良い土方はいつも騙されているのだ。
「あのー・・・・沖田さん、あれ、兎ですよね」
兎を紐で背中にくくりつけて歩く土方を指差し、山崎がおずおずと訊ねる。
「猫や犬に見えますかい?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど・・・」
「本当に面白いお人でさァ、土方さんは」
沖田は口端を緩めていたが、山崎は心配するだけで、到底笑えない。
もちろん不審に思っているのは山崎だけではなく、他の隊士も怪訝な表情をしていた。
だが、“鬼の副長”と恐れられている土方に、「何で兎を背負っているんですか?」と訊ける者はいない。
彼の機嫌を損ねれば、即「切腹」だ。「勝負の続きをするアルぅ・・・・」
裾を引っ張られて振り向いた沖田は、眠たげに瞼を擦る神楽を見ると少しだけ表情を和らげる。
「あー、目が覚めやしたか」
「沖田さん、勝負ってなんですか?」
「昨日は徹夜で将棋、その前はオセロ、その前の前は人生ゲーム、その前の前の前は・・・・・もう忘れた」
「・・・・新婚さんの夜って、そんなもんなんですか」
毎晩毎晩そんなことをしているのかと、山崎はあきれ果てる。
その意味が分からずきょとんとした神楽は、視界の隅に土方を入れるなり、急に瞳を輝かせた。「あ、ぴょん吉!」
「万事屋から連れてきやした。土方さんが世話をするから、好きなときに遊ぶといいですぜ」
言いながら、沖田は神楽の頭をポンポンと叩く。
沖田の留守中、どこか寂しそうに屯所をうろついている彼女の、遊び相手を連れてきたつもりだろう。
にいっと笑った神楽を横目に、案外この二人、うまくやっていけるのではと思った山崎だった。
あとがき??
兎は・・・たぶんただの兎。
定春の次に、神楽がペットとして飼っていた様子。
他の話とリンクしています。
ただの土方さんがラブリーな話になってしまった気がしますよ。あれ。