銀ちゃんの負け
銀時も新八も定春も、仕事のために家を空けていた。
大工仕事の助っ人だったが、以前同じ仕事依頼があった際、屋根をぶち抜いた失敗を踏まえて神楽は留守番だ。
「つまんないアルネー」
ぶつぶつと呟きながら、ぼんやりと窓から階下を眺めていると、通行人の一人が立ち止まる。
神楽の天敵だった。
「暇そうだなァ、チャイナ」
「・・・何か用アルか?」
神楽が憎まれ口を叩く前に、沖田は微かな微笑を口元に浮かべた。
「外に、遊びに行きませんかい?」
「・・・・」
沖田が仕事着でないのは、非番なのか、いつものサボりなのか。彼のことは相変わらず嫌いな神楽だが、何しろ退屈だったのだ。
天気は、神楽の体調には丁度良い曇り空。
真選組の隊長を務める彼に付いていけば、懐の心配をすることなく食事は出来そうだった。
「みんな、楽しそうアルねー」
周りを見回しながら言った神楽だったが、ソフトクリームを頬張る彼女も負けじと楽しそうだった。
遊園地に来て、不景気な顔をしている者は滅多にいない。
家族連れやがカップル多く、皆、笑顔で園内を歩いている。
神楽も今日は金銭面で援助をしてもらっている都合、沖田に突っかかっていくことはなかった。「3時から『プリごろ太』のショーをやるアルヨ。絶対に観るネ!」
「へーへー」
素直に神楽に従っていた沖田は、ふと足を止めて、その方角へと顔を向けた。
傍らを歩いていた神楽は、不思議そうに彼の顔を覗き込む。
「どうしたアルか」
「3時まではまだ時間がありやす。それまで、時間つぶしにあれでも乗りましょうや」
「あれ?」
沖田が指差す先にあるのは、この遊園地で一番の呼び物である巨大な観覧車だ。
そして、これが今日の彼の目的でもあった。
「・・・・あれは駄目ヨ」
それまでのはしゃぎようが嘘のように、俯いた神楽は急にしゅんとした声を出した。
予想外の返答に驚いた沖田は、間髪入れずに訊ねる。
「何で?」
「銀ちゃんが言ってたアル。あれは危険な乗り物だから、銀ちゃんか新八以外の男と乗っちゃいけないって」
「・・・・」
銀時は観覧車を何の用途で使うか、分かった上で神楽に言い聞かせたに違いない。
そして、何だかんだ言いつつも、神楽の中で銀時の言葉は絶対なのだ。「代わりに、あそこでお茶でも飲むアルヨ」
「またですかい?」
神楽に腕を引かれて歩きながら、沖田はそれほどがっかりしていない自分に気付く。
何しろ、今日は神楽が珍しく笑顔で、繋いだ手のひらからは彼女の体温が伝わってくる。
予定は変更してしまったが、それだけで十分なような気がした。
「おめでとうございますー」
レストランの扉を開くなり、鳴り響いたクラッカーの音に沖田と神楽は目を見開いた。
眼前に並んだ店員達は皆笑顔で拍手をし、カメラを二人に向けている。
ただ茶を飲むためにこの店に立ち寄っただけで、何がめでたいのか、彼らには計りかねた。「お客様達は、この店が開店して一千組目のカップルなんです」
「ええ!?」
「当レストランでの一日食べ放題の特典があるのですが・・・・」
言いながら、店長らしきその男性は沖田と神楽をじろじろと眺める。
「お客様達はカップルということで、よろしいでしょうか?もしかして、ご兄妹・・・・」
「ち、違うネ!カップル。私達、ラブラブな恋人同士アルヨ!!」
何しろ、食べ放題がかかっているのだから、神楽は必死に声を張り上げていた。
「何じゃこりゃーー!!」
大工仕事から帰ってきた銀時は、床に落ちていた一枚の写真を拾うなり、絶叫していた。
その声に、ソファーで居眠りをしていた神楽は半身を起こして玄関を見やる。
「おかえりヨー」
「神楽、何なんだ、これは!」
「・・・・写真」
「そんなの分かってるんだよ。写っているものについて聞いてんだ」
靴を脱ぎ捨てて自分に詰め寄る銀時を、神楽は目を瞬かせながら見つめる。
「遊園地に行ったら、一千組目のお客様になったアル。ラブラブな証拠を見せろって言われたからチューしたネ」写真は記念としてレストランの店員がくれたものだ。
そこに写っているのは、沖田に抱きつき、その頬にキスをする神楽の姿だった。
食べ放題のためならば、これぐらいのことは苦でもない。
彼の顔が多少強張っているのは、突然のハプニングに頭がついていけないからか、極端に動揺しているかのどちらかだろう。「銀ちゃんに言われたから、観覧車には乗らなかったアル」
「・・・・・」
褒めて欲しいのか、にこにこ顔で自分を見上げてくる神楽の頭を、銀時はため息と共に撫でる。
観覧車=男女がキスをするところ、というのは若者達の鉄則。
神楽の身を守るための約束だったというのに、この写真を見るかぎり、全く無意味だったようだ。
「神楽ー、あんまり沖田くんに近づいちゃ駄目だよ」」
「うん?」
「どうやら、お前のこと狙ってるみたいだから」
「あんな奴、怖くないアルヨ!!私の方が強いネ」
「・・・・そうね」
言葉の意味を分かっておらず、息巻く神楽の頭を銀時は軽く叩く。
本当に怖いのは沖田の存在よりも、神楽が彼の気持ちに気付いてしまうことかもしれなかった。
あとがき??
神楽ちゃんのことを好きだと自覚している沖田くんの話でした。
神楽ちゃんはまだのようですが。
本誌で、観覧車はチューをするものと沖田くんが言っていたので、こんなの書いてしまった。
神楽ちゃん、親の心子知らず・・・・・。
しかし、食べ放題、神楽のせいで店がつぶれないか心配な。