思考少年


「あんたのかい?」
写真が一枚、廊下に落ちていた。
あか抜けない地味な着物を着て、全く化粧気のない娘が写っている。
前を歩いていた若い隊士は、それを拾った沖田に対して慌てて頭をさげた。
「そうです。有難うございます!」
「誰?」
写真を返しながら沖田は何気なく訊ねる。
若い隊士は、はにかんだ微笑を浮かべながらその写真を見つめた。

「故郷にいる幼なじみです。こっちで働いて金を貯めて、帰ったら祝言を上げようと約束したんです」
「へぇ・・・」
相槌を打つ沖田は彼につられてか少しだけ口元を綻ばせた。
「なかなかべっぴんさんじゃねーかい」
「そんなことないですよ」
謙遜して頭をかく若い隊士は、幸福そのものといった顔で笑っている。

願いはおそらく成就することだろう。
故郷に帰り、写真の彼女と結婚して、あたたかな家庭を彼は築く。
目に浮かぶようだ。
若い隊士は故郷自慢の話を続け、沖田はそれを珍しく笑顔で聞いていた。

 

 

殺してやろう。
そう、思った。

 

 

 

若い隊士の切腹はそれから数日後の早朝に行われた。
ある密告に従って彼の部屋を調べ、長州の間者であることを示す文が見つかったのだから言い逃れは出来ない。
ただ、死ぬ間際まで、若い隊士は自らの潔白を叫んでいた。

「可哀相になァ・・・・」
若い隊士の粗末な墓に手を合わせた沖田は、心の底から同情的な声を出す。
彼の介錯をしたのは沖田だが、その前日も、刀の手入れをしながら何度も呟いていた。
遺品を受け取るため、故郷からやってきた者の話によると、若い隊士の恋人は訃報を聞くなり川に身を投げたということだ。
沖田の「可哀相に」という言葉には、彼女のことも含まれているのかもしれない。

 

「お前も墓参りかい?」
背後の気配に気付いた沖田は、振り返ることなく声を出す。
いつからいたのか、山崎が墓石に向かう沖田を静かに見つめていた。
「あの人に何か恨みがあったんですか?」
その問いかけに、沖田はただ微笑を返す。
恨みも何もない。
会話をしたのは一度だけで、沖田はそれほど彼のことを知らなかった。

「近藤さん達に言うかい?」
沖田の予想通りに、山崎は首を横に振る。
疑惑の文が見つかった日、沖田が彼の部屋から出てきたのを山崎は目撃した。
それでも生かされたのは、彼が他言しないと沖田が知っていたからだ。

「昔から、幸せそうな奴を見るとめちゃくちゃにしてみたくなるんでさァ」
頭上を舞う蝶を目で追うと、沖田は囁くように声を出す。
「だから、お前のことは嫌いじゃねーんですよ」
ひらひらと飛ぶ蝶はつがいだった。
片方の蝶を簡単に捕まえた沖田は、羽根をちぎって無造作にそれを捨てる。
ほんの少しの躊躇もない。
ひどく残酷な光景なのに、山崎の目に、沖田の整った横顔はどこか寂しげに映った。

 

沖田は両親を早くに亡くしたが、姉夫婦に大切に育てられ、周りには近藤や土方という彼を親身の思う人間が常にそばにいたのだ。
愛情が不足したことなど一度もないにちがいない。
それなのに、何故、彼はこんなにも人の心が欠けているのか。
いくら考えても、明確な答えなど山崎の頭に浮かんでこなかった。

 

 

 

山崎と別れた沖田は、とくに目的もなく、ぶらぶら周囲を散策する。
急に、日が陰った。
雲で太陽が隠れたのかと思ったのだが、見上げると、塀の上を一人の少女が歩いている。
彼女とその傘が、丁度日光を遮っていたのだ。
鼻歌は何の曲か分からなかったが、彼女はいやに楽しそうだった。

「何か、いいことでもありましたかい?」
「あったアル。これを銀ちゃんに買ってもらったネ」
エヘヘっと笑う神楽は、機嫌がいいのか沖田の問い掛けにも素直に答える。
神楽が手に持っていたのは小さなブーケだ。
彼女の性格を考えると食べ物の方が喜びそうだが、そうした感覚は普通の少女と一緒らしい。
「そんなもん、すぐ枯れちまう」
「そうネ、だから、綺麗だと思えるアルヨ」
話しながら、塀から飛び降りた神楽は沖田のすぐ目の前でにっこりと笑う。

「はい」
ブーケを半分にした神楽は、片方を沖田へと差し出した。
意表を突かれた沖田はそのブーケと神楽の顔を、交互に見やる。
「・・・何のつもりでェ」
「お前、前に不眠症だって言ってたネ。これを枕元に置いておけば、いい匂いがして安眠できるアル」
「・・・・」
確かに、世間話のついでにそうしたことを漏らした覚えはあった。
だが、大事なブーケを自分に分けるその意図が分からない。
「いいのかい?」
「幸せのお裾分けアル」

 

幸福な人間を見るとそれを壊したくなる。
相手が誰であろうと同じだ。
それなのに、神楽の笑顔は不思議と不快ではない。

「あんた、面白いお人だねェ・・・」
「お前ほどじゃないアルヨ」
沖田がブーケに手を伸ばすと、神楽の顔はいっそう綻ぶ。
彼女の言うとおりかもしれないと思った。


あとがき??
『壬生義士伝』の斉藤さんが衝撃的だったので真似してみようと思ったのですが、河村恵利先生の足利直義になっていた。
おかしいな。
神楽ちゃんは沖田くんの欠けた部分を持ち合わせた半身なので、彼女に何とか沖田くんを幸せにしてもらいたいと思います。


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