涙 2
「チャイナさんって、可愛いですよね」
「・・・・何?」
「万事屋のチャイナさんですよ」
にこにこと笑う山崎を見て、沖田は思わず眉をひそめる。
「そうかい?」
「よく見ると整った顔していますよ。色白だし、ピンクの髪もラブリーじゃないですか」
「・・・俺にはくそチビにしか見えねーな。乱暴だし、男みてェ」
「今はね。でも、あの顔立ちは将来有望ですよ。あと2、3年すればきっと周りが放っておかなくなる」
未来の神楽を想像し、山崎が楽しげに語ると沖田の眉間の皺はますます深くなった。
山崎がたまに神楽を誘ってミントンをしていることは沖田も知っている。
だが、その裏にこのような下心があるなど、思ってもみなかった。「今のうちに手懐けておけば、良い展開に持っていけるかも」
「気の長いこったなァ・・・」
適当に返事をしながら、沖田は知らずに自分の服の胸元を掴んでいた。
胸の奥に、妙な痛みが走る。
変な物を食べた記憶はないが、どこか、体調が悪いのかもしれない。
「あ、噂をすれば、彼女ですよ。小間物屋の手前の」
弾んだ声を耳にした沖田は、山崎が見ている方へと視線を向ける。
確かに、あの藤色の傘は神楽のトレードマークだ。
「着物姿なんて、珍しいですね・・・・。でも、やっぱり可愛いや」
山崎はたちまち顔を綻ばせたが、沖田にしても、それも頷けた。
赤い着物を身につけて小さい歩幅で歩く彼女はいつもよりずっと女の子らしい。
何かを捜すように首を巡らせる神楽を、皆が振り返って見ていた。
いつになく着物姿ということもあるが、やはりその容姿が人目を引いているようだ。「俺、ちょっと挨拶してきます。沖田さんも行きましょう!」
「・・・別にいい」
「そう言わずに」
山崎に引きずられながら、神楽との距離を縮める沖田はどんどん気分が悪くなる。
それが頂点に達したのは、山崎に褒められ、神楽がはにかんだ笑顔を浮かべたときだ。
天の邪鬼な性格を自覚している沖田は、けして山崎のように彼女を喜ばせることが出来ない。
微笑み合う二人に疎外感を覚えて、気付いたときには、思ったことと反対のことを口にしていた。
「ブス」
あとは、自然といつも通りに罵詈雑言が滑り出てくる。
好き放題に罵れば、神楽が怒り出すのは分かっていた。
当然殴られることも覚悟していたというのに、彼女の反撃は沖田が予想もしなかったものだ。
大粒の涙を見た瞬間、殴られるより激しい痛みに襲われた。
駆け出した神楽を山崎が追いかけたが、到底彼女の足には追いつけず、すぐに戻ってくる。「沖田さん、ひどすぎですよー。女の子を泣かすなんて」
「うるせーや」
八つ当たりで山崎の頭を叩くと、彼は痛そうに頭を抱えて蹲った。
だが、それぐらいで気分が晴れるはずがない。
何故、神楽があの程度の悪口で泣き出したのか。
いくら考えても、沖田には皆目見当が付かなかった。
万事屋の銀時が真選組の屯所へ乗り込んできたのは、その夜のことだ。
普段は自堕落な生活をしていても、彼の腕にかなう隊士はいない。
局長の近藤は妙のいるスナックへ、土方は所用で出かけていたために、その報せは一番隊隊長である沖田の元へと伝えられた。
「あー、なるほどなァ」
子供をいじめれば親がすっ飛んでくるのは道理だろう。
納得して頷いた沖田は、伝達係の平隊士にすぐさま命じる。
「傷つけちゃいけねーよ。そのお方は俺に用事だから、ここに通しなせェ」
「は、はい」丁度その頃、抜刀した隊士達に囲まれて難儀していた銀時は、報せを受けた隊士によって救われ沖田の部屋まで案内された。
ただ「沖田に会わせろ」と言っただけなのに、ここまで騒がれると思わなかった銀時はふてくされている。
だが、隊士達が夜襲と誤解するほど、銀時が険しい表情をしていたということだろう。
「お茶、飲みやすか?」
「神楽に何をしやがった」
座布団を勧めたが、銀時は立ったまま沖田を見据えていた。
畳の上に腕を組んで座る沖田は、困ったように首を傾げる。
「・・・何もしてませんぜ」
「嘘つけ。それなら何で神楽が泣くんだ。今だって、押し入れから出てこようとしない。あいつが飯を食わないなんてなぁ、お天道様が西からのぼってもねーことなんだよ。あいつの天敵なんて、お前しかいねーだろ」怒鳴りつけられた沖田は、驚きに目を瞬かせた。
どうやら、彼女は自分の言葉を気にしてふさぎ込んでいるらしい。
確かに、沖田は神楽を罵倒するようなことを言った。
だが、神楽と仲良しの山崎はきちんと彼女を褒めたのだから、問題はないはずだ。
「・・・俺を謀ろうとしてやすか?」
「アホ!」
銀時の言っていたことは本当のようだった。
万事屋に行くとまず、おろおろと狼狽える新八に出迎えられる。
銀時が外から呼びかけても、押入の中にいるという彼女は返事をしなかった。
彼女の家族である彼らは、当然強引な手段に出ることはない。
だが、沖田は別だ。「おい、チャイナ。襖を叩き壊されるのと、家ごと燃やされるのと、どっちか選びな」
「どっちも嫌アル!」
押入の前に立つ沖田の一言で、その襖は簡単に開かれた。
彼が冗談を言うタイプでないことはよく分かっていたからだ。
目元を赤くした神楽はあからさまに不機嫌な様子だったが、沖田はかまわず彼女の腕を掴み、体を支えて押し入れから引っ張りだす。
「昼間は悪かったなァ。お人形みてーだったから、驚いて、反対のことを言っちまった」
床の上に立たせると、その頭をぽんぽんと叩いた。
「あんたは宇宙一の別嬪さんだ」
銀時と新八が目を丸くしている中で、神楽の顔はあっという間に真っ赤になる。
「旦那ー、約束通り、ちゃんとチャイナを外に出し・・・・」
振り向いた沖田は銀時に体を押され、最後まで言葉を続けられなかった。
何故だか、神楽を背にかばう銀時と新八に鋭く睨まれている。
「お前、今度からうちに出入り禁止!」
「・・・・来いっていったり、来るなって言ったり、ややこしいもんですねェ」そのまま万事屋を追い出された沖田だが、昼間から胸に蟠っていたモヤモヤしたものが、すっきりと消え去っていた。
やはり、人間正直に生きるのが一番のようだ。
新たな土方いじめの方法を算段しながら歩く沖田の顔には、自然と笑みが浮かんでいる。
もちろん、新たに手にしたおもちゃも、山崎などに渡さず楽しむつもりだった。
あとがき??
な、長らくお待たせしたのに、つまらない話で申し訳ない・・・・。
密かに山神。好きなんです。