君に告げる
「いってきやす」
「おー気を付けろよーー」
靴を履いて出ていく沖田を、近藤は手を振って見送った。
彼らの後ろ姿を眺めながら、山崎はごく普通の家庭の親子のようだと思う。
実際は彼らに血のつながりはなく、沖田は珍しく仕事をする気になったのか、見回りに行っただけだ。
屯所の空気が妙に和んでいるのは、土方が所用で出かけ、近藤が仲間達に声をかけて歩いているせいだろう。
普段は好いた女性をストーカーするろくでなしだが、彼には妙に人をホッとさせる、不思議な雰囲気があるのだ。鬼のいぬ間に洗濯をしようかときびすを返すと、唐突に扉が開かれる。
立っていたのは出ていったばかりの沖田だった。
「・・・・随分と早いお戻りで」
「って、早すぎるだろう。どうした?」
怪訝な表情で沖田を見た近藤は、次の瞬間、大きく目を見開く。
表情なく佇む沖田は、小脇にあるものを抱えていた。
ぐったりとした様子で目をつむっている少女は、万事屋のチャイナ娘こと、神楽だ。
生きているのか死んでいるのか、ぴくりともしない。「そ、総悟ーーー!お前、よそのお嬢さんになんてことしたんだ!」
「殺したんじゃないですよね」
慌てて駆け寄る近藤と山崎を一瞥し、沖田は不満げに声を出す。
「屯所の前で行き倒れていたんでさァ。俺がやったんじゃねーや」
外はギラギラと太陽が照りつけている。
体はいたって丈夫だが、日に弱い彼女が倒れた原因は、それしか考えられない。
屯所を出てすぐ道端に寝転がる神楽を見つけ、沖田はそのまま踏みつけて素通りしようとした。
彼女の呼吸が、今にも止まりそうなほど微弱でなければ、たぶんそうしていたはずだ。
そのまましゃがんで暫く待ってみたが、神楽を助けそうな人物が通りかかることはなく、仕方なく沖田は彼女を抱えて屯所に戻ったのだった。「山崎ー、俺の部屋に冷えピタシート持ってこい」
「えっ」
「熱にやられたんだったら、冷やせば何とかなるはずでさァ」
「じゃあ、俺は保護者に連絡を入れておくな」
そのような雑用は小者に任せればいいのだが、近藤は自ら電話のある場所に駆けていく。
屯所内でクーラーがあるのは幹部クラスの部屋だ。
もともと、近藤に背中を押されて見回りに行くことになったが、沖田は今日のように暑い日は昼寝をすると決めている。
さぼるためのよい口実が出来て幸いだった。
趣味の悪い部屋。
それが、神楽の第一印象だ。
土方を呪い殺すための、怪しげなオカルトグッズがところ狭しと並んでいる。
目を開けた神楽は一瞬自分のいる場所が分からず混乱したが、隣りで寝入る沖田を見てすぐに納得した。
万事屋にはクーラーがない。
扇風機も壊れた。
涼を得るため、図書館かスーパーに行こうとして、神楽は途中で力つきたのだ。
意識を失う寸前に見たのは屯所の前に掲げられた『真選組』の看板だったような気がする。
そこに、運悪く沖田が出てきたということは、今の状況から何となく予想が出来た。「でも、涼しいアルなぁ・・・・」
寝返りを打ち、壁際にあるクーラーを見上げた神楽は自然と顔を綻ばせる。
つい先ほどまで、万事屋で汗みずくになりながら苦しんでいたのが嘘のようだ。
何となく傍らへ顔を向けた神楽は、アイマスクを付けたその顔を凝視する。
人の寝顔は通常より幼くなるというが、彼の場合はどうだろう。
好奇心から手を伸ばした神楽はアイマスクを無造作に掴んだが、その下から出てきた顔を見るなり悲鳴を上げそうになった。
寝ていると思ったのは勘違いだったようだ。
大きな目玉のアイマスクの下では、同じように見開かれた瞳が神楽を真っ直ぐに見据えていた。
「お、起きてたなら、そう言え、馬鹿!」
「・・・命の恩人にひでー言いぐさ」
あまり気にした風でもなく、アイマスクを元の位置に戻すと沖田は再び静かに横になる。
やかましく言い返されると思っていた神楽は妙に拍子抜けしてしまった。「・・・・帰るアル」
「好きにしなせェ。外はまだ暑いから、またぶっ倒れないよう注意しな」
言われて、神楽は初めて窓の外を見つめる。
太陽は容赦なく照りつけ、暑さのあまり蜃気楼が見せる気がした。
この部屋との温度差がどれほどなのか、全く予想出来ない。
想像するのも怖かった。
「何やってんのーー、お前!!」
近藤に呼び出されて屯所にやってきた銀時は、襖を開くなり大きく声を出していた。
「あっ、銀ちゃんv」
「旦那ー、久しぶり」
ごろごろと寝転がる神楽は沖田の腹に頭を載せた格好で銀時に手を振っている。
彼女が倒れたと連絡をもらい、心配して駆けつけたのが馬鹿のようだ。
「・・・お前ら、仲悪かったんじゃねーの?何でそんなにくっついてるんだよ」
「「寒いから」」
二人は銀時の問いかけに同時に答えた。
それならばクーラーを切ればいいと思うのだが、そうすると暑いのだそうだ。
だから、冷えた部屋の中で厚着をして身を寄せ合っているのが丁度良いという。「電気代がもったいないだろ。けーるぞ!」
「いやアルーー!!!秋になったら帰るアル」
「このまんまこいつの部屋に居座るつもりかよ。そんなふしだらな娘の育てた覚えはねーぞ。それで、今の若いもんは出来ちゃった結婚なんかしちまうんだよ」
父親のような口振りで言う銀時は神楽の体を引っ張るが、彼女は部屋の隅に設置してある巨大な木彫り人形に必死で掴まっていた。
我関せずといった様子で傍観していた沖田は、大事な人形が壊されそうなことに気づくと、渋々体を起こす。
沖田以外、誰にも買わないと思われる凶悪な顔をした悪魔の人形だが、それなりの値段はするのだ。
粉々になったらもったいない。
「チャイナ」
「何だヨ!」
「また、いつでも来な」
耳慣れた棘のある声ではなく、穏やかな口調で言われる。
ゆっくりと目線を上げた神楽の頭に、沖田は軽く手を置いた。
「待ってる」微笑んだと思ったのは、気のせいだろうか。
沖田は呆気にとられた神楽から後ろにいる銀時へと視線を移す。
「帰らねーんですかい?」
神楽の手はとっくに木彫りの人形から離れていた。
眉根を寄せた銀時は、沖田の顔を睨むようにして見ると、いかにも不機嫌そうに呟く。
「・・・嫌な感じ」
十分すぎるほど休息を取った沖田は、洗濯物を畳み終えた山崎を連れて夕方の巡回に出発した。
日差しが弱まったせいか、幾分暑さは和らいでいる気がする。
やはり、昼間の見回りなどしなくて正解だ。
「チャイナさん、すぐ元気になって良かったですね!走って帰りましたよ」
「そーかい」
気のない返事をした沖田は、口元に手をあてて欠伸をしている。「沖田さん、実はチャイナさんのこと気に入ってるでしょう」
「・・・・何で?」
「沖田さんが他人を部屋に入れるなんて、滅多にないじゃないですか。近藤さんくらいですか?」
「・・・・」
言われてみる、そんな気がする。
妙な呪術の品がある沖田の部屋にはもともと人が寄りつかないが、誰かが訊ねてきても入れた覚えはない。
人に、自分のペースを乱されるのが嫌いなのだ。
目障りなはずの神楽は、今日はそばにいてもあまり気にならなかった。「そういえば、新しく手に入れた毒の効果を試したいと思っていたところでさァ。お前、今夜あたり俺の部屋に来るかい?」
「遠慮しておきます」
にっこりと笑って即答する山崎に、沖田は同じように笑顔を返す。
お互い腹では別のことを考えているはずだ。
神楽は明日も来るだろうか。
とりあえず、手みやげがあれば中に入れるよう、屯所の見張りの隊士に言っておこうと思った。
あとがき??
スキマスイッチの「君に告げる」を聞いていて考えたネタ。
「添い寝沖楽」のはずが、「ごろ寝沖楽」になっている気がする・・・・。(汗)
333333HIT作品。
リンさん、長々とお待たせしてすみませんでした!