妾?
「総ちゃん、あなたそんな抱き方したら危なっかしいわよ」
「そーかい?」
忠告を無視した沖田は、腕を伸ばして赤ん坊を高く抱え上げる。
母親の心配をよそに赤ん坊は明るい笑い声を立てており、怖いという感情は今のところないようだ。
栗色の髪に鳶色の瞳の赤ん坊は沖田によく似ているが、表情は彼よりもずっと豊かで愛らしい。
道行く人々も、明るく微笑む赤ん坊の姿に目を止めて、度々声をかけてくる。
一組の仲の良い男女に赤ん坊、はたから見れば何とも微笑ましい光景だ。「あー、心配だわ。この子ってば総ちゃんそっくりだから。総ちゃんみたいに性格歪んじゃったらどうしましょう」
「ひでーこと言うない」
「だって、半分は総ちゃんと同じ血が流れているんだもの。怖いわよ」
いかにも不安だという顔をする母親に、手足を動かす赤ん坊を抱えなおした沖田は不満げに言い返す。
「俺に似たんだったら、天下だって取れる大物になれまさァ。もう少ししたら真選組に入隊させりゃーいいや。その頃には俺が副長だ」
真選組の隊士の中には恋人や妻子のいる者がいるが、屯所内に住まわせるわけにいかない。
よって彼女達に別宅を買い与え、そこに通うのが通例となっていた。
万事屋のすぐ近くにもある隊士の別宅があり、買い物帰りにその家の前を通った神楽は、新八の顔を見上げて訊ねる。「ゴリラや多串くんも、こんな家を持っているアルか?」
「さあ。近藤さんは毎日姉上のところに通っているからそんな暇ないんじゃないの。土方さんは近藤さんの分も真選組を仕切っているから忙しそうだし。別宅を構えているとしたら、いつもふらふらしている沖田さんかなぁ」
買い物袋を抱える新八は、笑いながら答えた。
自分で言っておいて何だが、あの性悪な沖田が女といちゃつく姿というのが、どうしても想像出来ない。
何しろ人をいじめることが生きがいの男だ。
彼に恋人がいるならば、真っ当な性格の自分にいない方がおかしい。「ま、そんなことはないだろうけど」
「分からないアル。もしかしたら、隠し子がいて、のんきにその辺を散歩しているかもしれないアル。奥さんは茶髪の美人で髪を一つに束ねているネ」
「ハハハッ。まさかー・・・・いやに具体的だね」
「あそこにいるアル」
「えっ!」
神楽の指差した方向を見た新八は、目と口を大きく開けて買い物袋を落としてしまった。
斜め右の道からやってくるのは、確かにほのぼのとした家族連れだ。
話題となった沖田が、赤ん坊を大事に抱えて傍らの女性と話し込んでいる。
少しだけ表情が和らいで見えるのは、大事な人と一緒にいるせいだろうか。
「・・・チャイナ」
視線を感じ、振り向いた沖田は、新八と神楽を見るなり立ち止まる。
眉間に皺が寄ってしまったのは、彼女の顔を見たときの習慣だった。
相手も不快げな表情をしているのだから、お互い様というものだ。
「誰、総ちゃんのお友達?」
「違う」
彼はいやにきっぱりと言い切ったが、それは確かだ。
しかし、それならばどういった関係なのかと聞かれると、答えに窮する。
しいて言えば腐れ縁が一番近い。「でも仲良くして頂いているんでしょう。こんにちは、総ちゃんがいつもお世話になっています」
沖田の傍らの女性がにっこりと微笑んで挨拶をすると、新八はたちまち頬を赤くした。
楚々として品のあるその女性は、年齢は少しばかり上のようだが、どこか姉の妙に似ている。
もちろん、目の前にいる女性には姉のように暴力的な一面はないことだろう。
「い、いえ、こちらこそ」
「亭主持ちに、惚れちゃいけねーぜ・・・・」
浮かれる新八の心情を察した沖田は、目を細めながら釘を差す。
その眼差しは凍り付くように冷ややかだ。
「・・・・新八、帰るアル」
「えっ、神楽ちゃん!」
神楽に突然腕を引かれた新八は、転倒しそうになるのを何とか踏ん張る。
「あ、どうも、さようなら」
体勢を立て直して声を出すと、彼女が笑顔で手を振っているのが見えた。
慌ただしく立ち去る二人が通りの角を曲がるのを確認し、彼女は微笑みながら沖田に話しかける。「可愛い子ねぇ〜」
「眼鏡が好みのタイプかい?」
「いやね、隣りにいた女の子よ。あの子、総ちゃんのこと好きなのね」
とんでもないことを言い出した彼女に、沖田は思わず赤ん坊を落としそうになる。
「はァ??何で」
「ずっと総ちゃんのこと見てたもの」
「見当違いでェ」
翌日、いつものように河原で寝ころび、仕事をさぼる沖田はぶつぶつと呟いた。
顔を見れば喧嘩なのだから、憎まれこそすれ、好かれているはずがない。
自分は嫌われているのだ。
何故だか妙に胸が悪くなって寝返りを打つと、アイマスク越しに誰かがそばに立っているのに気づく。
上手く気配を消しているようだが、彼にはすぐに分かった。
幸い、殺気はないようだから、即攻撃されることはないだろう。
「今日は赤ちゃん、いないアルか?」
「実家に帰った」
「お前、捨てられたアルか!!?」
「・・・・何、訳の分からねーこと言ってやがる」
半身を起こした沖田は、アイマスクをずらしてその存在を確認する。
「俺のねーちゃんだって家庭があるから、年中ふらふら歩いてる訳じゃねーんだよ」
つまらなそうに言うと、神楽の顔を仰ぎ見た。昨日はたまたま近くに用事があり、屯所に顔を出したらしいが姉は滅多に家から出ない。
赤ん坊が産まれた話は前から聞いていたが、実際に会ったのも昨日が初めてだった。
稀に屯所に現れる姉は、隊士達にとってアイドル的存在となっている。
沖田家の姉弟はよく見れば同じ面立ちなのだが、何しろ姉は善良で人当たりが良く、弟は底意地が悪い。
そうしたところが顔に出るのか、すぐに姉弟だと分かるものは少なかった。「ね、ねーちゃんって、お前、兄姉がいたアルか!!!!もしかして、パピーとマミーもこの世に存在するアルか!??」
「・・・・俺が木の股からでも産まれたと思ってたかい?」
「うん」
神楽が力強く頷くと、沖田は思いきり嫌そうな顔をした。
そもそも、宇宙人である神楽の方が、特殊な産まれ方をしている気がする。
どんなに性格が歪んでいようが、沖田は一介の地球人だ。
「そっか、お前のねーちゃんだったネ。ねーちゃん、ねーちゃん」
沖田の傍らに座ると、神楽は明るい笑顔を浮かべて繰り返している。
機嫌が良いようだが、その理由が分からず、沖田は怪訝そうに眉を寄せた。
「何でェ・・・、変な奴」
あとがき??
ちょっと神→沖っぽく。
史実の沖田くんには、おみつさんというお姉さまがいるので、こんな話を書いてみました。
沖田くん似の可愛い赤ん坊・・・・いいですねぇ。
両親が早くに死んで姉が親代わりだったので、沖田くんは彼女に逆らえない感じ。