愛の泉
喧嘩の最中、泉に落ちた神楽はなかなか浮かんでこなかった。
思えば、夜兎は日光を嫌い、日陰でひっそりと生きてきた一族だ。
室内プールが身近にある環境で育たなければ、泳ぐことなどなかったかもしれない。
ようやく神楽が溺れたことに気づいた沖田が駆け寄ると、とたんに泉がまばゆい光を放ち始める。
とっさに目を手で覆い、振り向いたときには、泉の縁に綺麗な若い女性が一人立っていた。「あなたが落としたのは、どちらの娘ですか?」
泉に住んでいるという噂のあった、水の女神。
全く信じていなかった沖田だが、実在していたらしい。
そして、女神の両側には二人の神楽が並んでいる。
右側はムチムチプリンのナイスバディな美女神楽、左側はいつも通りの神楽だが、頭に兎の耳、尻には同じく尻尾が生えていた。
沖田がたいして迷うことなく一方を選ぶと、女神はもう片方の神楽と共に、微笑みを残して消えていく。
どうせなら、どちらかと言わず両方置いていって欲しかった。
「夢か」
目を開けると見慣れた天井が見え、沖田は大きく欠伸をする。
今日の見回り業務は午後からだ。
朝は幹部中心の会議が開かれる予定だが、どのみち沖田の提案は土方によって軒並み却下される。
食事のあとは必ずデザートにアイスを付ける、毎日のスケジュールに昼寝の時間を入れる、といった提案なのだから受け入れられないのも当然だ。
このまま二度寝してさぼろうと心に決めたとき、沖田は布団の中に第三者の気配を感じた。
とっさに枕元の刀に手を伸ばしかけたが、相手に敵意は全くない。
いや、すやすやと寝息まで立てている。「・・・チャイナ?」
布団に広がるピンクの髪に仰天した沖田が布団を捲ると、確かにそこに横になっていたのは神楽だった。
だが、いつもの神楽ではない。
その頭部には兎のような長い耳が、尻には尻尾らしき膨らみがある。
布団の上で腕組みをした座り込んだ沖田は、難しい顔で思案し始めた。
一体、どこからどこまでが夢なのだろうか?
「てめー、うちの食料、食い尽くすつもりかーーーー!!!!」
土方は神楽からおひつを奪い取ろうとするが、彼女は構わず飯を食べ進めている。
隊士達の朝食ために炊いた米は、全て神楽の胃袋に収まってしまった。
仕事のない万事屋が一体どのようにして彼女を養っているのか、ほとほと疑問だ。「何とか言え、この野郎!!」
「無駄でさァ、土方さん」
土方が頬に米粒をつける神楽の首根っこを掴んで睨むと、後ろから沖田が口を挟む。
「どうやら言葉が話せないようですぜ、そいつ」
「ああ!??」
きょとんとした顔で箸を銜える神楽は、ぴこぴこと兎の耳を動かして見せた。
喋れないだけでなく、彼らの言葉を理解しているかも不明だ。
「・・・・これ、万事屋のチャイナ娘だろ?」
「ちげーやす。あいつには人間の耳がちゃんとついまさァ。こいつは、俺のペットの兎でカグラ」
「同じじゃねーか」
土方は眉をひそめたが、土方に首を掴まれるカグラはそれでもにこにこと笑っている。
言われてみると、神楽ならばこうした扱いをされれば、火のように怒ってすぐに攻撃してくるだろう。
何しろ、最強の戦闘民族の血筋なのだから。「っていうか、てめー、屯所でペットは禁止だと何度言えば・・・・・」
話の途中だったが、手の力が緩んだ隙に飛びついてきたカグラに、土方はギョッとする。
自分を排除しようとしている土方を勘で悟ったのか、潤んだ瞳は何かを必死に訴えていた。
耳は悲しげに下を向き、弱い者いじめをしているような錯覚に陥ってしまう。
汗を流した土方は咳払いをし、じろりと沖田に睨め付ける。
「次の飼い主を決める間だけだぞ」
顔が似ているためか、カグラの好物もまた酢昆布だった。
だが、耳付きカグラは気性が大人しく、顔立ちが綺麗な普通の少女だ。
殺伐とした屯所内に癒しを求める隊士達は、カグラの元へと貢ぎ物を持って次々にやってきた。
にっこり笑って耳を動かせば皆満足そうに帰っていくのだから、可愛い生き物は得だと思いながら、沖田は横取りしたお菓子をパクパクと食べている。
カグラは酢昆布さえあれば満足なのだから、お菓子を奪われたところで文句は言わない。「沖田隊長ー、カグラちゃん、散歩につれていってもいいですかー?」
「んー、頼まさァ」
山崎がカグラを膝の上にのせて頭を撫でているのを見ながら、沖田は適当に相づちを打つ。
妙な夢を見たせいか、寝不足だ。
その間にたっぷりと昼寝をしようと思ったのだが、立ち上がったカグラは沖田の袖をぐいぐいと引っ張っている。
どうやら、一緒に行こうと言っているらしい。「懐かれてますねー、沖田さん」
「・・・・」
無造作に頭を撫でると、カグラは心から嬉しそうに顔を綻ばせる。
いつものように、喧嘩が出来ないのは少々退屈だ。
だが、たまにはこうしたカグラも良いかもしれないと思った。
「見つけたぞ、この人さらいーー!!!」
「はあ?」
屯所を出て暫くすると、のんびりと歩く沖田と山崎はある二人組に行く手を阻まれる。
万事屋の、銀時と新八だ。
目が血走り、やけに疲れた様子なのが気になった。「何のことでさァ」
「しらばっくれるな。昨日の夜からうちの神楽が行方不明なんだよ、誘拐するなんざ、警察のすることか!」
「・・・・誘拐」
首を傾げる沖田は、銀時の視線の先にいるカグラへと顔を向ける。
何か、激しい誤解があるようだ。
彼らの気が高ぶっているのは、一晩中神楽を捜して走り回っていたせいだろうか。「旦那、これは兎でチャイナとは別人ですぜ」
「何、わけの分からないこと言ってやがる!そんなに似ている他人がいるもんか。何だ、その耳は。どういうプレイだ」
「あっ、ちょっと!」
山崎は慌てて止めたが、カグラの目の前まで来た銀時は頭の上の耳を強引に引っ張る。
額に涙をためたカグラは痛そうに顔をしかめたが、それも一瞬のことだ。
すぽんと勢いよく耳が外れると、カグラは目の前にいる銀時をまじまじと見つめ、「銀ちゃん!」と大きな声で言った。
まるで魔法がとけたあとのように、カグラはすっかり神楽に戻り、沖田にあかんべいをしつつ、銀時に負ぶわれて万事屋へと帰っていく。
残された沖田と山崎は、狐に摘まれた気持ちで長い間その場に佇んでいた。
心にぽっかりと穴が空いたようで、無性に寂しい。
「・・・・沖田さん、何かペット飼いましょうか」
「土方さんにどやされるぜィ」
その夜、沖田は再び神楽と剣と傘を交えて戦う夢を見た。
神楽が泉に落ちるのも、水の女神が現れるのも、全く一緒だ。
だが、女神の両脇にいる神楽だけは、昨日と少し違う。「あなたが落としたのは、どちらの娘ですか?」
メイド服で愛想良く微笑む神楽と、猫耳&尻尾付きの気の強そうな神楽。
目を細めて彼女達を眺める沖田は、真顔で女神に向き直った。
「猫耳!」
あとがき??
懲りない沖田くん。私はメイドがいいです・・・・。
リクは「兎化(兎耳・尾が付いた)した神楽に周りはメロメロ。沖神」。
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