どこでも押入れ


障子から朝の光が差し込む、静かな朝だった。

 

「沖田さん、早朝会議が始まりますよ」
目覚まし時計代わりに起床の合図をすることになっている山崎は、襖を開けて声をかける。
沖田はすでに半身起こした状態でぼんやりと前方を見つめていた。
「・・・眠い」
「朝は誰でも眠いんですよ。早くしてください」
「あと5分」
ぱったりと横になった沖田は、再び布団をかぶって寝る姿勢に持っていこうとしている。
山崎にすれば、昼間は土方の目を盗んで昼寝ばかりしているというのに何故まだ眠れるのかが不思議だ。
「寝過ぎると脳みそが溶けるんですよ!!」

強引に沖田から布団を引きはがすと、彼はごろりと畳に横になる。
その隙に素早く布団を畳んだ山崎は、さっさとそれを押入れへと運び始めた。
これがあるかぎり彼がいつまでも眠りの世界へ足を突っ込もうとすることを、山崎は重々承知しているのだ。
「早く隊服に着替えてくださいよ!」
言葉と共に押し入れの戸と開いた山崎は、そのままの姿勢でぴたりと動きを止める。
思考が、すぐには追いついてこなかった。

 

「しょーがねーなァ・・・」
「沖田さん!!!」
欠伸をしながら顔を洗いに出ていこうとした沖田は、山崎に珍しく鋭い声で呼びかけられ、ぴくりと肩を震わせた。
「な、なんでェ」
「うち、女人禁制なんですよ。子供とはいえ、ばれたら副長にどんなお叱りを受けるか。早く出ていってもらってくださいよ」
「・・・・はァ?」
布団を抱えたままオロオロとしている山崎に、沖田は素っ頓狂な声をあげる。
その言いようでは、まるで沖田が女を屯所に連れ込んだように聞こえた。

「なに、わけの分からないことを・・・・」
体の位置をずらし、山崎のかげに隠れていたものを確認すると、沖田の目は徐々に大きく見開かれる。
枕を抱きしめて熟睡する、ピンクの髪の少女。
見間違えるはずがない、万事屋のチャイナ娘こと神楽だ。
「なんでこいつが俺の押入れの中に・・・・」
「えっ、沖田さんが連れ込んだんじゃないんですか?」

顎に手を当てた沖田は、寝る前のことをじっくりと考える。
夜の反省会が終わったあと、幹部の者達は色町へと繰り出し、未成年の沖田はさっさと自室に引き返して眠りについたのだ。
そのとき部屋に神楽の姿はなく、日中も顔を合わせることはなかった。
「・・・・銀ちゃん」
小さな呟きに思考を中断させた沖田が目をやると、丁度神楽が瞳を開けた瞬間だった。

沖田と神楽は会えば喧嘩の、犬猿の間柄。
当然、続く行動が予測でき、沖田が反射的に屈むと代わりに神楽の拳は山崎に命中する。
「なんでお前が私の部屋にいるネー!!!!」
「・・・・知るかい、そんなの」
鼻血を出して倒れた山崎を眺めつつ、沖田は心からの本音を口にしていた。

 

 

 

 

どういった理屈かは見当が付かないが、万事屋の押入れと沖田の部屋の押入れが、時空を越えて繋がってしまったらしい。
神楽は万事屋の自分の部屋で眠ったつもりでも、翌朝になると沖田の部屋に移動している。
毎朝、それの繰り返しだ。
近頃屯所の近くに出来た新ターミナルが磁場を乱しているのかもしれないと予測する者もいたが、すでに完成したものを今更取り壊すわけにいかない。

 

「はー、いつもいつも、すみませんねー」
気の抜けた声で挨拶をするのは、屯所まで神楽を迎えに来た銀時だ。
このところ神楽は屯所で朝食を取って帰るのだから、本当に迷惑きわまりない。
10人分を軽く平らげる神楽の旺盛な食欲は、見ているだけで腹がふくれそうに思えてしまう。
「押入れの外で寝ればいーじゃねーか」
「あそこじゃないと、私、眠れないアルヨ」
銀時の腕にしがみつく神楽は沖田に向かって舌を出しながら答える。

「でも、銀ちゃんと一緒の布団なら眠れるかもしれないネ」
上目遣いに自分を見る神楽の額を、銀時は軽い力でデコピンする。
「だれがてめーみたいなガキと一緒に寝るか。寝小便されるのがオチだろ」
「乙女に向かって、ひどいアルー!」
「ま、あと5、6年したら考えてやるよ」
じゃれつく神楽を適当にあしらうと、銀時は玄関先まで出てきている沖田達に笑いかける。
「じゃあな」
「・・・・」

無言の返事をする沖田は、連れ立って出て行く彼らの後姿を長い間見つめ続けていた。
二人を見ているうちに無性に腹が立ったのだが、その理由がなんなのか沖田には分からない。
繋がってしまった押入れ。
気持ちはどこまでも一方通行だ。

 

 

 

「あれ?」
翌朝、いつも通り沖田を起こしにやってきた山崎は、押入れを開いて怪訝そうな声をあげた。
「今日はいませんよ、チャイナさん」
「・・・・」
その一言のおかげで、寝ぼけ眼だった沖田はすぐさま覚醒する。
山崎の後ろから押入れを確認したが、確かにそこはもぬけの殻だ。
それが普通の状態だというのに、不自然な事態が続いたせいで、妙に違和感がある。
「押入れで寝るの、やめちゃったのかもしれませんね。顔が見えなくなるとちょっと寂しいかな」
苦笑しつつ沖田の布団を片づける山崎を横目に、沖田は暗い面持ちで俯いている。

“銀ちゃんと一緒の布団なら眠れるかもしれないネ”
あのとき聞いた神楽の言葉と、銀時を見つめるはにかんだ笑顔が、頭の中でよみがえった。
嫌に気持ちがむしゃくしゃして、今ならば簡単に人を一人斬り殺せそうだ。

 

「うわあぁぁーーーーーー!!!!」

 

幹部が寝泊まりする宿舎に、とんでもない大絶叫が響いた。
顔を見合わせた沖田と山崎は、同時に駆け出しその場所へと急行する。
局長の身に何かが起きたのかと思ったのだが、悲鳴がしたのはその隣り、副長の部屋だ。
すでに何人かの隊士達が集まる中、その中心にいるのは寝間着姿の神楽と彼女の下敷きになっている土方だった。

「もー、うるさいアルネーー」
「し、死体かと思った・・・・」
押入れを開けたとたん寝ぼけた神楽が飛び出してきたのだから、驚くのも当然だ。
普通、そのような場所に人が入っているとは考えない。
どうやら昨日まで沖田と繋がっていた万事屋の押入れの空間は、今日は土方のところに繋がったらしい。
神楽の部屋はよほど屯所と相性が良いようだ。

「土方さんはやっぱり相当のビビリでさァ」
「うるせー」
嫌味たっぷりに自分をからかう沖田を見上げた土方は、彼の顔を一目見るなり、訝しげに眉を寄せる。
「・・・なにか、いいことでもあったのか?」
「えっ」
「てめーが素直に笑うなんざ、珍しい」
言われて初めて、沖田は自分の口元に笑みが浮かんでいたことに気づく。
誰かを苛めたときに出る笑いとは、少し様子が違っていた。
しかし、神楽の顔を見てホッとしたなど、口がさけても、とくに土方には絶対に言えない。
「・・・秘密でさァ」


あとがき??
どこでもドアっぽく。ドラえもんー。


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