辻占 1
「私の酢昆布返すアルーーーー!!!!」
「言いがかりはよせやい」
傘を振り回す神楽の攻撃を避けつつ、沖田は箱に残っていた最期の酢昆布を口に入れる。
「あああーーー!!!」
絶叫した神楽に空の箱を放り投げた沖田は、意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
「俺はただ、落とし物を処分しただけでェ」
「私が落とした酢昆布アルヨ!!今月の、最期のお給料・・・・・」
段々と口調を悲しげなものにした神楽は袖口で涙を拭い,燃えるような瞳で沖田を睨み付ける。
「勝負アル!!」
「おっと」闇雲に突進してきた神楽を刀でいなした沖田は、角を曲がってやってきた老婆の姿にギョッとした。
繁華街の裏にある狭い路地だ。
危うく接触しそうになったところを無理に避けたため、壁に激しく体を打ち付けた沖田に神楽も慌てて駆け寄る。
「大丈夫アルか!!」
もちろん、心配そうに声をかけた相手は沖田ではなく、驚いて転倒した老婆だ。
「ああ、大丈夫だよ。すまないね」
白い髪を一つに束ね、どこか品のある雰囲気の老婆は神楽の手に掴まって立ち上がる。
散らばった老婆の荷物を拾った神楽は、その中の一つ、古いカードにふと目をとめた。「・・・・綺麗アルネ」
普通のトランプとは違う、不思議な絵柄のカードを集めた神楽はそれを元通り箱に入れて老婆に渡す。
「ああ、これはタロットカードといって、占いの道具なんだよ」
「占い!?ばーちゃん、占い師アルか!」
「そうだよ。夕方からその当たりで辻占いをやっているんだ。今日はちょっと時間がはや・・・・・」
神楽の背後に立つ沖田と目が合うなり、にこやかに話していた老婆はハッとした様子で口をつぐんだ。
怪訝な表情で沖田を見たあと、神楽は再び老婆へと視線を戻す。
「何ネ?」
「お前さん・・・・、死相が出ている」
沖田の顔を凝視する老婆は、もはや神楽など眼中にないようで、真っ青な顔で体を震わせている。
尋常ではない老婆の怯えように呑まれた神楽は、声を出せずに立ちつくした。
だが、死期が近いなどと突然言われても、そう簡単に信じられるはずがない。
沖田も同じ気持ちだったようで、「くだらねェ」と吐き捨てると、不機嫌そうに踵を返す。
「あっ、待つアルヨ!」
「病だよ、胸を患う病でお前さんは命を落とすんだよ・・・・これは運命だ・・・それが嫌なら・・・・」
老婆がまだ何か喋っていたが、離れていく沖田の方が気になって、神楽は彼のあとを追った。
彼女の声が、耳にこびりついたように離れない。
沖田は夜兎である神楽と張り合えるほどの腕を持った男だ。
あの老婆の言葉は嘘に違いないと思うのに、どうにも胸にモヤモヤとした物が残ってしまった。「・・・・何でェ、ついてくんなよ」
「うん・・・・」
憎まれ口を叩かれても、神楽は力のない声で答えるだけだ。
「あんなババァの言うこと気にしてんのかい?あんなものは・・・・」
振り向いた沖田はいつものように嫌味の一つも言おうとしたらしいが、咳に遮られて言葉は続かなかった。
2、3回苦しげな咳を繰り返したあと、口元に手をやった沖田は不安げな眼差しをした神楽の額を軽く小突く。
「ただの風邪でェ」屯所の入り口が見えてくると沖田は振り返ることなく行ってしまう。
会えば喧嘩ばかりで、まともな会話をしたこともない。
それでも、遠ざかる沖田の後姿に、神楽は確かに胸騒ぎを覚えたのだ。
「たのもーーー!!」
「ああー、また来たーーー」
「何度来ても、中には入れないっての。帰れ、チビ」
偶然その場に居合わせた山崎は、神楽と押し問答する門番を見かねて、彼らに近づいていく。
「チャイナさん、屯所は女人禁制ですよ。沖田隊長に用事なら伝えますから」
優しい口調で言われた神楽は、口をへの字に曲げて顔を背けた。
彼女が沖田の姿を見かけなくなって、一ヶ月は経過している。
何しろ最後に会ったのが、あの占い師に死を予告された日だ。
気にするなという方が無理だった。「あいつには酢昆布を奪われっぱなしネ。絶対弁償させるアルヨ」
「そうは言っても、沖田さんはここにはいないんだよ。上からの命令で屯所を離れているんだ」
「嘘ネ!!あいつがまともに仕事をしているはずがないネ!!」
強く主張する神楽に、山崎は苦笑するしかない。
彼女の言うとおり、サボり魔の沖田がまともに仕事をすることはほとんど無かった。
「これで勘弁してよ。ねっ」
懐をさぐった山崎は、ミルキーの包みを神楽に差し出す。
上目遣いに睨まれたかと思うと、膝頭を蹴られて山崎は痛みのあまり悲鳴もあげられずに悶絶した。
「子供扱いするなネ!!ばーか、ばーーか!!!」膝を抱えたまま通りに目をやると、神楽が自分に向かってあかんべえをしているのが見える。
非常に分かりにくいが、彼女なりに寂しいのかもしれない。
「とんだじゃじゃ馬だなぁ・・・・。顔は可愛いのに」
あとがき??
珍しく両思いっぽい二人です。続く。