そら 0


兄は旅立ち、父は出稼ぎを理由にしてあまり家に寄りつかなかった。
絶滅寸前の種族ゆえに親類はおらず、犯罪の多発する町では頼るべき知る辺も存在しない。
それでも、母が生きているうちはまだ良かった。
葬儀を終え、がらんとした家に取り残された神楽は、心の中で強く思う。
一人で待つのは、もう嫌だ。
父が帰らないのなら探しにいけばいい。
宇宙最強の力を持つ自分を恐れず、一人の人間として必要としてくれる、まだ出会っていないその人を。

 

 

 

「・・・・珍しいですね、沖田さんがこんな時間に起きてるなんて」
「馬鹿にするない。俺だってたまには仕事をしまさァ」
深夜の町を巡回する沖田は、後方を歩く山崎を見ずに返事をする。
そもそも、日中は何もせずに昼寝ばかりしているのだから、夜も眠れるはずがない。
どうも目が冴えてしまって暇つぶしで山崎にくっついて来たのだが、とりあえず仕事ということにしておいた。
「みんな、楽しそうですよねぇ」
飲み屋から出てきた若者達がわいわいと騒いでいるのを眺め、山崎は小さく呟く。
遅い時間になると大抵酔っぱらい同士の喧嘩に遭遇するのだが、幸い今夜の歌舞伎町はまだ穏やかなものだ。

「沖田さん、このまま何事もなかったら、ちょっとその辺りで一杯・・・・ぶっ」
よそ見をしていた山崎は、前を歩く沖田が突然立ち止まったためにそのままぶつかってしまった。
「な、何ですか!?」
「あれ、見てみなせェ」
「えっ」
促されるまま、彼の人差し指の先をたどった山崎は、そこにお団子頭の少女が横切ったのを見た。
何かを捜しているのか、きょろきょろと通り過ぎる者の顔を眺めている。
「チャイナさん。何でこんなところに・・・・」
「子供が歩きまわる時間と場所じゃねーなァ」
時計をチェックした沖田は、眉を寄せて山崎に指示を出す。
「補導してくるから、お前は先に行ってな」
「は、はい」

 

沖田が最初に感じたのは、神楽の保護者である銀時への怒り。
確かに神楽は尋常ではない腕力が有り、酔っぱらいに絡まれても滅多なことにはならないだろうが、彼女が子供であることに変わりはない。
そして、ここは歌舞伎町でも一番治安の悪いところなのだ。
ふらふらと歩く神楽は客引きをする男女が立ち並ぶ盛り場で思い切り浮いており、沖田はすぐに追いつくことが出来た。
腕を引いて振り向かせると、彼女は驚きに目を見開いたあと、すぐに不機嫌そのものといった表情になる。

「何するアルか、早く離すネ!!」
「てめーこそ、何してやがる。子供は家で寝てる時間だろィ」
「私は銀ちゃんを捜しているだけアル。邪魔するなヨ」
神楽はがなり立てたが、沖田はその手を離さない。
職務ということ以上に、神楽が妙に不安定なように見えて、放っておけなかった。
「・・・・旦那はどこに行ったか、大体は分かっているんだろうなァ」
「・・・・・・・」
唇を噛みしめる神楽は、小さく首を横に振る。
銀時が朝帰りをするのはいつものことで、どこで飲んでいるのか聞いたことはない。
新八が帰ってしまえば、神楽は家に一人きりだ。
母が死んだときの夢を見たせいか、夜中に目覚めた神楽はいても立ってもいられず外へと飛び出していた。
彼女にとっては、夜の闇よりも孤独の方がずっと怖い。

「一人は、嫌アル・・・・」
弱々しい声で呟く神楽は、涙がこぼれないよう必死に瞬きを繰り返す。
気の強い神楽のそんな姿を見たのは初めてで、気づいたときには、小さな体を強く抱きしめていた。
「俺じゃ、駄目かい?」

 

 

 

まだ甲府に行く話が出ていなかった時期だったから、沖田が神楽の耳元で囁いた「一人にしない」という言葉に偽りの気持ちはなかった。
騙そうと思ったわけではなく、心底彼女をいとおしいと思えたから抱いたのだ。
とはいえ13になったばかりの小娘に手を出した罪悪感があった沖田は、それから神楽に会うことを故意に避けた。
暫くして甲府の件を聞いたときは、正直ほっとしたと言っていい。
神楽に会うと何故か自制がきかなくなる。
自分が自分でなくなるようで、変わってしまうことが恐ろしかった。

 

「嘘つき!!!」
逃げ回っていた神楽についに掴まったのは、甲府に行く予定日の前日のことだ。
馴染みの駄菓子屋で沖田が来るのを待ち伏せしており、逃げ足の早い沖田でも逃亡は不可能だった。
沖田の甲府行きを知っているらしい神楽は、沖田が何を言っても「嘘つき」の一点張りだ。
「嘘って、何のことでさァ」
訊ねると、神楽の表情はさらに険しくなる。
「約束したアル!」
神楽が怒りの原因は、あの夜沖田によって茶屋小屋に連れ込まれたことではなく、約束を破ったことが原因だったらしい。
素人娘を相手にするのは初めてで、手一杯の状況だった沖田には、床でどんな大事な会話をしたのかが全く思い出せない。

「酢昆布10年分とか、そんな感じかい?」
思いつくまま言葉にすると、神楽に手加減無しで殴られた。
「分かった、分かった。もう明日には甲府に行って、てめーの前には顔をださねーよ。安心しな・・・」
「馬鹿!!!!!」
周囲の家々に響き渡るような大声で怒鳴った神楽は、瞳に涙をためたまま駆け出していく。
追いかけたところで、明日には江戸を去る身だ。
地べたに座り込んだまま神楽の後ろ姿を見送る沖田は、少々腑に落ちない気持ちで首を傾げる。
「一人にしない」という簡単な口約束が、神楽にとってどれほど価値のあるものか、近藤や土方という保護者が常にそばにいる環境で育った沖田にはまるで分かっていない。
一緒に生活している銀時や新八でさえ、神楽に与えることのなかった言葉だった。

 

 

 

「銀さん、いつまで続くんでしょう・・・・・」
「お前が何とかしろ」
「嫌ですよ。僕はもう、手足が痣だらけで」
こそこそと話す銀時と新八は、先程から休み無く食べ続けている神楽を横目で見ながら肘で互いの体を突いている。
近頃の神楽の食欲は尋常ではなかった。
普段から人の5倍は食べていたが、今は「お腹がすいた」と繰り返し、寝ている以外はずっと何かを口に入れているのだ。
止めようとすれば噛みつかれるのだから、もはや食費がどうこうよりも、神楽の体調の方が心配だった。

「あの小さな体のどこに食料をためておく場所が・・・・」
新八が疑問を口にした瞬間、神楽の箸の動きがぴたりと止まる。
そして、そのままスローモーションのように真横に倒れた神楽を、銀時と新八は目を丸くして見つめた。
「か、神楽ーーー!!!」
慌てて駆け寄ると、額から脂汗を流す神楽は腹を抱えて呻いている。
「きゅ、救急車、救急車!!」

 

 

どう見ても、食べ過ぎで体を壊したのだ。
薬をもらえばすぐによくなると思っていた二人は、病院で医者の診断を聞くなり、思わず絶叫していた。
「「に、妊娠ーーーー!!!!!」」
同時に声を出した銀時と新八に、医者は頷いて応える。
「そう。いくら二人分の栄養が必要だからって、食べ過ぎたら駄目ですよ。まあ、今のところ母子共に健康ですが」
「子供ってそんな、神楽が子供なんだろ・・・・」
混乱する銀時は、突然顔を衝撃を受けて床に転がった。
「見損ないましたよ、銀さん!!!いくら周りに女っ気がないからって、神楽ちゃんみたいな小さな子に手を出すなんて!!」
「ち、ちょっと、待て!俺がいつ・・・」
「しらばっくれないでくださいよ!!僕が帰れば、あの事務所に二人きり。僕がもっと注意してあげれば、こんなことには・・・」
ぼろぼろと瞳から涙をこぼす新八は、あとは言葉にならず嗚咽を漏らした。

「可哀相に、神楽ちゃん・・・・」
新八が嘆き悲しみ、医者が怪訝そうな顔をする中、銀時は殴られた頬を撫でさする。
銀時にはまるで身に覚えがなかったが、新八の反応を見ると、彼も同じようだ。
だとしたら、父親は一体誰なのか。
神楽にちょっかいを出す勇気のある男といえば、随分と限られているような気もした。

 

「嬉しいアルv」
意識がはっきりとしてから子供のことを話すと、神楽は満面の笑みを浮かべてそう言った。
産んで育てる苦労などは考えもしないようで、ただ純粋に喜んでいる。
「父親は誰なんだよ」
病院のベッドで半身を起こした神楽におずおずと訊ねると、神楽は苦虫でも噛みつぶしたような顔になった。
「・・・・・・・定春アル。神様にお祈りして作ってもらったネ」
「無理でしょう」
新八は間髪入れず突っ込みを入れたが、神楽は頬を膨らませて反論する。
「宇宙の神秘アルヨ。お前達、地球人の常識は私には通じないネ」
「うーん・・・・そういうものなのか」
「いやいやいや、人と犬じゃ子供は出来ないって、絶対」

それから銀時と新八は何とか父親の名前を聞き出そうとしたが、神楽は口を割らない。
産まれてきた子供の顔を見て何となく察せられたものの、それはずっと後のことだ。
沖田の言った「一人にしない」という約束は、彼の置き土産によって、ある意味守られたのかもしれなかった。


あとがき??
原作で、「銀ちゃんは寂しがりや」という神楽ちゃんに、「寂しがりやはお前だろ」という突っ込みがあったので、こんな話になりました。
次はまた6年後の話ですよー。
新八と総楽ちゃんがメイン!ラブラブにするのだ。年の差カップルラブです。


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