そら 10
甲府から江戸に戻ってからというもの、近藤はさっそくお妙のストーカーを再開したようだ。
毎晩お妙が務める『すまいる』に通い詰め、彼女のために給料の半分以上をそこで散財している。
店にとっても上得意の客のはずだが、ゴリラ似の容姿が災いしているのか、従業員の女性達に疎まれまくっているのが悲しい現状だ。
彼女達にたまには男前の土方を連れてきて欲しいと強請られたものの、本人にあっさりと断られ、代わりに白羽の矢が立ったのが沖田だった。
その曜日は沖田の楽しみにしている番組もなく、近藤のおごりならば断る理由もない。
「どーした総悟?もう飲まないのか」
「へェ・・・」
近藤と共に『すまいる』でくつろぐ沖田は、暇そうに店の内装を見回していた。
最初はメニューを眺めながら好きに飲み食いしていたが、1時間ほどすれば満腹になってしまい段々と眠くなってくる。
いくら昼寝をしても夜もしっかり眠れるところが彼の長所だ。
両脇には一応若くてスタイルのいい女性が座っているのだが、どうも顔が好みではなかった。
傍らに座ったお妙に冷たい対応をされながらも近藤はにこにこと楽しげで、まだ当分帰りそうもない。
「近藤さん、俺はそろそろ・・・・」
「どんどん注文するアルヨーーーv私、ドンペリが飲みたいネvv」
「・・・・・」
立ち上がり掛けた沖田は、どこからか聞こえてきた特徴的な語尾に、暫く思案してから後ろを振り返る。
1つ席を挟んだ場所で客を接待しているのは、見覚えのあるチャイナドレスの娘だ。
瞼をこすってみたが、それはどう見ても神楽だった。「・・・姐さん」
「はい?」
「チャイナ娘に客商売をさせるなんざ、無理がありすぎじゃねーですかい」
「ああ、神楽ちゃんのこと。やっぱり心配なのかしら」
「そういうわけじゃ・・・・」
ちらりと見ると、神楽はその毒舌で場を盛り上げているようで、意外に客は楽しそうにしている。
妙に腹が立ったが、それよりも力の加減をしない神楽がもし客を殴れば警察沙汰だ。
「家賃を払えなくて追い出される寸前だっていうから、お休みの子に代わって神楽ちゃんに来てもらったの。ちゃんとフォロー役を新ちゃんに頼んであるから大丈夫よ」
「フォロー役?」
にこにこ顔で語るお妙の言葉を聞き、沖田はもう一度よく目を凝らして神楽のいる席を見る。
神楽の傍らにはお妙が、いや、お妙によく似た和服の娘が引きつった笑顔を浮かべながら座っていた。
「お新ちゃんって、随分と大人しいんだねー。もっと飲みなよ」
「お、お気遣いなくー、うふふ」
「お新ちゃんは、ハスキーな声が魅力的だなぁ。おじさんの好みのタイプだよ」
赤ら顔の客の一人に手を握られ、新八は嫌悪感から鳥肌を立てる。
姉に頼まれて仕方なく女装して仕事をするはめになったが、たちまち店でNO.1の売れっ子になってしまうとは彼も予想外だった。
殴られるのが恐ろしくてお妙を近寄れなかった客が、彼の妹というふれこみの新八を指名しているのが真相らしい。
顔は美人でもたまに凶暴な一面を覗かせるお妙に比べれば、控えめな性格の新八の方がずっと親しみやすいようだ。「あ、あの、離してください・・・」
「お新ちゃんは本当に可愛いね〜〜。今度おじさんとデートしようよ。何でも買ってあげるよ」
「本当アルか!私、『ごはんですよ!』が欲しいアル!!」
「神楽ちゃんは食べることばっかりだなぁ」
神楽が途中で乱入したことにより客の気がそれ、手を引っ込めた新八はホッと息を付く。
子供の頃もよく妹が欲しかった姉に無理矢理女装させられたものだが、成人した今になってまた同じことがあるとは思わなかった。
万事屋の存続のためとはいえ、何ともやりきれない。
悶々と考え込むときの新八の物憂げな表情がまた客を惹き付ける要素なのだが、彼はそれには全く気づいていないようだった。
「こんな格好、絶対総楽ちゃんには見せられないよ・・・」
「楽しそうですねェ」
小さく呟きながらグラスを呷った新八は、テーブルの脇に立った沖田を見るなりウーロン茶を噴き出しそうになる。
「お、沖田さ・・・」
「激写」
そのまま使い捨てカメラで写真を撮られ、新八は驚いた表情のまま固まった。
にやりと笑った沖田は、絶対に何か悪いことをたくらんでいる顔だ。
「近所にばらまかれたくなかったら、口止め料」
「鬼ですかーー!」
金がないからここに来たというのに、逆に巻き上げられては意味がなかった。
それに、この場で新八が男だとばらされれば、客は怒り出し、お店の信用問題にも関わってくる。「あれ、お前も来てたアルか。ゴリラと一緒で目当ての女の子でもいるアルか??」
テーブルにあるつまみをせっせと口に運んでいた神楽は、ようやく沖田がいることに気づいたらしい。
「神楽」
「・・・・何ネ?」
手招きをされた神楽は、飲みかけだったオロナミンCの瓶を持って彼に付いていく。
沖田に伴われて大人しくカウンター席に移動する神楽を見ながら、新八は胸をなで下ろした。
何を考えているのか相変わらずよく分からない人物だが、どうやら神楽が他の客と親しく話しているのが気に入らなかったらしい。
「ああ、口止め料ってお金じゃなくて、彼女のことね・・・・」
近藤に付き添って沖田が『すまいる』に通い始めたのはこの夜からだ。
独り身で金の余っている沖田が神楽の食べる分の料金を払うため、店としても彼を歓迎している。
お目付役の新八は神楽を任せられる相手が現れればお役ご免のはずだったが、話はそう簡単に進まなかった。
店で一番の売れっ子へと上り詰めた新八を店主が簡単に手放すはずがない。
給金を倍にして引き留められているため、新八は自分の意志に反して仕事を続けることになってしまったのだ。「いつまで女装なんかしなきゃいけないのかなぁ・・・・」
姉に借りた着物を畳んでいた新八は、廊下を歩く音に気づくと慌ててそれを戸棚の奥へと隠した。
息せき切って駆け込んできたのは、真選組の屯所に遊びに行っていたはずの総楽だ。
「これ、新八って本当!?」
新八が何かを言う前に、総楽は懐から出したそれを彼に突きつけた。
驚いた表情で写る、和服美女の写真。
それは沖田に激写された、『すまいる』で働いているときの新八に間違いなかった。「あ、あ、あの、それは・・・・」
せめて、総楽の前でだけは男らしい武士のイメージでありたいという新八の夢はもろくも崩れ去った。
心の中で沖田を殴りつける新八だったが、総楽は何故か目をキラキラと輝かせて新八を見つめている。
「新八、凄く綺麗!!周りの人に自慢したいくらい!」
「え、いや、それは止めて欲しいけど・・・・・・・・そんなに似合ってる?」
「うん!」
満面の笑みで頷かれた新八は、妙にほんわかした気持ちになり、先ほどまで情けなくて悲しいと思っていたことなど忘れきってしまった。
総楽にさえ幻滅されなければ、あとはどうでもよかったらしい。
新八の真似をすることが好きな総楽は、以後、性別通りに少女の格好をすることが多くなり、新八も神楽も喜んでいる。
ただ、女装して一緒に歩いて欲しいとねだられることだけは、困りものだった。
あとがき??
新八、小さい頃は女装させられていたんですよねぇ。見たかった。
お妙さんの弟だから、きちんとメイクとかすれば可愛い顔なんだと思いますよ。
次は沖田くんと神楽ちゃんの話にすると言ったのに、また新八と総楽ちゃんがメインのようで、申し訳ない。