そら 14
「えー、投票と今までのポイントをプラスした結果、一位はジミー山崎となりましたー」
晴れやかなファンファーレと共に投票結果が発表され、山崎は驚愕の表情で立ち尽くす。
仕事面でも、プライベートでも、誰かの陰となって活動することの多い山崎には、初めてといって良い快挙だ。
「俺ですか!!?」
「理由としては「一番まともそう」「地味に頑張っている姿に感動した」「大阪に帰れ、この野郎!」などです」
「えっ、ちょっと、最期のやつってただの野次じゃ・・・・」
「お前が一位になったアルかー」
いつの間にか傍らまでやってきた神楽は、感心したように言った。
彼女の青い瞳を間近で見つめ返した山崎は、思わず唾を飲み込む。
多少性格に難ありとはいえ、神楽は美人だ。
スタイルはモデル並で、外見面では申し分がない。「ちょっと嬉しいかも・・・・・」
神楽とラブラブになったときの情景を想像して、自然と顔が綻んだ山崎だったが、幸せ気分は長くは続かなかった。
鯉口を切る音が耳に届き、夥しい殺気が背中に突き刺さる。
少しでも神楽に触れようものなら首が胴体から確実に離れるはずだ。
「辞退させて頂きます!!」
体を不自然に震わせた山崎は司会者に向かって手を振り、必死にアピールする。
「あ、そう。じゃあ神楽を獲得する権利は二位の新八に移ったな」
「えっ、僕ですか!?」
「まあ、理由はジミーと大体同じ感じで・・・」
投票の集計結果を眺める銀時は、「あとは3位が沖田くんで、4位が親父さんだな」と、気のない声で言った。
どうやら沖田と星海坊主のデッドヒートにより観客がとばっちりで怪我をしたため、あまり目立った活躍のない二人の方に票が集まったらしい。
「・・・・新八アルか」
振り向いて新八を見やった神楽は、小さな声で呟く。
その声音が意味深なものに感じられたのは、沖田が前々から二人の仲を勘ぐっていたためだろうか。
「よくやった、眼鏡!お前の方がまだマシだ。神楽との結婚も許すぞ」
星海坊主が大喜びしているため、沖田はさらに気が滅入る。
周囲は勝者が決まって盛り上がっていたが、とうの新八は何故か浮かない表情で星海坊主に向き直った。「あの、お気持ちはとても嬉しいんですが、結婚ってやっぱり本人の意思が一番大事だと思うんですよ。ようは神楽ちゃんが誰と一緒にいたいかでしょう」
新八が神妙な顔で語ると、静かになった観客の視線は一斉に神楽の方へと向かった。
「でも、神楽も今回のイベントにかなり乗り気だったじゃねーか」
「坊主さんが「おめでとう」って言ってくれなかったからですよ」
銀時の疑問に答えた新八は、同意を求めるように神楽に問いかける。
「気になってたんだよね、神楽ちゃん」
「まあ、そんな感じアルか・・・・・・。これでパピーの気がすむならって思ったアル」
「坊主さん。結婚、許してあげてもいいんじゃないですか?」
「・・・・・・」
神楽の真っ直ぐな眼差しを受け止めきれずに、星海坊主は顔を歪めて俯いた。
星海坊主にしても、娘が望むならそれを認めてやりたい。
だが、町で少し聞き回っただけでも沖田の評判は頗る悪く、普段は仕事をさぼってばかりで、たまに動いても周囲に多大な迷惑をかけるということだ。
さらには、6年前に神楽を傷つけて逃げた男だと思うと、簡単に認めるわけにはいかなかった。
「駄目だ!!!」
声を荒げた星海坊主は、拳を振り上げて力説する。
「神楽には俺みたいに男前で、気だてが良くて、金も持ってる、ジェントルマンな男じゃないと駄目なんだ!!」
「パピー・・・・」
「俺は昔から仕事ばかりで、神楽に寂しい思いをさせて、悪かったと思ってる。だから、神楽には絶対に幸せになってもらいたいんだよ。こんな奴と一緒になってみろ、絶対浮気されて泣くことになるぞ!」
「・・・・そうかもしれないアルな」
「おいおい、フォロー無しかい」
素直に納得して頷いた神楽に、沖田は思わず突っ込みを入れる。
屋台が並ぶ後方から突然悲鳴が上がったのはこの直後だ。「ワー、キャーとうるせーな。御輿でも出たのかよ」
騒ぎが広がりつつある場所に向かって目を向けた一同は、一瞬思考が停止した。
前にも一度見たことのある、タコに似た形の巨大な生物がその足で広場に集まった人々を襲っている。
「・・・・そういえば、あれの退治でこの星に呼ばれたんだった。何かを食べるたびに、どんどん大きくなるって話だったか」
「そんな大事なこと忘れないでくださいよーーーー!!!!」
不満をぶつけるだったが、宇宙を股に掛ける掃除屋である星海坊主は、さして動揺した様子もなく番傘を構える。
「今日はたこ焼きパーティーだな。あぶねーから、誰も手を出すなよ」
攻撃を受けたタコは暴れ出したが、夜兎との力の差は圧倒的だ。
銀時達が手助けする必要もなく、タコの足を次々と切り落として捕まった人々を救出すると、星海坊主は最期に傘の銃口を頭部へと向けた。
「あばよ」
引き金を引く間際、タコが口から吐きだした子供が視界に入り、傘の弾道が逸れる。
「坊主さん、後ろーー!!」
新八が絶叫したときには、すでに逃げられない距離に残されたタコの足が迫っていた。
反射的に目をつむった星海坊主だったが、衝撃はいつまで経ってもやってこない。
「沖田さん!!!」
新八と神楽が援護に走る中、山崎の叫びを聞いて星海坊主は我に返った。
目の錯覚でなければ、自分の代わりに倒れているのは、彼が今まで目の敵にしていた沖田だ。
傷口から流れ出た血が地面に広がり、星海坊主は退治すべきタコの存在も忘れて呆然と立ち尽くす。
「何やってんだよ、おい・・・・・」
近藤がさして親しくもない人間をかばって怪我をしているのを見て、沖田は常々、馬鹿だ馬鹿だと思っていた。
誰でも自分のことが一番大事なのだ。
近藤に関することを除いて、沖田は基本的に他人を助けることはしない。
困ったり、苦しんだりしているのを見ているのが逆に楽しかったりする。
「自分に甘く、他人に厳しく」をモットーに生きる自分が、まさか馬鹿の仲間入りをするとは、沖田自身が一番意外なことだった。
「・・・とどめをさしに来たんですかい」
覚醒してすぐに親父の禿頭が視界に入り、沖田は目を細めて訊ねる。
白い天井と壁の部屋は、おそらく病院だ。
怪我をした自分に星海坊主が会いにくるとしたら、それしか考えられない。
「殺すならとっくにやってる」
難しい顔で見舞い客の持ってきたバナナを食べる星海坊主は、先程からずっと窓の外を見つめている。
「何であんな無茶をしたんだ。俺はお前が大嫌いだし、お前だってそうだろ」
「へえ」
あえて否定はしなかった。
神楽の周りでいろいろと騒ぐ星海坊主が目障りなのは事実だ。「あんたに何かあったら・・・・、神楽が泣く」
沖田の呟きを聞くと、星海坊主の体が僅かに揺れた。
神楽の身内というだけで、星海坊主もいつの間にか沖田の守るべき対象となっていたらしい。
彼が危ないと思った瞬間に、体が動いていた。
どうやら星海坊主を疎ましく思う気持ち以上に、神楽のことが大切なようだ。
「アホか。お前が死んだって、神楽は泣くだろ。それに、夜兎はこの星の人間なんかよりずっと丈夫に・・・・」
いきり立った星海坊主は大きな声を出したが、包帯を巻かれた沖田の顔を見ると、とたんに目を伏せた。
そして、ポケットを探って出したものを沖田の体に押しつける。
「これは、俺の分だ」それだけ言うと、星海坊主はバナナの皮をゴミ箱に捨てて病室から出ていく。
星海坊主に渡された紙切れは、『第一回神楽争奪戦』の際に観客に配られた投票用紙だった。
確か、「神楽を一番幸せに出来ると思った人間の名前を書く」という決まりだ。
そこに乱暴に殴り書きされた自分の名前を見て、沖田は傷の痛みを堪えながら、静かに笑った。
あとがき??
やっと親父さん公認です。良かった。
長々と続いてしまって、どうもすみません。