そら 16
さっちゃんこと猿飛あやめは、雨が降る中、公園のベンチで傘もささずに一人しくしくと涙を流していた。
長年ストーキングしていた銀時に、ついに絶縁状を叩き付けられたのだ。
他に、好きな人がいると言われた。
相手は万事屋の下の階でスナックを経営しているお登勢だ。
まさか信じるとは思わず、適当に名前を出しただけの銀時だったが、あやめはすっかり諦めきっている。
「熟女好みだったなんて・・・・かなうわけないわ」
年輪を重ねた、貫禄のあるお登勢の顔を思い浮かべたあやめは、膝の上に置いた手を握りしめた。
彼女の頭の中では、お登勢は女として自分よりも格上の存在になっているらしい。立ち上がる気力すら無くし、俯いていたあやめは自分の体を濡らす雨粒が遮られていることに気づく。
振り返ると、ベンチの後ろに立つ人物があやめの頭上に傘を掲げていた。
「風邪を引きますよ、お姉さん」
長い時間雨に濡れて冷え切った体が、一気に火照ったように思える。
春風にたとえるのが一番ふさわしいその笑顔に、あやめは新たな恋に落ちたことを確信してしまった。
「何でも拾って来ちゃ駄目って言ったでしょう!!」
「ごめんなさい」
玄関先で声高に叫んだ新八に、総楽は素直に謝罪した。
彼女の後ろにぴったりと寄り添っているのは、恋する乙女と化したあやめだ。
新八の家に向かう途中、一人で泣いているあやめを見つけた総楽は、どうにも放っておけずここまで連れてきてしまった。
あやめがどれほど危険人物なのか知っている新八は、三軒先にも聞こえるような大きなため息をつく。
「あの、さっちゃんさん・・・」
「何かしら」
「さっさと出ていってください」
雨水を吸った総楽の着物をタオルで拭くと、傍らに立つあやめに新八はきっぱりと言い切った。
新八にしては珍しく厳しい物言いだったが、彼女の存在が総楽の教育上よくないことはよく承知した上での発言だ。「私とダーリンとの間を裂こうっての!?なんて酷い人なのかしら」
「えっ・・・」
突然あやめに抱きしめられた総楽は、わけが分からず目をぱちくりと瞬かせる。
「ちょっ、やめてください!僕の総楽ちゃんに病気が移ったらどうするんですか」
声を荒げた新八は、必死な様子であやめの手から総楽を奪い取った。
彼女が登場すると周囲の品性が急速に低下していくのだ。
本人に自覚はないのだろうが、まだ子供で純粋な心根を持つ総楽には、一番近づけたくない人物だった。
「あなた・・・・ダーリンのこと好きなの?」
「えっ」
怖いくらい真剣な眼差しで問われた新八は、思わず頬を赤らめる。
確かに総楽に好意は持っているが、今すぐどうこうしたいと思っているわけではなく、そのあたりの誤解を解こうとする前にあやめはさらに畳みかけた。
「「僕の」って言ったじゃない。男同士で、不潔よ!!新八くんがそんな人だったなんて!」
「男?」
ぽかんと口を開けた新八は、我に返ると、改めて総楽の出で立ちを頭から足の先まで眺めた。
髪を短く切り揃えた総楽は男の子用の袴を身につけ、「僕」という一人称を使っているため、少年だと勘違いされても仕方がない。「あのぅ、さっちゃんさん・・・」
「僕も新八が好きですよ」
新八があやめに弁解する前に、総楽が口を開いた。
何の思惑もない、無邪気な笑顔を向けられたあやめは、稲妻に打たれたようなショックを受ける。
汚れを知らない純真さの前では、いかなる邪心も太刀打ち出来ない。
「お幸せに・・・・」
「あっ」
目に涙をためたまま踵を返したあやめは、忍びらしく煙のように姿を消す。
伸ばしかけた新八の手は空を切り、総楽の本当に性別を伝えるどころではなかった。
「総楽ちゃんは本当は女の子なんだけどーー・・・って、聞こえていないか」
うーん、と小さく唸った新八だったが、彼女の性格上、二、三日すれば何でもない顔をして再登場しそうだ。
さして心配する必要もないだろう。
「そういえば、神楽ちゃんは一緒じゃないの?」
「母上は父上とイチャイチャしてます。何となく居づらいので、暫くここに避難しようかと」
「・・・あの二人は」身重の神楽は銀時が気を遣って休暇を与えているが、沖田はまだ勤務中のはずだ。
いつ仕事をしているのかと常々疑問に思うが、神楽達が出ていってから寂しい思いをしていただけに、こうして総楽がやってくることは素直に嬉しい。
「雨が止んだら、一緒にお買い物に行こうか」
「はい」
満面の笑みを浮かべる総楽を見て、自然と微笑んだ新八は先程までこの場で騒いでいたあやめをすっかり記憶の中から消去していた。
それぐらいの切り替えの早さがないと、この江戸の町では生活出来ないのだ。
「酷すぎる!熟女の次は、男に好きな人を奪われるなんて。何なの、この運のなさは」
雨はあがっていたが、先程と同じベンチに腰掛けるあやめは、ハンカチを握りしめて号泣していた。
彼女の心に芽生えた新たな恋心は、1時間もしないうちにうち砕かれたのだ。
大声で独り言を繰り返すその怪しさから、公園に遊びに来た子供や通りがかりの大人は見て見ぬ振りをしている。
本当は、彼も同じように手前の道を素通りしたかった。
だが、歌舞伎町の治安を守る身としては、不審者を放っておくわけにもいかない。
「あ、あの、大丈夫ですか。具合でも悪いんじゃあ・・・・」
怯えながら近づき、なるべく優しい声を出して訊ねると、目が合うなり彼女の顔がぱあっと輝いたような気がした。
非常に嫌な予感がしたが、今更引き返さない。
まさかこの出会いが地獄への道行きのきっかけになるとは、まだ知る由もなかった。
「屯所に女連れ込むんじゃねーって何度も言っただろうが、コルァー!!切腹させるぞ」
「ひぃーーー!!」
屯所に戻るなり、運悪く土方に遭遇した山崎は頭ごなしに怒鳴られた。
その場で飛び上がった山崎だが、あやめは素知らぬ顔で彼に寄り添っている。
「すみませんー!でも、は、離れてくれなくて」
「ダーリンと私は一心同体なのよ」
山崎の記憶が確かならば、彼女は銀時のストーカーだったはずだが、何故自分が追いかけ回されているのか。
いくら考えても分からない。
短い間に失恋を繰り返したあやめは相当打たれ強くなっているため、ちょっとやそっとの傷害では諦めてくれそうもなかった。
あとがき??
さっちゃんのモデルは、ハレグゥのユミ先生。初めて書いたよ、さっちゃん。
そら15で新八と総楽ちゃんの出番が少なかったので、付け足してみました。
この調子だと、山崎はさっちゃんの押しに負けて結婚しそうです。山崎×さっちゃん・・・・。マイナーすぎる。
そういえば、山崎忍者みたいな格好していましたよね。結構お似合いか。
銀ちゃんのストーカーをしていたさっちゃんは当然総楽ちゃんの顔も知っていましたが、銀ちゃん以外はあまり眼中になかったので、性別まで気づかなかった様子。