そら 3


6年前の神楽は胸にも尻にも肉があまり付いておらず、同じ13歳の少女達と比べても非常に貧弱な体系だった。
そして今、沖田の傍らに座る神楽は、別人のように健康的な成長を遂げている。
変っていないのはチャイナ服と髪形だけで、張り出した胸と細く締まった胴、つい触ってみたくなる形のいい尻も以前とは大きく異なっていた。
化粧っけはまるで無いというのに、唇は艶やかなピンク色で、肌も相変わらず白い。
通りかかる男が皆振り返って見ていくのも納得の麗人だ。
自分に向けられる視線に気づいているのか、それとも慣れているのか、傘を片手でいじる神楽は鼻歌を歌っている。
性格が少々難ありでも、これだけの見目ならば彼女と付き合いたいという男は山ほどいることだろう。

「で、話って何アルか」
ふいに声を掛けられ、神楽の横顔を凝視していた沖田ははっとなる。
「・・・話?」
「総楽がそう言っていたアル。早くするヨロシ」
「ああ・・・・」
総楽は両親の仲を取り持とうとしているらしく、突然二人きりにされたのだ。
行くところもなく近くの公園に足を向けたのだが、ベンチに座るなり会話が途切れてしまう。
甲府で過ごすうちに沖田の中で神楽の面影はすっかり薄れ、彼女へのあやふやな想いも同時に消え失せたと思っていた。
だが、再会して神楽の顔を見れば、今も変わらずに惹かれる。
総楽の存在は沖田にとっての天啓だろうか。

 

「これ、お前らにやる」
「何ネ?」
ぶっきらぼうな言葉と共に、目の前に一枚の紙切れを突き出され、神楽は怪訝そうにそれを開いていく
中には彼の名字が達筆な筆文字で書かれてきた。
「・・・・沖田」
地球生まれではない神楽にはあまりぴんと来ないが、簡単に譲られるものではないことは彼女もよく知っている。
「総楽が武士を志すなら、必要なものでさァ」
顔を上げた神楽に、沖田は最もらしく言った。

江戸では名字・帯刀が武士として認められる条件だ。
遠回しなプロポーズを理解したのかそうでないのか、神楽は紙と沖田の顔を交互に見比べ、最期に口元に笑みを浮かべた。
「気を遣わなくても大丈夫ネ。総楽は侍にはならないアル」
紙を沖田に返すと、神楽は立ち上がって沖田の顔を真正面から見つめる。
「総楽、家ではいつもお前の話をしていて、気に入っているみたいネ。これからも仲良くしてやって欲しいアル」
いつになく神楽の態度が柔和なのは、総楽に屯所の出入りを許していることが原因だったらしい。
そして、笑顔に見惚れる沖田に、神楽はその一言を残して去っていった。
「バイバイ」

 

 

 

昔は退屈凌ぎにからかって遊ぶことだけを考えていれば良かった。
だけれど今は彼女を見ると、体に触れてその声をもっと間近で聞きたいという思いが自然と沸いてくる。
幼児体型のチャイナ娘が数年であれほどの美女になるとは、詐欺のようなものだ。
そうと分かっていれば、最初から少しは優しく接して・・・・・・・・。

「無理だなァ・・・」
「沖田さんーーー、そろそろ交代してくださいよー」
呟いた直後に、山崎の声が耳に届いた。
場所は屯所内にある道場、総楽が剣術を本格的に学びたいと言いだし、手始めに周りをうろついていた山崎に相手をさせていたのだ。
聞けば、傘を使った攻防なら慣れているが、竹刀を持ったのは初めてだという。
そして、竹刀の持ち方から振り方まで一通り教え、天然理心流の基本的な型を見せると総楽はたちまちそれらを吸収していく。
暫く手合わせしただけで、山崎などあっという間に歯が立たなくなった。
父親譲りの剣の才能と母親譲りの剛腕があれば、向かうところ敵なしだ。

「総悟・・・、あれ以上やると山崎が可哀相だぞ」
たまたま道場に顔を出していた近藤は、総楽に一方的に攻め込まれる山崎に同情的な眼差しを向けている。
もう暫く哀れな山崎を見ていたかった沖田だが、近藤がそう言うならば仕方がない。
すたすたと彼らに近づいた沖田は、総楽の首根っこを後ろから掴み山崎から引き離した。
「今日はこれで終了でェ」
「はい、父上」
「近藤さん、こいつを井戸まで連れて行ってもらえますかい?」
「いいぞー、おいで、総楽ちゃん」
元々子供好きの近藤は、駆け寄った総楽を連れて嬉しそうに道場から出ていく。
井戸でくんだ水を使い、手ぬぐいで汗くさくなった体を拭くのは鍛錬をした者達の決まり事のようなものだ。

 

「山崎、お前も5歳の子供相手にこてんぱんにやられるなんざ、なさけねーなァ」
「うう・・・・面目ないです」
壁により掛かって座る山崎の前でしゃがむと、沖田は小さくため息をつく。
「俺が鍛え直してやりまさァ。さっさと立ちなせえ」
「えっ、い、今からですか」
「当たり前でさァ」
青ざめた山崎が悲鳴を上げて逃げようとしたとき、道場の扉が乱暴に開かれる。
沖田と山崎が同時に振り返ると、総楽を抱えた近藤が驚きに目を見開いた表情のまま立ちつくしていた。

「・・・・局長?」
「女だ!」
「・・・・・・・」
近藤の第一声に、沖田と山境は顔を見合わせる。
「どこに女がいるんでさァ」
「局長、何があったんですか?」
「女だ、女。この子が女の子だって言ってるんだ」
総楽を持ち上げた近藤は、小袖を捲ってその体を見えるようにした。
子供らしく丸い腹、そしてその下に男児ならばあるべきものが、総楽には無い。

 

『総楽は侍にはならないアル』

神楽の言葉が思い出されて、沖田は思わず「なるほどねェ」と呟いていた。
女児ならば、武士になることなど到底無理だ。
総楽の着物の前合わせを直しながら、とりあえず“女人禁制”の屯所の決まりを近藤に改定してもらおうと、心に決めた沖田だった。


あとがき??
そろそろ終わりたいんですが、何故男装していたか書かないと駄目のような。
沖田くんが女顔なので、同じ顔の総楽ちゃんを見てみんな自然と「男の子」と思っていたらしい。
あと一つくらいか。
プロポーズの仕方は『ハッピー・ファミリー』。


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