そら 6
背の高い建物が並ぶ歌舞伎町で、人の住まない空き家を取り壊して出来た更地は子供達の格好の遊び場だった。
だが、この日は集まった子供のはしゃぐ声も聞こえず、皆が地面に這い蹲って目を凝らしている。
雑草むしりの手伝いをしていたわけではなく、捜し物があったのだ。
「どこにもないアル・・・・・・」
肩を落とした神楽は、呟くのと同時に目を潤ませる。
総楽やその友達に紛れ、缶蹴り遊びをしていた際に、髪に付けていた蝶々の飾りを落としてしまった。
たまたま通りかかった沖田も含めて夕方まで捜したが、髪飾りは結局見つからない。
暗くなる道を気にして子供達に帰宅を促すと、沖田は俯く神楽の肩に手を置く。「諦めるしかねーなァ」
「・・・・」
「あんなどこにでもある安物、また買えばいーだろィ」
神楽を慰めるつもりで言ったのだが、顔を上げた彼女は鋭い眼差しで沖田を睨み付けた。
「馬鹿!!!お前なんか大嫌いアル!!」
その剣幕に驚いた沖田は暫し呆気に取られ、神楽は彼に構わず一目散に駆け出していく。
見る見るうちに小さくなる神楽の背中を、沖田はぽかんとした顔つきで見送った。
6年前と違い、多少落ち着いた雰囲気になった彼女がこれほど怒るのは珍しい。「何でェ、ありゃー」
「・・・・父上、母上があの髪飾り外出するときいつも付けていたの、知っていますか?」
「はァ?」
わけが分からないというように首を傾げた沖田に、総楽は小さくため息をつく。
「父上が初めてくれた物だから、特別なんですよ」
万事屋に依頼がなくとも、志村家の朝は早い。
長女である妙が仕事を終えて帰ってくる頃に新八が起き出し、総楽もほぼ同じ時間に目覚める。
新八が朝食を作るのを手伝い、朝刊を郵便受けから居間まで運ぶのが朝の総楽の仕事だ。
その日総楽が眠い目をこすりながら玄関先までやってくると、朝もやの中、郵便受けの上に蝶々が留まっているのが見えた。
青い、硝子細工の蝶々。「・・・父上?」
手に取って蝶々を確かめた総楽の口から、呟きが漏れる。
すぐに表の道に出て周囲を見回したが、早朝のジョギングをする若者が前を素通りしただけで、他に人気はない。
手の中にある蝶々の髪飾りをしげしげと眺めた総楽は、家の中に入り、真っ直ぐに熟睡中の母の寝所へと向かった。
気の強い神楽は、滅多なことで泣かない。
値段にかかわらず、この髪飾りは神楽にとって大切なものだったのだ。
「38度9分、立派な風邪ですねー」
体温計を見た山崎は、赤い顔をした沖田の額に氷嚢を置いた。
「沖田さん、昨日夜遅くまで薄着でふらふらしていたから風邪なんてひくんですよ。どこをほっつき歩いていたんですか」
「うるせェ・・・・」
悪態を付こうとした沖田だが、咳が続いてまともに喋ることも出来ない。
山崎は普段の飄々とした彼を見慣れているだけに、辛そうな姿を見るとどうも可哀相に思えてしまう。
とはいえ、山崎は普段沖田に散々悪質な悪戯をされているのだが、すぐに忘れるあたり人がいい。
「今日は一日安静にしていてくださいね」
「・・・・・」
顔を背けた沖田から返事は期待していなかったらしく、山崎はそのまま襖を閉めて出ていった。熱があるせいか、薬を飲んで横になった沖田は妙な夢ばかり見る。
意味不明なストーリーがほとんどだが、このときは最後に幼い頃に死んだ母親まで現れた。
病で倒れた父のあとを追うように亡くなり、幼かった沖田にはおぼろげな印象しか残っていない。
繋いだ手は細く、横顔の儚げな人だった。
母と正反対な、元気の塊のような神楽を好きになったのは、その死の反動だろうか。
大事な人間が急にいなくなり、寂しい思いをするのは二度とご免だった。
「総悟」
夢うつつをさ迷いながら、名前を呼ばれて目を開けると、いとしい人が自分の顔を覗き込んでいる。
頬に触れた彼女が不安げな眼差しを向けていたから、無理に頬を緩めてみせた。
笑っていても、怒っていても、何でもいい。
泣いてさえいなければ、彼女のどんな表情も好きだった。
手を伸ばして引っ張ると、それほど力を込めずとも、互いの顔が接近してくる。
誰かとこうして唇を合わせるのは、いつ以来だろうか。「んっ・・・」
熱に浮かされる沖田は、耳に届いた吐息を聞いて、ようやく眉を寄せた。
幻にしては、柔らかな感触が生々しい。
だが、彼女が屯所の、自分の部屋にいるはずがないのだ。
「・・・・神楽?」
「はいな」
素直に返事をした神楽を見つめ、沖田は今度こそ目を丸くする。
「これ、見つけてくれた礼を言いにきたネ」
にこにこと笑って髪飾りを指差す神楽を間近に見据えた沖田は、段々と頬が熱くなっていくのを感じる。
誰かの前で、ここまで無防備になってしまったのは初めてだ。
すっかり調子の崩れた沖田だったが、風邪のせいだと言い訳できるのは幸いだった。
「父上の具合はどうなんですかー?」
「あああ、あの、今は入らない方がいいよ!!!」
襖の隙間から中を覗いていた山崎は、背後から声を掛けられ、びくつきながら振り向いた。
そして、襖をかばうようにして立つ山崎に、総楽はきょとんとしている。
「二人とも、また喧嘩してるんですか?」
「いや、そうじゃなくて・・・・」
自分をどかして沖田の私室に入ろうとする総楽を何とか押し止め、山崎はしどろもどろに答えた。
「喧嘩じゃなくて、な、仲良くしてるんだよ、うん。だから、総楽ちゃんは俺と暫く外でミントンでもしよう」
「えー??」
あとがき??
きつい・・・・・。ラブラブを書くのは恥ずかしいんですよ。ひぃーーー。