そら
将軍様のお声掛かりで甲府での任務に従事していたため、真選組の主立った隊員達は久方ぶりに江戸の土を踏んだ。
公用で度々呼び戻されていた局長の近藤や副長の土方と違い、沖田が屯所に戻ったのは実に6年ぶりのことだった。
年齢の近い藤堂凹助などは大いに喜んだが、常日頃単独行動の多い沖田にあまり親しい友人はおらず、挨拶もそこそこに町内をぶらつき始める。
場所が甲府でも江戸でも、彼がやることは同じだ。
仕事を抜けだし、土方の目を盗んで昼寝をするのが、彼にとって一番の有意義な時間だった。
駄菓子屋の脇に置いてある古くさいベンチが、6年前からの沖田の指定席だ。
欠伸をしながらのんびりと歩く沖田の目に、先客の姿が映る。
晴れた日に傘をさす、奇妙な出で立ち子供がベンチに座って酢昆布をかじっていた。
ある人物を彷彿とさせる特徴だが、子供は絣の小袖と袴を身につけており、傘は藍色。
肩に付かない短い髪は明るい栗色で、不思議とどこかで見たような面立ちの子供だった。「どきな」
子供の前に仁王立ちすると、沖田は威厳高に言い放つ。
元々精神年齢の低い彼には、子供に遠慮して別の昼寝場所を探すといった考えはない。
真選組の隊服と刀をちらつかせれば、大人も子供も大抵は言うことを聞くのだ。
しかし、その子供は怪訝そうに沖田を見ただけで、立ち上がる素振りは少しもなかった。
「どうしてですか?」
「俺の椅子だからに決まってまさァ」
「これは駄菓子を買いに来た子供のためにご主人がここに置いたのです。それに、先に座っていたのは僕ですよ。言いがかりはよしてくださいな」
はきはきとした口調で正論を並べる子供を、沖田は興味深げに眺めた。
見た目は4つか5つといった感じだが、もしかするともう少し年長なのかもしれない。
「口で言って駄目ならしょうがねーなァ・・・」ほんの少し、脅かすつもりで沖田は刀に手を掛けた。
刃の部分は鞘から出さないのだから、謝ってぶつけても瘤が出来る程度だ。
だが、刀を構えた沖田の顔から、余裕の笑みはあっという間に消え去った。
目の前にいたはずの、子供の姿がない。
気づいたときには背後に回り込まれており、手加減をする余裕など全くなかった。
「てめー、何者でェ!!」
傘を使った子供の攻撃を避けたあと、沖田は眉を寄せて誰何する。
そして、本気を出した自分の一撃を簡単にかわした沖田を、子供は目を丸くして見つめていていた。
「あなたは・・・・もしかして」
「すみませんー!!またこの子が何かしでかしましたか」
子供が呟きを漏らしたとき、二人の間に割って入ってきたのは、幾分背が伸びたものの相変わらず冴えない眼鏡面の新八だ。
人だかりの出来た場所に傘を持って大人と対峙している子供を見かけ、慌てて飛んできたのだろう。
「うちの子がご迷惑をかけて、本当に申し訳な・・・・・・・あれ、沖田さん??」
ぺこぺこと頭を下げながら相手を窺った新八は、その顔を見るなり驚きの声をあげた。
「帰ってきたんですねー。長いおつとめ、ご苦労様でした」
「・・・・・・・結婚、したのかい?」
「えっ」
「うちの子って」
沖田の視線の先を追って子供に目を向けた新八は、妙に複雑な表情で顔を戻す。
「結婚はしていませんけど、神楽ちゃんの子なので僕の家族なんです」
「・・・・・・」白い肌と傘、そして酢昆布を見たときから彼女の縁戚だろうかとは考えたが、ずばり子供だとは予想外だった。
そして、新八と手を繋いだ子供を改めて眺め、どこかで会ったことがあるように思えた理由にようやく気づく。
髪の色とその面立ちが、以前実家で見た子供時代の自分の写真とうり二つだ。
非常にいやな予感がして、沖田は額に手を置いて俯く。
「新八、この方が僕の父上ですか?」
「それは・・・・・神楽ちゃんに聞いた方がいいと思うよ。うん」
袖を引っぱって訊ねる子供に対し、新八は困ったように応えることしか出来なかった。
「俺はやっぱり、きちんと男としてのけじめをつけた方がいいと思う」
「・・・・・・・・・悪夢だ」
並んで座る沖田と子供の顔を見比べ、近藤と土方はそれぞれ自分の意見を述べる。
幼い時分から沖田と付き合いのある二人は、その子供を一目見るなり仰天した。
沖田が縮んでしまったのかと思うほど、昔の彼と同じ姿形をしている。
違うのは持ち歩いている傘とぬけるような白い肌、そして妙に綺麗な立ち振る舞いと礼儀正しい言動だ。「お初にお目にかかります」
沖田との偶然の出会いの翌日、突然屯所に現れた子供は、近藤達に目通りを許されると丁寧に頭を下げて挨拶をした。
毒舌で知られている神楽の子供とは思えず、性悪な沖田の血を引いているというのも信じられない。
おそらく、子供の育ての親と思われる新八の教育が良かったためだろう。
毎日沖田におちょくられている土方にすれば、沖田と同じ顔の子供に優しく微笑まれると、かえって怖い。
別の人間と分かっていても、何か裏があるような気がして反射的に目を逸らしてしまうのだ。
「けじめって?」
「祝言をあげるべきだろう。それで、どこかに家を借りて親子3人で仲良く・・・・」
「無理でさァ」
子供につられて畳の上で正座したのが辛かったのか、足を崩した沖田は口を尖らせて言う。
「昨日、父上は万事屋にいらしたんですよ。でも、母上が「顔も見たくない」とおっしゃって、追い返されたんです」
「そりゃー、子供まで作った仲なのに6年も帰ってこなかったらなぁ」
「・・・・・」
腕組みをしてしみじみと呟いた近藤に、沖田は黙り込む。
知らぬ間に父親になっていたのだから、連絡の取りようがない。
6年前に何も教えなかった神楽が悪いと言い訳したかったが、お役目で甲府に行くことを気遣っていたのかと思うと、やはり悪いのは自分のような気がしてくる。「望みはないわけじゃないですよ」
皆が口をつぐむと、沖田の隣りに座る子供が切り出した。
「僕の名前、『そら』っていうんです」
「・・・・だから?」
「こういう漢字です」
誰かに書いてもらったのか、墨で『総楽』と書いた半紙を懐から出して見せる。
「嫌いな人の名前なんて、子供に付けようとは思わないでしょう」
にっこりと笑った総楽は、さも自信ありげに言った。
総悟の『総』と、神楽の『楽』、いかにも神楽の考えそうな単純な名前だ。
「何とかなるかねェ・・・・」
「総楽ちゃんはやっぱり、父ちゃんと母ちゃんに仲良くして欲しいのか?」
「いえ、別にどちらでも。僕は今のままで十分幸せですし・・・」
言葉の合間、総楽はちらりと沖田の顔を見やる。
「ただ、近頃暇だったので、何か刺激が欲しくて。母上も体重が2キロ増えたと騒いでいたので、父上との喧嘩で体を動かせばダイエットになりますよ」
涼しい顔で答えた総楽に、近藤と土方は間違いなく二人の子供だと確信したのだった。
あとがき??
子供の話が読みたいとおっしゃった方がいたので、書いてみました。
あれ、神楽ちゃん、出てこなかったよ!
続きはとくに考えていないですが、出来たらもっと沖田くんと神楽ちゃんが絡む展開に。
私の新八贔屓がそこはかとなく見え隠れしているような・・・・・。
ちなみに、総楽ちゃんは神楽ちゃんと違って沖田くんのこと気に入ったようですよ。