嫌いだから好き
「総悟、てめーいつまで寝てやがる!」
いびきをかいてすっかり熟睡していた沖田は、土方に頭をはたかれて目を覚ました。
アイマスクをずらして顔を上げると、下っ端の隊士達がおろおろした様子で沖田を見つめ、土方は鬼のような顔をしている。
おそらく姿を消した沖田を隊士達が探し回り、社務所裏まで土方が駆けつけたのだろう。
沖田に言うことを聞かせられるのは真選組でも近藤と土方の二人だけだ。
「・・・・・もう、俺の番ですかい?」
「あと3分後だよ。お前の相手は永倉新七だぞ」
土方は真選組でも随一の剣の使い手の名前を出してみたが、沖田はまるで顔色を変えることなく立ち上がった。
今日は護国神社で剣道の奉納試合が行われ、真選組の中でも腕に覚えのある隊士が集まっているのだ。
当然、隊長クラスの者は一番隊から十番隊まで強制的に参加が義務付けられている。
一試合ごとに敗者を除き勝者同士を戦わせる形式なため、皆は緊張した面持ちで次の対戦相手の試合を眺めているのだが、沖田だけは例外だ。「・・・・沖田隊長って、本当に強いんですか?」
入隊して間もない新人は、あくびをしながら歩く沖田の様子に眉をひそめ、傍らの隊士にひそひそと話しかけた。
何しろ彼は沖田が道場で練習しているところを一度も見たことがない。
いつも仕事をサボって寝てばかりいる上に、事件が起きても彼は剣を抜かずにバズーカで対抗しているのだ。
もしや一番隊隊長になれたのは、近藤や土方と古くから付き合いがあるという理由だけなのでは?
困惑する新人の疑問を一笑に付し、その隊士は意味ありげな表情で彼に応える。
「まあ、見れば分かるさ」
日本全国を放浪した経験から、あらゆる流派に精通している永倉の剣は誰の目から見ても一流だった。
さらに筋骨隆々たる永倉に比べ、沖田は痩せ型で女のように整った顔立ちをしている。
互いに一礼をして木刀を構えたが、二人のことを知らない者ならば、勝者は100人中100人が永倉だと思ったはずだ。
審判が試合開始の合図をして暫くはにらみ合いが続き、小さく仕掛けてくる永倉を沖田は軽くかわす。
周りを囲む人々が固唾を呑んで試合を見守る中、落ち着かない様子で顔をゆがめたのは永倉の方だった。
体のどこの場所に打ち込めばいいか、必死に考えているというのに、沖田にはまるで隙がない。
逆に自分が打ち据えられているイメージしか頭に浮かんでこないのだ。
焦りが出てきた永倉の顔を静かに見据えていた沖田は、やがてにっこりと優しい微笑みを浮かべてみせた。
「来ないなら、こっちから行きまさァ」その瞬間、真正面にあったはずの沖田の姿が永倉の視界から消えた。
気づいたときには体は仰向けに倒れ、沖田に額を打たれたのだと分かったのは随分と時間が経ってからのことだった。
これが木刀ではなく真剣だったのなら、永倉は瞬きをする間もなく命を奪われている。
真選組の隊士や見物人達の間にざわつきが広がり、何が起きたのか分かっていない者が大半だった。
沖田の動きはそれほどまでに早かったのだ。
勝ち名乗りを受けたあと、てくてくと先ほどの新人隊士の前に来た沖田は、少しも汗をかいておらず涼しい顔をしている。
「次の試合っていつごろ?」
「あっ、あと、30分後です」
「あ、そう」
眠たげに瞼をこすった沖田から木刀を受け取り、新人は唖然としたまま去っていく彼を見送る。
「局長が彼を大切にしている意味が分かっただろう?」
傍らの隊士の言葉には、新人は黙って頷く。
あれは練習で身につくものではない、天分の才能だ。
もし彼の剣術を毎日道場で見ていたら、地道に努力して腕を鍛えるのが嫌になり、全てを放り投げたくなるかもしれない。
「あんな人も、いるんだな・・・」
「ああ」
奉納試合の後は、暫く沖田の身辺が騒がしかった。
滅法強い美形の少年剣士となれば、巷の若い女性達が放っておかない。
外に出ると彼のファンという少女が幾人も彼を取り囲み、何だかんだと差し入れを渡される。
だが、沖田と長い付き合いの山崎はこれがそう長く続かないことは分かっていた。
確かに沖田はルックスと剣の腕は最高だが、それ以外は最悪なのだ。
口が悪く、ぐうたらで、人を苛めるのが生きがいという彼をいつまでも追いかけてくれる少女などいるはずがなかった。「最後の一人もいなくなっちゃったじゃないですか」
座敷で寝転がる沖田を見つけた山崎は、その隣りに座り、取り込んだばかりの洗濯物を畳み出す。
奉納試合の度に起こる現象だが、今年は沈静化がわりと早かったような気がした。
「可愛い子だったのに。また何かひどいこと言ったんですか?」
「ひどいことなんて言った覚えはねーなァ。ただ、「鼻毛が出てる」って教えてあげただけでさァ」
「・・・・・・・・最悪です」
少女に同情し、ため息をついた山崎はその後も黙々と手を動かし続けた。「沖田さんって、女の子が嫌いなんですか?」
「・・・何で?」
「冷たいじゃないですか。優しくしてあげてるのを見たことがない」
「心外だねェ。男なら、誰だって可愛い女が好きって決まってまさァ」
半身を起こした沖田は、山崎の方を向いて強く主張する。
「ただ、俺のことが好きっていう女は嫌いなだけでェ」
「・・・・・複雑ですね」
その考えでいくと、いくら誰かを好きになっても沖田は永遠に片想いになってしまう。
そうしたひねくれた発想が、沖田らしいといえば、らしいかもしれなかった。
剣術の腕と同じで、沖田が毒舌なのは生まれつきだ。
たちの悪い悪戯を繰り返し、口を開けば皮肉めいたことしか言わない子供に、育ての親は随分と手を焼いたらしい。
生みの親はすでに亡くなっており、性格の更生のためと称して家を出された。
手っ取り早く厄介払いをされたわけだ。
引き取られた剣術道場で沖田が悪の道に走らず成長できたのは、近藤のおかげだった。
沖田が何を仕出かしても、全てを笑って許し、彼を抱き締めたのはこの世で近藤だけだ。
そういった意味で沖田は近藤に多大な感謝をしているのだが、生来天邪鬼な彼は素直にそれを表に出したことは一度もない。
また、あえて口で言わずとも近藤は分かってくれている。
沖田の性格に動じず面倒を見てくれた点では土方も同じだが、彼の場合は近藤に一番に信頼されているところが、気に入らなかった。山崎に女嫌いだと思われたことにしても、相手の方が悪いのだ。
見かけで判断して勝手に理想を押し付け、実際に沖田と親しくなれば、「騙された」と言って去っていく。
沖田は自分の思うままに行動しているにすぎない。
それで詐欺師のように言われてしまっては、女嫌いになってもしょうがないような状況だった。
「見つけたアルーーーーーーー!!!!!」
考えながら歌舞伎町の裏道を歩いていた沖田は、背後から迫ってきた殺気に、思わず刀を構えて振り返る。
鬼のような形相で走ってきたのは、いつものチャイナ服にお団子頭の神楽だ。
ペットの巨大な犬は連れておらず、畳んだ傘を沖田の目の前に突きつける。
「この前の決着を今日つけるネ!!!酢昆布を台無しにされた恨み、忘れないアル」
「・・・・・」
そういえば、神楽は沖田の本性を嫌というほど知っているが逃げることなく逆に向かってくる。
彼女も一応、性別は女だ。「お前、俺のことが好きかい?」
「・・・はあーー!!!?」
真顔で問いかけられた神楽は、素っ頓狂な声をあげる。
そして言われた言葉を呑み込むと、すぐに顔を真っ赤にして怒り出した。
「だいっっっきらいアル!!今更何を言うアルか!この、すっとこどっこい」
「そーかい」
口から火が出そうな神楽の返答を聞き、沖田は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「俺はお前さんのこと、わりと好きですぜ」
「・・・・は?」ぽかんとして呆気にとられた神楽は、笑ったままの沖田を見て、からかわれたと思ったらしい。
彼女がかっとして傘で銃撃したために、沖田は近くにあったゴミ袋の山に頭から突っ込む羽目になってしまった。
「お、お前、頭おかしいアル!!!!もう私に近寄るなネ」
捨て台詞を残して駆け出していく神楽を、沖田は顔をしかめて見やる。
たいしたことはないが、腕に銃の弾がかすったようだ。
「手加減って言葉をしらねーのかィ、あいつ・・・・」
好きなものは近藤さんと土方いじめと女子プロレスと昼寝。
そろそろもう一つ名前を加えていい時期だろうか。
妙に動揺していた神楽を思い出し、嫌いから始まる好きならば、少しは信用できるような気がした沖田だった。
あとがき??
永倉さん、勝手にやられ役ですみません!もはや創作キャラですよ。
沖田くんは自分の強さとルックスがコンプレックスだったら、いいなぁと。