白粉婆


「新八ー、近頃この界隈に「白粉婆」っていう妖怪が出没しているらしいそ」
「えっ、妖怪って、どんな?」
「何でも顔が真っ白で口は真っ赤、会った人間に「私、綺麗?」と聞くそうだ」
洗濯物を畳みながら銀時の話を聞いていた新八は、首を傾げて思案する。
「・・・それって、僕が寺子屋に通っていた頃にはやった「口裂き女」の噂に似てますね」
「ああ、マスクをした女が通りすがりの人間を脅かすやつなー」
TVの前をすたすたと神楽が横切ると、楽しげに話していた二人は急に口をつぐんだ。
今、見てはならないものを、見てしまったような気がする。

「・・・神楽、どこ行くんだ」
「散歩アルヨーー」
くるりと振り向いた神楽の顔は白粉を厚く塗り込んだために真っ白だ。
赤い口紅は唇の範囲を大きくはみ出し、口が裂けているように見える。
「「白粉婆だ」」
銀時と新八が同時に声を出すと、神楽は怒りに眉をつり上げた。
「誰がババアネ!」

 

 

 

なけなしの小遣いを叩いて安い化粧品を買い、精一杯おめかしをしたというのにひどい侮辱だ。
お妙の勤めるスナックでバイトをしてから、すっかりメイクが趣味となった神楽だが、彼女のセンスは最悪だった。
自分では最高の美女に変化したつもりでも、傍目には化け物にしか見えない。
「あいつらをぎゃふんと言われてやるアルヨー」
自慢のメイクをを笑われた神楽は、二人を殴りつけた後、周りの人々がぎょっとした顔で自分を見ているのも構わず平然と往来を歩いていた。
とりあえず、自分のメイクは世間一般のものと大分ずれているということは分かる。
あとは、見本となる女性を見つけてその技を伝授してもらうのだ。

「おうおう、ねーちゃん無視かよ」
「ここいらじゃ見かけねー、べっぴんさんじゃねーか」
「ちょっと付き合ってくれたっていいだろ、ねーちゃんよぅ」
ふいに耳に届いたその声に、立ち止まった神楽は数歩下がってその路地を覗き込む。
柄が悪い、いかにもヤクザといった風貌の男達が取り囲んでいるのは和服姿の若い女性だった。
女の細腕では彼らに到底太刀打ち出来ない。
「・・・あいつら」
眉間にしわを寄せた神楽はすぐに戦闘体勢に入ったが、心配は無用だった。
「着物が汚れるだろィ」
さして怯えた様子もなく、無表情のまま男達を見ていた彼女の口から、女性のものとは思えない低い声が発せられる。
小脇に抱えていた三味線に仕込んだ小刀を持つと、彼女は悠然と微笑んで見せた。
「俺をナンパするなんざ、100年はえーなァ」
刃が煌いたと思った瞬間には、彼女を囲んでいた者達の髷の結い紐が切れて落ち、ざんばら頭になった彼らは慌ててその場から逃げ出していった。
男か女か判断できず気味が悪かったせいもあるが、自分達に向けられた殺気が本物であることがすぐに分かったからだ。

 

「お前、何でそんな格好してるネ?」
男達と入れ違いに、和服の女性に近づいた神楽はその顔をしげしげと眺めながら言う。
服装はいつもとまるで違うが、その声と顔は真選組の沖田に間違いなかった。
「・・・・てめーは、「白粉婆」」
「神楽アル!!お前、オカマだったアルか!!?」
「馬鹿にするなィ」
嫌な奴に会ったと顔をしかめた沖田は、小刀を収めると元のように偽装の三味線を抱え直す。
「このあたりに女を狙った追い剥ぎが出るとかで、おとり捜査のために歩いていただけでェ。そのへんに山崎もいるはずでさァ」
「ふーん・・・」

神楽は事件そのものには興味を示さず、身を乗り出して沖田の顔を見つめ続けている。
女物の着物を身に着けられる小柄な隊士がおとり役に選ばれたらしいが、確かに黙っていれば性別ばかりか性格の悪さも露見せず、完璧に女性に見える。
歩き方が少々雑なのが玉に瑕とはいえ、その美貌があれば些細なことだ。
「じゃあ、その化粧は自分でやったアルか」
「化粧って・・・・そんなたいしたことはしてねーや。山崎に借りた道具で簡単に・・・・」
「私にそれをやって欲しいアル!!銀ちゃん達を驚かせたいネ!」
「・・・はァ??」

 

 

 

結局、神楽に押しに負けた沖田は彼女に化粧の手ほどきをすることになってしまった。
神楽にこのまま付きまとわれればおとり捜査どころではないのだから、仕方がない。
近くの店のゴミとして出されていた木箱に神楽を座らせると、沖田は懐から出した道具で塗りたくった彼女の顔の白粉を落としていく。
「塗ればいいってもんじゃねーだろィ。お前は元々肌が白いから、よけいなことしなさんな・・・・」
「んーー」
沖田に全てを任せている神楽は淡々と語る彼に生返事をした。
それからは黙々と作業を続けたが、目を瞑ってかすかに顔を上げている神楽はこれ以上ないほど無防備な状態だ。
今なら、積年の恨みを晴らすために殴ることも簡単に出来る。
「終わったアルかーー??」
「・・・まだ紅の色が薄い」
筆とは違い、柔らかくて暖かな物が触れた感覚に目を開けると、沖田が紅を仕舞うところだった。
「終わりましたぜ」
「まぶい女になれたアルか!?」
「まァ、それなりに・・・・」

珍しく、素直に礼を言った神楽は鼻歌を歌いながら表に大通りに出て行ったが、沖田は意地の悪い笑みを頬に浮かべている。
薄化粧をしただけだというのに、妙に人目を引く顔立ちになってしまったから、わざと頬紅の赤さを強調しておいた。
明日からは、妖怪「白粉婆」ではなく、妖怪「頬紅婆」が出るという噂が立つかもしれない。

 

「・・・沖田さん、何でそう、意地悪ばかりするんですか」
三味線を抱えて歩き出そうとした沖田は、爪先にかかった人影を見て顔をあげた。
沖田ほどではないが、町娘に扮した山崎も女物の衣装をそれなりに着こなしている。
「いつからいたんでェ、出歯亀野郎」
「沖田さんがチャイナさんにキスしたあたりからです」
「・・・・・」
密偵として様々な家屋敷にもぐりこむ仕事をしている山崎は、気配を消すのもお手の物だった。

「せっかく綺麗にしてあげたのに、台無しじゃないですか。最後の頬紅は余計だったでしょう」
「俺より面のいい女がいるのは、我慢できねェ」
「・・・・はぁ」
山崎は納得出来ないといった風に沖田の横顔を見つめる。
おそらく、むやみに化粧を施して神楽に悪い虫を付けたくないというのが本音だろう。
どうにも素直でないが、神楽が可愛いということは一応認めているらしかった。


あとがき??
グラ子が怖かったので・・・・。


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