組!!!!
牛乳瓶の底のような、分厚いレンズの眼鏡をかける神楽は、それがないと傍らにいる人物の顔さえ判別できない。
そのため、眼鏡を紛失した神楽は心底不安な気持ちで銀時に掴まっている。
体育の授業のあと、校庭の隅にある流し場で顔を洗ったのだが、手を伸ばした先に置いたはずの眼鏡がなくなっていた。
手を這わせて捜したが見当たらず、周囲にクラスメートの女子もいなかったため、その後神楽は長い間洗い場で座り込んでいたのだ。
偶然銀時が通りかからなかったら、そのまま泣き出していたかもしれなかった。
「眼鏡なんか、どこにもないぞー」
「そんなはずないアル!」
神楽は声高に叫んだが、確かに流し場の近くに神楽の眼鏡はない。
予備は自宅に置いてあるため、彼女が自力で行動するにはどうしても消えた眼鏡を捜す必要があった。
銀時にしても、生徒が困っているのだから手助けしたかったが、放課後の職員会議の時間が迫っている。
「お前、ちょっとここで待ってろ」
「いやアル!!先生から離れないアル!!!」
「本当、まずいんだって。こえーババアが目を光らせていて、前回さぼったら散々な目にあって・・・」
ぶるりと身を震わせた銀時は、自分の腕に必死に掴まる神楽の手を解いていく。
「会議が終わったらすぐ帰ってくるから。なっ」
「・・・・・」
涙目で俯く神楽は、黙り込んだまま答えなかった。
頭をかきながら小さくため息をついた銀時は、校舎から出てきた一人の生徒に目を止め、両手を軽く叩く。
神楽のことを考えると最悪の人選だったが、贅沢は言えない状況だった。
「何でさァ、先生」
「沖田くん、今度のテストで君だけ特別に30点加算してあげる」
「・・・・はァ?」
銀時に手招きされて近づいた沖田は、彼の申し出に首を傾げた。
「だから少しの間、あそこにいる神楽のそばにいてやってくれよ。ああ、声は絶対に出すなよ」
「あの、ちょっと・・・」
脱いだ白衣を自分に羽織らせる銀時に、沖田は戸惑いながら神楽へと目を向けた。
流し場の脇に立つ神楽は、校舎の陰に立つ二人の会話は耳に入っていないらしく、怯えたような表情で佇んでいる。「・・・話が見えねーんですけど」
「大丈夫、大丈夫。神楽ーー」
半ば強引に沖田の腕を引いた銀時が駆け寄ると、神楽の顔がパッと輝いた。
「先生」
「会議、行くのやめたわ。お前と一緒に眼鏡捜してやるよ」
「本当ネ!!」
感激した神楽はよほど嬉しかったのか、そのまま銀時に飛びついた。
だが、実は相手は銀時ではなく、彼の白衣を着た沖田だ。
視力が著しく低下している神楽には、白衣を着ている人物は誰でも銀時に見えているらしい。『あと、頼むな』
口だけをぱくぱくと動かして合図すると、銀時はそのまま小走りで校舎に入っていく。
頼むと言われても、何が起きたのかまるで呑み込めていない沖田は、自分に抱きついている神楽をどう扱っていいか、皆目分からない。
「・・・先生、考えてみると、あのとき私の他にも流し場を使ってる生徒がいたような気がするネ」
沖田から体を離した神楽は、真剣な表情で独り言を続ける。
「きっとそいつが私の眼鏡を持っていったアルヨ。私に恨みを持ている奴・・・・・・あのサド野郎が犯人かもしれないネ」
「・・・・・」
本人である沖田が何も言えずにいると、神楽は彼の手を引いて歩き出した。
「風紀委員は毎日遅くまで校舎のどこかに残っていたはずネ。捜し出してボコボコにするアルヨ!」
授業が終わったあとでよかった。
廊下を歩くうちに数人の生徒と出くわしたが、皆、白衣を着た沖田と神楽が手を繋ぐ姿を見て、不思議そうな顔をしている。
校内で犬猿の仲として知られている二人なのだから、当然だ。
「あいつ、どこにいるアルかーー!!」
いらつく神楽の隣で、沖田は自販機で買ったイチゴ牛乳の紙パックを飲んでいた。
わざと風紀委員が立ち寄らない、人気の無い場所を選んで歩いているのだから見つからなくて当然だ。
持ち合わせがないらしい神楽にイチゴ牛乳を差し出すと、彼女は素直にそれを受け取る。
「有難うネ」
イチゴ牛乳は結局神楽が殆ど飲んでしまったが、こうして彼女の笑顔を間近で見られるのなら、安いものかもしれない。
何しろ普段の神楽は、沖田を視界に入れるなりすぐに目を吊り上げるのだ。
だが、銀時の隣りではこうも無邪気に微笑むのかと思うと、なんとなく面白くなかった。「あ、こんなところにいたーー」
突然背後から聞こえた声に、沖田は珍しく肩を震わせる。
「委員長と副委員長が捜していましたよー。また放課後の反省会をサボって・・・・・あれ?」
手を振りながら沖田に駆け寄った山崎は、彼にぴったりと寄り添っている神楽を見ると、目を丸くした。
一体いつの間にこれほど仲が良くなったのか、驚きすぎてすぐには声が出てこない。
「お、おき・・・・ヘブッ!」
突然顔面パンチをされた山崎は、鼻血を出して倒れこむ。
「先生?」
沖田と手を繋がっているため、神楽は彼に釣られて一緒に廊下を駆け出した。
今、ここで正体がばれたら大事だ。
次回のテストで与えられるはずの30点がおしい、いや、それ以上に彼女と過ごせる穏やかな時間を奪われたくなかった。
「・・・先生、さっきから何で喋らないネ?」
一難去ってまた一難。
手を離した瞬間に、目を細めた神楽に訊ねられ、沖田は無意識に体を後ろへと引いた。
いくら神楽が鈍いとはいえ、先ほどからずっと彼女が一方的に喋っているのだから、そろそろ限界だろうか。
最悪の事態を考え、身構えた沖田だったが、彼を見据えていた神楽の瞳が急に潤み始める。
「私、何か先生を怒らすこと、言ったアルか・・・・・」
堪えきれず、大きな瞳からこぼれた涙を、神楽は手の甲で拭った。
「私のこと、嫌いになったアルか?」
「・・・・・・」
気丈な神楽が静かに泣く姿に、沖田は「違う」と言いそうになったが、彼女が答えを求めているのは別の相手だ。
どうにもできず、黙りこくるしかない。ニャーー
気まずい沈黙が続く中、二人の間に割り込んだのは、一匹の三毛猫だった。
「犯人分かったぞ、神楽。この野良猫が眼鏡銜えて歩き回っていたみたいだ」
続いて聞こえてきた声に、神楽だけでなく、沖田も目を見開く。
振り返ると、まるで気配を感じさせず、沖田の後ろに銀時が立っていた。
そして、本物が戻ってきたからには、偽物は早々に退散しなければならない。
手を振る銀時に促され、白衣を渡した沖田は、忍び足で二人から離れて廊下の角を曲がった。
「先生、ずっとそこにいたアルか?」
猫から奪い返した眼鏡をかけなおすと、神楽は首を傾げて銀時の顔を見上げる。
「ああ、何でだ」
「・・・・・先生の声が、遠くから聞こえたような」
「気のせいだよ」
頭をくしゃくしゃと撫でられて言われれば、もう反論はできない。
自分に笑いかける銀時と目が合うと、神楽はホッとしたように頬を緩める。
猫を抱える銀時は全くいつも通りで、嫌われたと思ったのはどうやらただの勘違いのようだった。
「超むかつくアル。何で私がお前なんかと付き合ってるって噂が流れているアルか」
翌日、聞き捨てならない噂が広まっていることを知ると、神楽はすぐさま隣りの席の沖田に聞こえるように不満をもらす。
頬杖をついて漫画雑誌を読む沖田は、仏頂面でそれに応じた。
「それはこっちの台詞でェ。誰がてめーみたいなブサイクに手ぇ出すかい」
「やんのか、コラ!」
立ち上がった神楽が沖田に殴りかかると、見慣れた光景に、クラスメートは噂が全くのデマだったのだと理解した。
そもそも、この二人の性格ではまともな交際は絶対に無理だ。
鼻に絆創膏を貼る山崎は納得いかないようだったが、沖田が睨みをきかせているために、何も言えない。「おら、そろそろ授業はじめんぞー。喧嘩はやめろ」
後ろから頭を小突いて争いを止めた銀時は、二人を無理やり向き合わせた。
「んじゃ、仲直りの握手な」
銀時に強引に手首を掴まれて握手をした沖田と神楽は、今にも殺しそうな勢いで相手を睨みつけている。
そのまま掌を握り潰してやろうかとさえ思ったのだが、ふいに生じた違和感に、神楽は体から殺気を消した。
女のように細い体から想像できない、意外とごつい男の手がそこにある。
この手に、どこかで触れたことがあったように思えた。
「・・・・何でェ」
その声にはっとした神楽は、自分が沖田の掌を両手で包んでまじまじと眺めてる状況に、ようやく気づいた。
もちろん、周りのクラスメートも興味深げに二人の様子を傍観している。
「うわっ!」
慌てて沖田の手を離した神楽の顔は、何故だか真っ赤になっていた。
「い、いつまでも人の手に触ってじゃねーヨ、この野郎!!」
「それはお前の方だろィ」
言い争いを始めた二人に、銀時は再び握り拳を作って攻撃態勢に入る。
一日に平均して5回は仲違いをする彼らの、日常的な朝の風景だった。
あとがき??
元ネタが『天国の階段』って言っても、誰が分かるんだろう・・・。
これからドラマ見る人がいるかもしれないので、ネタバレになるから、詳しいこと言えないなぁ。
アンケートで意外と沖神好きーさんがいらしていることが判明したので、ちょっと書いてみました。
・・・・・しかし、こんなに長くなるとは。(=_=;)