ボクの婚約者 1


マヨネーズが1ダース入った袋を二つ抱える山崎は、脇目も振らずに帰路を急いでいた。
うっかり買い忘れたのだが、食事の際にこれがないと土方にまた殴られてしまう。
これだけ買っても一週間もせずに全て彼の胃袋に納まってしまうのだから、何故細身のあの体型を維持できるのか心底不思議だ。
「あっ!」
急ぎ足で歩いていた山崎は、角を曲がった瞬間、同じように駆け足でやってきた人物と接触する。
とっさにマヨネーズを死守したものの、体勢を崩して尻餅をついた山崎は顔をしかめてうめき声をあげた。

「すみません、大丈夫ですか?」
差し出された掌と声はさして年の変らない少年のもので、山崎は有り難くその手に掴まる。
「いえ、こちらこそ・・・・。申し訳ないです」
「荷物、重そうですね。半分持ちましょうか」
「いえ、そんな悪いです・・・・よ・・・・・・」
立ち上がった山崎は、そのとき初めて少年の顔を真正面から確認した。
さらさらとした真っ直ぐな栗色の髪、きらきらと輝く鳶色の瞳、優しい笑みをたたえる口元、間違いなく美少年だ。
「・・・・ボクの顔に、何かついています?」
徐々に驚愕の表情に変っていく山崎を見つめて、少年は怪訝そうに首を傾げた。

 

 

 

「副長ーーーーーーーー!!!!」
真選組の屯所に駆け込んだ山崎は、その足で副長のいる座敷に一直線に向かっていった。
「沖田さんが死んじゃいましたーーーー!!!」
襖を開けるなり大音声で発せられたその言葉に、土方は口に含んでいた茶を盛大に噴出した。
何度か咳き込んで顔をあげると、山崎はちょこんと彼の前に座り込んでいる。
「・・・・なんなんだ、藪から棒に」
「真っ白な沖田さんに会ったんですよ!!!こう、後光が差して天使みたいな感じの。あれはきっと彼の死後の姿です。心が洗われて真人間になったんですよ」
「誰が天使なんでェ」
「えっ・・・」
早口でまくし立てていた山崎はようやく部屋の隅にいる第三者の存在に気がついた。
先ほど町で出くわしたはずの沖田が、寝そべって漫画本を読んでいる。

「・・・・・あれ?」
「昼間っから、何を寝ぼけてやがる。で、買ってきたんだろうなぁ」
「・・・えっ、何をです」
「マヨネーズ」
「・・・・・・・・」
さわやかに微笑む真っ白な印象の沖田に会った衝撃で、全てを放り出して帰ってきてしまったのだ。
もちろん、マヨネーズのことなど今の今まで失念していた。
「・・・・士道不覚悟で切腹だな」
「そんなーーー、副長ーーーー!!!」
マヨネーズの買い忘れで切腹など、これ以上情けない死に方はない。
山崎家末代までの恥だ。

「あのー、マヨネーズならここにありますよ」
土方に泣きついていた山崎は、その声に反応して振り返る。
「これ、放り出して走っていってしまったので、追いかけてきました」
マヨネーズの袋を掲げて襖の陰から顔を出しているのは、間違いなく山崎が町で見かけた少年だ。
よく見慣れた顔のはずなのに、その印象がまるで違う、天使系の沖田。
「・・・・・双子か?」
目を細めた土方が沖田に向かって言うと、彼は無表情のまま答えを返す。
「俺の身内は姉上しかいませんぜ」

 

 

見れば見るほど瓜二つで、山崎が間違えたのも無理はなかった。
しかし、彼はつい2時間ほど前に地球に到着したばかりの天人で、沖田とは縁もゆかりも無い間柄だ。
「あー、すみません、気を遣って頂いて」
出された茶に手をつけた彼は、朗らかな笑顔で目の前に座る土方を見つめる。
どうやら性格までは沖田に似ていないらしく、心の底からホッとした。

「あんた・・・・」
「ああ、自己紹介がまだでしたね。このところ仕事で星を転々としていたんですけど、地球の江戸ってところにボクの婚約者がいるっていう情報をもらったんで、会いに来たんです」
「江戸のどこだ?」
「歌舞伎町です。知らないですかね」
「そうは言っても、歌舞伎町は広いからその情報だけじゃあ・・・」
腕組みをした土方が渋い顔をすると、少年もとたんに沈んだ顔つきになる。
「そうですか。オレンジ色の髪を二つに分けてお団子にしてる、中華風の服装の可愛い女の子なんですけど。やっぱり分かりませんか」
「・・・・・・」

その場に控えていた山崎は、ハッとして傍らの沖田を見た。
確かに歌舞伎町は広い。
しかし、お団子頭でチャイナ服の少女というと、思いつく人物は一人しかいない。
土方も同じ考えだったらしく、眉をひそめて彼への質問を続けた。
「あんた、名前は?」
「定春です。彼女の名前は神楽、ボクと色違いの傘を持っているはずですよ」


あとがき??
冒頭のイメージは、『赤ずきんチャチャ』。
腹黒セラヴィー先生にそっくりなきらきらの天使が現れる話の。
タイトルは「婚約者=フィアンセ」と読んでおいてください。


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