ボクの婚約者 2
「はいなー」
来客を知らせるベルの音を聞いた神楽は、出て行こうとした新八を押しのけて玄関へと向かった。
近頃万事屋は依頼人が全く現れず、閑古鳥が鳴いている状態なのだ。
このままでは電気、水道、ガスが止められ三人と一匹は餓死するしかない。
全ては依頼料のため、神楽は愛想よく笑って戸を開けたのだが、来客の顔を一目見るなり絹を裂くような悲鳴をあげていた。
天上天下唯我独尊、ゴキブリ以外に怖い物のない神楽がこうして叫ぶのは稀な出来事だ。
「か、神楽ちゃん!!」
「どーしたーー」
新八と銀時がどたどたと玄関へ走ると、沖田に抱きつかれた神楽が彼の腕の中で必死にもがいている。
目を見開く新八は、馬鹿力の神楽がここまで暴れて難なく押さえ込める人間を初めて見た。
「やめろーーーーー、離れるアルヨーーーーー!!!この変態!」
「ハハハッ、ボクに会えてそんなに嬉しいかい。ボクも同じ気持ちだよ」
神楽の言葉はまるで耳に入っていないのか、彼は白い歯を光らせてさわやかな微笑を浮かべた。
その瞬間、新八と銀時は彼が沖田と別人であることをはっきりと悟る。
沖田ならば天敵の神楽を抱き締めて微笑むなどという行動をとることは絶対にないはずだ。
あまりに驚きすぎて傍観してしまったが、玄関先で揉める二人をこのままにしておくわけにもいかず、新八はおずおずと足を踏み出す。「あの・・・、ど、どちら様ですか?沖田さんのご親戚の方でしょうか」
「ああ、はじめまして」
唸り声をあげる神楽から視線をそらすと、彼は軽く会釈して二人に笑いかけた。
「ボクは神楽の婚約者の定春といいます。今日地球に来たばかりなんですが、どうぞお見知りおき下さい」
「・・・・・はぁ、何ですって??」
「嘘アル!!私は認めていないネ!!!!」
疑問の声をあげる新八にかぶさるようにして、神楽は大声で主張する。
「照れ屋なところもそのままだね、神楽」
「お前、絶対に頭おかしいアルよ!!!たまには人の話を聞くアル!」
「大丈夫。君の気持ちはよく分かっているから安心して。君が望むならボク達の新居は地球に建ててもいいんだよ」
そのまま強引におでこにキスをされた神楽は、全身を凍りつかせる。
鳥肌が立っている神楽を見れば本気で嫌がっているのがよく分かるが、彼は全く気にしていないらしい。
相手の迷惑を考えない、沖田以上に自分本位な性格の持ち主のようだ。「・・・・・僕、神楽ちゃんが沖田さんを毛嫌いする理由が、なんとなく分かりました」
「俺もだ」
新八の呟きに銀時も同意を示す。
今まで単に馬の会わない二人だと思っていたが、沖田を見るたびに、神楽はこの婚約者を思いだして腹を立てていたのかもしれない。
「ペットに婚約者の名前をつけていたなんて、チャイナさんも可愛いところがあるんですねー」
定春を万事屋に送り届けて戻ってきた山崎は、隊士達がくつろぐ座敷で茶をすすると、しみじみとした口調で言った。
「・・・山崎、俺にも茶」
「あー、はいはい・・・ギャーーーー!!!」
手を伸ばして机の煎餅を取ろうとした沖田は湯飲みをわざとひっくり返し、山崎の膝に思い切り熱い茶をぶちまけた。
「何するんですかーー!!!あ、あつーー!!」
「手が滑った」
にっこりと微笑んだ沖田を山崎は無言のまま見据える。
長い付き合いから、彼がこの上なく不機嫌なことを感じ取ったため、あえて口答えはしなかった。
楽しいときではなく、怒っているときこそ彼はこうした笑顔を見せるのだ。「・・・・気になるんだったら、様子を見てきたらどうですか」
台布巾で茶を拭きながら話す山崎の言葉に、沖田は片眉をあげた。
「俺が何を気にしてるって?」
「チャイナさんとその婚約者。さっきから新聞が逆さまです。それじゃあ読むことなんて出来ませんよね」
「・・・・・・・・・・・・」
読んでいるふりをしていた新聞紙を畳に放り出すと、立ち上がった沖田は廊下へと続く襖に向かって歩き出す。
「沖田さん、どちらへ?」
「見回りでェ」
「でも、そっちは押入れしかありませんよ」
山崎から忠告を受けるのと、沖田が襖を開いたのはほぼ同時だった。
中にはミーティングの際に使う座布団が並んで入っており、どう見ても見回りに必要な物には見えない。
どうやら沖田は本人が思っている以上に、神楽の婚約者という存在に動揺しているようだった。
「・・・・ムカツク」
ブツブツと呟きながら歩く沖田は、道端の小石を苛立ち紛れに蹴り上げる。
今まで神楽の身近にいる男といえば万事屋の銀時と新八だけで、恋愛に発展しそうな関係には見えなかったため、安心しきっていた。
婚約者がいたとは、とんだ伏兵だ。
神楽と同じ夜兎族で、昔からの知り合いで、ラブラブなのだとしたら到底勝ち目などない。
沖田の方は少し前から神楽を憎からず思っていたが、まるで素直になれず、せいぜい喧嘩友達の間柄なのだ。
珍しくため息をついた沖田が顔をあげると、視界の隅に見覚えのあるオレンジの髪の少女がちらついた。「ん?」
振り返って目を凝らすと、神楽がきょろきょろと周囲を見回しながら電信柱の影に隠れている。
行動が怪しすぎて大いに目立っているのだが、彼女は気付いていないようだ。
訝しげに眉を寄せた沖田は、てくてくと真っ直ぐに神楽に歩み寄り、おもむろに声をかける。
「おい、何してやがる」
「ギャーーーーーーー!!!」
思わず耳を塞ぎたくなるほどの大音声で驚かれた沖田は、鼓動の早まった胸を押さえながら神楽を睨むようにして見下ろした。
「な、なんでェ、人の顔見るなり」
「・・・・ああ、お前アルか」
ほっと息をついた神楽は、沖田の顔を上目遣いに見つめた後、改めて人差し指を突きつける。
「紛らわしい顔するんじゃないアル!!死ぬかと思ったアルヨ」
「この顔は生まれつきでェ」
あとがき??
なかなか終わらないので力尽きました。とりあえず、今回ここまで。