男の子 女の子
見回りの任務を終えた山崎が座敷に入ると、沖田が鏡を見ながら顔の傷の手当てをしていた。
理由は聞くまでもない。
おそらく、すっかり天敵となったチャイナ服の少女にやられたのだ。
沖田がこの調子なのだから、相手の方にもそれなりの傷が出来ていると思われる。
幸い夜兎族の彼女は怪我がすぐ治る体質らしいが、それにしたって女子に手を上げることは良いことと言えない。「沖田さん、女の子には優しくしなきゃいけませんよ」
「女の子じゃない。あれはゴリラっていう生き物でさァ」
間髪入れず反論する沖田から薬瓶を受け取り、山崎は傷の治療を引き継いだ。
口が悪く、尋常でない腕力を持っている神楽だが、山崎の目にはそれなりに美少女に見える。
綺麗な顔立ちという点では目の前で顔をしかめている沖田にしても同じなのだが、どれほど男前でもその性格が全てを台無しにしていた。
二人は案外お似合いなのではないかと思っていることは、沖田には絶対に秘密だ。
冗談ではなく、命を奪われかねない。
嫌いな人間は徹底的に無視するのだから、顔を見るたびにちょっかいを出すということは、沖田が彼女を気に入っているのは確かだった。
「沖田さん、いいものをあげます」
ふいに顔をあげた山崎は、机に置きっぱなしになっていたものを沖田に差し出した。
オレンジ色の薔薇の花が一輪、花屋の印の入った紙に包まれている。
「局長の部屋に飾ろうと思ったんですけどね。あの人ああ見えて可愛いものや綺麗なものが好きだし」
「俺には花をめでる趣味はありやせんぜ」
「沖田さんへのプレゼントじゃないですよ。これをチャイナさんに渡してみてください」
「はあ!?」
「きっと分かりますよ」
「・・・・何が」沖田の問いかけに答えず、ただ山崎はにっこりと微笑む。
年はそう変わらないというのに、山崎はたまにこうした大人びた表情をするのだ。
それが面白くなくて山崎の額を叩いた沖田は、花を奪い取ると、彼の悲鳴を無視して立ち上がった。
一体何が分かるというのか、どうせ暇なのだし、試してみるのも一興だろうか。
神楽を探し出すのはわりと簡単だ。
万事屋周辺か駄菓子屋、または空き地で近所の子供達と遊びまわっている。
たまに万事屋の仕事で遠出をしているが、怪力の神楽は簡単に物を破壊するため、留守番をしていることが多い。
そして沖田が歌舞伎町に足を踏み入れたとき、神楽はちょうど缶蹴り遊びを終えて万事屋に帰る途中だった。「チャイナ」
手に持った傘をくるくると回し、鼻歌を歌って歩いていた神楽は、その声を聞いて表情を硬くする。
数時間前、街をぶらつく沖田と遭遇し、一戦を交えたことは記憶に新しい。
「お前、まだ懲りてないアルか!」
振り向くなり、さっそく傘を振りかざして戦闘態勢に入った神楽だったが、沖田は静かに佇んでいる。
武器を手にしていない相手に殴りかかるわけにもいかず、拍子抜けした神楽はゆっくりと構えを解いた。
「・・・・・何ネ」
「んっ」
てくてくと歩み寄った沖田は、神楽の手に強引に薔薇の花を押し付ける。
訝しげにそれを受け取った神楽は、オレンジ色の花弁を穴が開くほど見つめ続けた。
沖田のことだから何か細工がしてあるのかと思ったのだが、ただの綺麗な薔薇の花だ。
「・・・3秒後に爆発するアルか」
「たぶん、しねーよ」
「これ、私に?」
「他に誰がいるってんでェ」
沖田が呆れ気味に答えた瞬間、わずかに綻んでいた神楽の表情が、ついに満面の笑顔へと変化する。
一体何が起きたのか、本気で分からなかった。
銀時や新八の隣りにいるときはよく笑っている神楽だが、沖田の眼前でそうした顔をしたのは初めてのことだ。「花なんてもらったのは、生まれて初めてアル!!」
えへへっと笑った神楽は、ふと真顔に戻り、沖田の顔を見上げた。
「でも、どうして」
「お、お前が誕生日だって聞いて・・・・」
「全然違うアル」
沖田が適当に考えた言い訳を否定し、神楽はもう一度明るく微笑む。
「でも、有難くもらっておくネ」珍しく素直に感謝され、彼女を怒らせるいつもの皮肉交じりの言葉がまるで口から出てこなかった。
ただ、初めて間近に見る笑顔にドキドキしている。
花一輪でこれほど喜ばれるとは予想外だ。
浮き立つ心をどう表現したらいいのか、分かっていても、認めたくない天邪鬼な沖田だった。
「チャイナさん、喜んでくれましたかー?」
沖田が屯所に戻ると、山崎はまだ座敷でTVを見ていた。
ちょうどピン子主演のドラマの再放送が終わったところのようだ。
「おお」
「ね、これで分かったでしょう」
「・・・・・・・何が?」
少しの間を空けて沖田が振り向くと、山崎は不思議そうに訊ねた。
「何がって、チャイナさんが普通の女の子だってことですよ。花をもらって嬉しくない女の子なんていないですから」
「ああ、そっちかい」
首をかしげる山崎を横目に、沖田は彼の飲んでいた湯のみを掠め取る。
自分の、恋心について言われたのかと思った。
あとがき??
新八と山崎は、私が書くとどうも別人になる傾向がある。達観しているというか。
いろんなことが分かっていて話している感じ。