永いお別れ


無自覚のまま、捜していた。
白い大きな獣を連れて、楽しげに歩く彼女の姿を。
大嫌いな市中見回りの仕事もさぼることなく、目を配る。
万事屋の前の路地、近くの公園、橋の袂、商店街、花見をした桜並木。
どこにもいない。

日が経つにつれ、漠然とした胸騒ぎは現実味をおびていく。
ふとしたときに脳裏をよぎる予感は大抵当たるのだ。
悪いものにかぎって。

 

彼女を最後に目撃した橋の上に立つと、夕日が目に映るものを全て赤く染めていた。
どんな会話をしたかは、もう覚えていない。
顎に手を当てながら必死に考えたけれど、自分にあかんべえをした腹の立つ顔だけが思い出される。
太陽を背に、無性に泣き出したくなったのはそれが真実だと最初から分かっていたからだろうか。

知らなければ、認めないでいられた。
あの子を捜すのはもうやめる。
それが、自らに課した警告。

 

 

 

 

二週間ばかり過ぎた頃、散歩中の白い獣を見かけた。
傍らにいたのは、彼女ではない。
安堵とも失望ともとれる吐息をもらし、とっさに踵を返そうとしたが、見つかってしまった。
数メートルも離れていない距離。
呼び止められては、無視するわけにもいかない。

「何で逃げ回っているんだよ、俺達から」
「何のことでさァ」
自分を咎めるようにして見る万事屋の二人組に、首を傾げてみせる。
一刻も早くこの場から立ち去りたい。
紫色の傘を差し出されたとき、どのような表情をしていたか、自分でも分からなかった。

 

「これ、お前にやる」
「・・・・何の真似だい?」
見間違えるはずがない。
彼女の分身ともいえる派手な傘。
白い獣同様、彼女を捜すときの目印だった。
持ち主のいない傘に、飼い主のいない獣。
耳鳴りがし始めた。

「神楽ちゃんは・・・・」
「神楽は、自分の故郷に帰った。それはお前に置きみやげとして渡せって言われたんだ」
眼鏡の坊主の声に被さるようにして、銀髪の旦那が言う。
明るく笑う旦那の隣りで、眼鏡は唇を噛みしめて俯いていた。

忘れていたはずの感情が、こみ上げてくる。
自分の前で朗らかに笑ってくれたことなどない。
それなのに、どうしてか、思い浮かんだのは彼女の笑顔だった。

 

 

 

 

「総悟、お前、またさぼりかー」
軒下でぼんやりと縁側を眺めていると、頭を後ろから小突かれた。
誰かは振り向かずとも分かる。
でも、今は相手をする気分ではなかった。
返事がないことを不審に思ったのか、彼はじろじろと自分を見ているうちに、気付いたらしい。

「それ、チャイナ娘の傘じゃねーか」
無造作に転がしておいた傘を持ち上げた土方さんは、怪訝そうに首を傾げた。
「夜兎族ってのは、一生傘を手放さないんだろ。何でここにあるんだ?」
「持ち主が死んだからに決まってまさァ」
にっこりと微笑んで言うと、彼は煙草を手から取り落とす。
そして、穴が開くほど自分の顔を凝視した。

「・・・冗談か?」
「俺は今まで嘘と餅はついたことはありませんぜ。万事屋の旦那は故郷に帰ったと言いやしたが、間違いないでさァ」
たいした交流もなかったのに、彼女の訃報に土方さんは表情を曇らせた。
この人は見かけに寄らず真面目で人がいいんだ。
だからいじめがいがある。
「夜兎ってのは、怪我には強いが病には滅法弱い。数が激減したのは、星の交流が盛んになって異星人が病原菌を持ち込んだせいらしいですぜ。思えばあいつも最後に会ったとき、嫌な咳を繰り返していやした」
「・・・・」
「それにしても、最後に嘘をつかれるたァ、俺はよほど嫌われていたようだ」

故郷に帰ったなどと言われては、良いように期待してしまう。
また、いつか会えるのではないかと。
残酷な嘘だと分かっているのに。

 

「それは、捨ててくだせェ」
傘を握り締めたまま立ちつくしている彼に、すげなく言った。
「いいのか?」
「その辺にあっても目障りなだけでさァ。俺が欲しかったのは、傘の方じゃなかったんで・・・・・」
思いがけず、声が詰まり言葉が続かなくなる。

目からこぼれ落ちた熱いものに土方さんは気付いただろうか。
でも、何も言わない。
昔から彼のこういうところが、大嫌いだ。

 

 

自分に傘を渡すよう遺言を残した、彼女の思い。
永遠に訊くことは叶わない。
ただ、今の情けない自分を見たら、きっと「馬鹿な奴」だと言って意地悪く笑ったことだろう。


あとがき??
結核ネタで沖田くんが死にそうな場面は他サイトにも沢山ありそうなので、逆に神楽ちゃんの死にネタをやってみた。
非常に苦しかったので、もういいです。
NARUTOで使ったタイトルですが、お気に入りなのでここでも使う。
「永い」というのは、「永遠、永別」という意味です。
タイトルの元ネタは『
GS美神』から。物語に添った聞くも涙語るも涙の深い意味なんです、これが。切ない。


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